私が退屈しない転生先はあるのでしょうか!

折原さゆみ

異世界転生テンプレ

 世の中には退屈過ぎて死んでしまう人がいる。ただ毎日を同じように意味もなく過ごし、将来の展望もなく、人生に何の意味があるのかと思いながら生活するうちに、精神が徐々に退屈菌に侵されて、最後には自殺に追いやられてしまう。


 かくいう私がその一人である。いっそのこと、頭にある常識や理性がなくなってしまえば、もっと楽しく生きられるのではないかと思ったり、いっそのこと仕事を辞めて自分のやりたいことを考えられる時間を作ったりすれば、何か退屈しない生き方を見つけられるのではないかと考えたこともある。


 

 ただし、今まで生きてきた生き方をそう簡単に変えることはできない。


 私はある日、仕事場のビルの屋上で、さて本当にこれからどうしようと考えていた。


 私は今年で30歳になる。結婚もせず、今の仕事をこのまま続けていたら本当に退屈で死んでしまうかもしれない。いっそのこと、ここから飛び降りてしまえば楽になれるのではないか。


 そう思ったのが間違いだったのかもしれない。ふらふらとビルの屋上の柵から下の景色をのぞいてみる。スマホで時計を確認すると、ちょうど夕方6時少し前だった。車や人がせわしなく動いている。きっと、これから仕事を終えて家に帰る人々なのだろう。帰宅後は家族で楽しいひと時を過ごしたり、一人の時間を満喫したりするのだろう。

 

 太陽が沈みかけていて、外はほんのり薄暗いが、夜というわけでもない。オレンジと黒のコントラストが絶妙に気持ち悪さを醸し出していた。



 ビルの下の様子を見ているうちに心が決まった。このまま飛び降りれば、私の好きな異世界へ行けるかもしれない。そのまま即死だったら最高。運が悪ければ重症でただ痛いだけである。それでも人生が変わる可能性は高い。その考えが私の中の常識や理性を壊し始めた。ちょうど時刻は逢魔が時と言われる不気味な時間帯だ。黄泉へと誘われる絶好の時間帯であると言われている。



 私は柵を乗り越えた。そして屋上の端に降り立つ。妙にすがすがしい気分だった。とはいえ、即死しなければ意味がない。このビルの高さは3階しかないので無理だろうか。

 ここにきて、どうしようかと迷い始めた。




「先輩、何をしているのですか。」


 不意に声をかけられて、驚いた私は足を滑らせてしまった。ちょうど良いタイミングで、私をビルから突き落とすかのように突風が吹いてきた。そのまま私はビルから落ちてしまった。





 こうして私の30年の人生は幕を閉じた。私にとっては運がよかったが、他の人にとってはいい迷惑だろう。仕事場の人、ビルの管理人、家族には悪いことをした。とはいえ、友達も恋人もいなかったので、迷惑をかけた人はそう多くはないはずだ。そこは自称引きこもり人間でいたことが幸いした。




 この後、私はとんでもない試練に巻き込まれるのだった。そんなことがわかっているなら、自殺はしなかったのにと後悔しても遅いのだった。とはいえ、いまの退屈な生活から抜け出せるならば、そんな試練もむしろご褒美だったのかもしれない。








「目が覚めたかい。」


 死んで神様に出会うのは、異世界転生物語に欠かせないイベントである。即座にそんなことを思うあたり、私は残念な思考の持ち主である。


「どこへ転生してくださるのですか。どうせなら飛び切り楽しい退屈しない世界がいいです。」


 声の主に迷わずそう答えた私にあきれた声が返ってきた。


「そんなことをいう奴は初めてだな。しかし、自分が今どのような状況なのか理解しているのか。」


「おそらく私は自殺に成功したのでしょう。そしてあなたは神様で、私を今まで生きてきた世界とは別の世界に転生させてくださるのでしょう。」


「ずいぶん詳しいのだな。確かにお主は自殺して運悪く死んでしまった。お主の言う通り、私は神である。お主を生かすも殺すも我の気分次第ということだな。」



 いったいどんな世界に転生させてくれるのだろうか。魔法が使える世界で魔王を倒す勇者として転生させられるのか、それとも私は女だから聖女として世界の平和を祈らされるのだろうか。もしくは乙女ゲームの主人公になってイケメンにちやほやされるのか、悪役令嬢になってヒロインを貶めることになるのだろうか。妄想は膨らんでいくばかりだ。

 

 いずれにしても、今までの生活よりは楽しめそうである。知らず知らずのうちに顔に笑顔が浮かんでいたのだろう。


「そんなに楽しそうな笑顔を浮かべているところ申し訳ないが、お主の考えているような転生先は予約がいっぱいで無理だな。あるとしても、人間以外しか枠がない。お主の意見を一応聞いておこう。とはいっても興奮して聞いてはおらぬか。」



 失礼な神様である。先ほどから声しか聞こえてこないが、声からして若い女性と予想する。話し方からすると、やはり神様なので年齢は相当上なのだろう。金髪のうら若き美女で話し方が古いとはまさに神様のテンプレである。


 とはいえそんなことはおくびにも出さず、転生先の希望を出してみる。人間がだめでもいろいろと候補はあるのだ。希望というより、もう何でもいいから転生させてくれという願望だが。


「蜘蛛でもスライムでも全然大丈夫です。何なら無機物でも平気です。剣でも何でも神様の好きなものに転生させてください。」


 私が必死に頼み込むと、やれやれと神様に大きなため息をつかれてしまった。それでもこの機会を逃せば、転生という貴重な経験ができなくなってしまう。別にこのまま消滅してもいいのだが、神様にまで会えたのだから、一回くらい異世界転生物語の主人公になってもいいではないか。



「こんな魂を拾ってしまったのが我の運の悪さということか。まあ、やる気のある魂の方が成功率は高いというが、それでも、こいつはなんだか転生させたらやばい気がするが……。」


 何やらぶつぶつ独り言をつぶやいている神様であるが、やがて決心がついたのか神様は話し始めた。




「神がなぜ人間を生前の世界とは別の場所に転生させるかわかるか。それは単に我々が転生先であたふたする人間の無様な姿を楽しむだけでなく、人間の可能性を確かめたいからだ。まあ、ほとんど純粋に無様な姿を見るのが楽しいだけだがな。なんせ、こうも長く生きていると、楽しみというものが必要だろう。ようは単なる暇つぶしとして人間を異世界に転生させることにしているというわけだ。」


 今度は異世界転生させる意味を語りだした。別にそんなことはどうだっていい。神様の事情など聞いても仕方がない。早く転生先を教えてくれないだろうか。


「ということで、我々神は時折こうして異世界転生させる人間の魂を選び出す。どうやらたまに、自分のことを異世界からの転生者だという輩がいて、それが広まり、様々な小説や漫画が出回っているようだな。だから、お主のような異世界転生オタクができるわけだ。嘆かわしいことだ。」


「そんなことはどうでもいいので、いい加減、私の転生先を教えてくれませんか。こうもじらされるといらいらします。」


「まったく、今時のガキは我慢もできないとは使えないな。では、お主の転生先を発表しよう。おめでとう、我々の暇つぶしの新たな計画第一号の生け贄になってもらおう。」



 そういうと、私の身体が急に光りだす。ちなみに私は白い地面以外に何もないだだっ広い場所にいた。そこに私は半透明の姿で立っていたのだった。光りだした私の身体は徐々に半透明から透明になっていく。最後には完全に透明になって完全に私の姿は見えなくなった。そして、私の意識はそこでブラックアウトした。

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