マイアの月(5月)の過ち③

三人で向かった先は服屋だった。言いだしっぺはクラウディアで、どうやらマルクに着せたい服があるらしい。お得意様のようで、「いらっしゃいませ、クラウディア様」と名前を覚えられていた。


「本日はどのようなご用件でしょうか」


「この子にそれなりにいい服を着させてあげたいの。適当にいくつか見繕って、あとあの最近流行りの男子の服あるでしょう。あれ持ってきて頂戴」


「かしこまりました」


慣れた様子で注文を終えるクラウディアに、俺はひそひそと小声で話しかける。


「おい・・・こんないいところ、俺の今の稼ぎじゃ払えないぞ」


厳密に言えば払えないことは無いのだが、軍属時代に貯めた金が吹き飛ぶことになる。それは今後の生活のためにも避けたかった。


「私が誘ったんだから、代金も私が持つに決まってるでしょ」


「そ、そうか。なんか悪いな」


「別にあなたのためじゃないもの。マルクくんのためよ」


ね、と言ってマルクの頭をなでる。それに、と彼女は続けた。


「もし息子が生まれたら、服を買ってあげたかったのよ」


「・・・そうか。じゃあいい機会だったかもな」


「ええ。正直に言うと、いまとても楽しいの。マルクくんは私の息子ではないし、息子の代わりでもないわ。それは分かってる。でも・・・」


そう言って、クラウディアはマルクを抱き上げた。拾ったころはやせっぽちだった身体も、だいぶ肉がついてきて重そうなのだが、それでも彼女は右腕でマルクのお尻を支える形でだっこした。マルクもうれしそうだ。こんな短期間で心を開くとは思わなかったが。


「そりゃあもちろん。ありがたい限りだ」


「あなたももうちょっと素直になれば?」


「な・・・何の話だよ」


「見てればわかるわよ」


もっと素直に可愛がればいいのにということだろうが、どうにも踏ん切りがつかない。

焦る俺をよそに、服の準備ができたと店員が伝えてきたので、俺たちはマルクを連れて試着室へと向かった。


「へぇ・・・似合うな」


「でしょう」


「なんだか恥ずかしいです」


感心する俺、満足そうにうなずくクラウディア、恥ずかしそうに身をよじるマルク。


「こんな服、ぼくにはもったいないのでは・・・?」


「そんなことないわ。とても素敵よ」


「あ、ありがとうございます、クラウディアさま」


「ふふ、どういたしまして」


めずらしくニコニコ顔のクラウディアは、その後もマルクのファッションショーを続け、終わるころには両手いっぱいの服を買い込んでいるのだった。


「今後ともご贔屓に~」


店先で店員にお辞儀をされながら退店するころには、日が高く昇り、昼過ぎくらいの時間になっていた。マルクは少し疲れたようで、俺の背で眠っている。


「なんか、ありがとうな」


「あなたも一着くらい買えばよかったのに」


「別にいいさ」


俺の服ももとはそれなりに良いモノだ。長く使っているので少しくたびれてはいるが、今日の服を着たマルクと並んで歩いてもさほど違和感はないと思う。


「それにしても重いわね」


「買いすぎなんだよ」


「こんな機会、あまりないかと思って。そこで休憩していきましょう」


俺たちは市場に併設されたテラス席で休憩していくことにした。


「なんか食うか?服のお礼にもならないけど、メシならおごるぞ」


「じゃあ串焼き」


「あいよ」


両脇に買い物袋を置いたクラウディアにスヤスヤ眠っているマルクを渡し、屋台で串焼きと飲み物、デザートなどを適当に買い込む。


「ただいま」


「早かったわね」


「たいして混んでなかったからな」


ほい、と串焼きを手渡す。


「牛干し肉の炙りだろ?」


「・・・よく覚えてるわね」


「飽きるほど食ったからな」


この市場は、俺とクラウディアがまだガキだったころよく来ていた場所だ。街中を駆け回ったあと、おれたちはいつもここの串焼きを食べていた。


「いただきます」


「いただきまーす」


二人して無言で串焼きをほおばる。


「ん、あの頃と変わらん味だな」


「そうね。懐かしい味」


屋台の店主は息子に代替わりしたが、当時と同じレシピと製法だからなのか、味はほとんど変わらない。ノスタルジックな気分になり、つい昔に思いをはせてしまう。


「あの頃は俺たちも若かったな」


「若いというより、幼かったわね」


「まだ10代だったか。生意気なクソガキだったなぁ」


「私は両親と、あなたは街のいじめっ子と、戦っていたわね」


クラウディアはその気質の激しさから、よく両親とぶつかっては家出を繰り返していた。俺はというと、弟や妹たちを守るために街のガキ大将たちとケンカをし続ける日々だった。幼いながらも譲れないものがふたりともはっきりしていて、それを守るために戦っていた。身分も境遇も性別も全く違うのに、妙に気が合ったのはそのせいだろうか。


「貧乏でいじめられたけど、家族は多かったからそんなにキツくはなかったな。お前の方が一人娘で大変そうだったな」


「家族には味方がいなかったからね。他には、時々八つ当たりさせてくれるメイドと、延々とストレス解消に付き合ってくれるヒマな男の子くらい」


「ははっ。色んなことに付き合わされたなぁ」


彼女の腹の虫が収まるまで、ストレス解消に付き合っていた思い出がよみがえる。痛くないパンチをくらい続けたり、買い物に付き合ったり、街を出て木登りしたり、魚を釣ったり、木の実を拾ったりと、それはもう色んなことをした。


「・・・あの時は、その、助かったわ」


「ん?」


小声でなにかつぶやいたが、俺の耳には届かなかった。


「なんでもない」


「そうか?よし、それじゃあそろそろ帰るか」


思い出話をしているうちに串焼き以外のものも平らげたので、帰り支度を始める。


「マルク、帰るぞ」


「ぅぅん・・・」


「起こさないでいいじゃない」


「それもそうだな」


クラウディアの腕の中で眠るマルクは、とても幸せそうだった。

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