かみさま3
黒樹は、テーブルの上に置いている水晶板に触れた。周りを縁どりで飾られた、アンティークな水晶板だ。
「おや?」
映し出されたものを見て、黒樹は、首を傾げた。
自分は今、目の前の男のことを見たはずだ。
「君は…………」
黒樹が呟くと、男は、不安そうに黒樹を見た。
「わかりますか?かみさまは何処にいるか」
黒樹は、少しばかり厳しい顔をして、男を見つめた。
「もう一度聞こう。君は、何故、『かみさま』を捜しているの?」
「なぜ?あの、叶えたいことがあるから、です」
「本当は、何故?」
男はオロオロとするばかりだ。
「なに言ってんの、黒樹?」
「楓は口を挟まない」
「はーい」
視線の先で、男は、言葉を選んでいるのか、黙り込んだ。
黒樹の脳裏に浮かぶ、この国の伝承の一節。
『神様、どうか彼を助けてください』
それは、友を助けるために命を落とした物語。
ずっと昔の物語だ。誰も真実を知らないほどに。
黒樹は、その黒い瞳でじっと彼を見つめ続けていた。
「君の『かみさま』は、すぐそばにいるよ。きっと君の思いもしないところにね」
「すぐ、そば……」
男の頬が紅潮する。
「まぁ、君の捜し物は『かみさま』じゃないから、見つけたところで心は満たされないかもしれないけどね」
「……え?」
「なにを驚いているの?」
黒樹は、妖しい笑みを浮かべた。
「君は、『かみさま』と祈りながら、なにを欲しているのかな?」
男は、観念したように口を開いた。
「人を探しています。でも、時間がない。もう、僕の記憶にあるのは、おぼろげな姿とかすかな声と、高貴な香り」
黒樹は、それを聞いて確信した。
「捜さないほうがいいかもよ?出会わないのなら、それはそのほうが良いということなんだ。少なくとも、今はまだね」
「でも!絶対にいる、ハズ、ですよね?」
「君がいるなら、そうかもね」
「記憶があるうちに、捜し出したい!」
「姿もわからないのに、どうやって?」
「だから、かみさまを探しているんです」
「その『かみさま』は、君を救ったかい?捜し出したいその人を、幸せにしたかい?」
『神さま、どうか……――――――――』
黒樹は、椅子の背に凭れかかり、肘掛けに腕を乗せた。
捜すことに、意味はあるのか――――『かみさま』であれ、出会いたい人であれ、見つかったときにそれが幸せとは限らない。
「捜さないことを勧めるよ」
黒樹がもう一度念を押す。
「…………でも……」
「最初の依頼に戻るけど、『かみさま』ならいる。幸せになれるとは、限らないけどね。僕からの情報は、これ以上はない」
男は、納得いかない顔をしていたが、少しの沈黙の後、「わかりました」と言って椅子から立ち上がった。
扉へと向かう背中を見る限り、諦める様子はない。
黒樹は、ため息を付いた。
「近くにいるよ」
扉に手をかけようとしていた手が止まる。
「え?」
「君だけが捜してるとでも?」
振り返る彼は、目を丸くしていた。
「出会う日は近いかもね。できれば、避けてほしいけど」
「あの!ありがとう、ございます!」
扉の鈴がりんと鳴る。重たい鈴の音が、少しだけ弾んで聞こえた。
「あーあ、サービスしちゃったよ……」
黒樹が愚痴をこぼした。
楓は、ずっと眉をひそめていた。
「全くなんの話してんのか、わかんなかった」
「わかんなくていいよ」
「噛み砕いて細かく丁寧に教えて下さい」
「お断りいたします」
「なんでだよ?!っていうか、そんなところを丁寧にしろとは言ってねー!」
知らなくていい――――黒樹は、黙ってコーヒーを入れた。
それは、この国の伝承の物語。
語られている昔の出来事。
その言い伝えは現実に起こった物語で、彼は、生まれかわりだろう。
黒樹は、水晶板にそれを見た。
二人が出会うことは、幸か不幸か――――。
「神に祈るしかないかな……」
「珍しいな、お前がそういうのに頼るなんて」
いずれは出会う――――そのことも、黒樹は見えていた。
おそらく、彼の記憶が、消えた頃に。
「(かみさま、ねぇ、かみさま……僕の選択は、正しかったですか?)」
捜し物承ります。-かみさま-:End
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます