捜し物承ります。

久下ハル

第1話

 この国には「闇」がある。それを手にすると、なんでも願いが叶うのだという、不思議な力が。誰も見たことも触れたこともない。


 しかし、それは確かに存在するのだ。



「またね~」

 黒髪の少年は、意味ありげな笑みで客を見送った。扉につけられた鈴が、重たく鳴る。

 薄暗い部屋に、丸テーブルとふかりとした椅子が二脚。天井の一部には、細長く色ガラスが埋め込まれていて、床に、ゆらゆらと光が遊んでいた。

テーブルの上に置かれた丸い水晶の板が、まわりの飾りと相まって、独特の雰囲気を醸し出していた。

「また来るな、あのヒト」

独りごちて、少年は、後ろの棚に置いているコーヒーメーカーから、カップに一杯注いだ。

 ここでは、魔術を使った占いで、捜し物の情報提供をしていた。物理的なものから、精神的なものまで。

 先ほどの客が探していたのは、告白が成功する場所だった。

 ここは、表の通りから少し奥に入ったところにあり、特に看板もない。路地に面した壁に、四角い窓と木の扉が一つずつ。扉には、20センチ四方の覗き窓があるが、小さなカーテンがかけられていて、中を見ることはできない。店を表すものは、そこにある「Open」の文字が書かれた白い木札だけ。

 木札の端には――――


「闇の在処についてはお答えいたしません」


という注意書きがある。

 元の通りに椅子に座り直し、少年は、コーヒーを飲んで、小さく息をついた。

「その辺の占い師に聞けばいいのに……」

 言い様によっては、なんでも捜すものの、少年は、うんざりしていた。人との関わりが苦手な彼にとって、お金を払って必死になってまで求める人、というものが、理解できない。

 カップを口に運びかけて、少年は、誰か来る気配を感じて扉へ視線を向けた。

 直後、スッと扉が開き、少しばかり重たい鈴の音が響いた。

「いらっしゃい」

「どーも」

 捜し物をしているとは思えないほど、明るい表情をした男だった。

 こちらに歩み寄ってくる男の茶色い髪が、天井からの光を浴びて、キラキラと光っている。

「何でも探してくれるの?」

 椅子に座りながら、男は尋ねた。

「見つけるのは自分でやってくれる?ここでやってんのは、情報提供」

「名前は?」

「は?」

 質問の意図が分からず、少年は、訝しげに彼を見た。

「だから、あんたの名前。教えてよ。あ、俺の名前は、かえで

「僕の名前が、君の捜し物?」

 呆れたような顔をして、少年は、男・楓を見た。

「名前も知らないやつに、俺を託すの?」

「例えば、名前を言ったとして、それが本当のことだって、どうやってわかるの?」

「情報提供すんのに、ウソつくのかよ?」

「冷やかしに来たんなら、帰ってくれる?」

 少年が言った直後、男の手の甲にピリッと鋭い痛みが走った。

「いっ!!……何、今の……」

「ホントに客として来たんなら、ちゃんと見てあげる」

 クールで妖しい笑みを浮かべて、少年は、楓を見据えた。

 楓はきちんと座り直し、少年を真っ直ぐに見つめる。

「俺の運命の人は、何処にいる?」

 期待を込めた眼差しを受けて、少年は、うんざりしていた。

「あのさ、そういうのは他所の占い師に見てもらってくれる?」

「まぁ、聞けって」

 少年のことは他所に、楓は、話を続けた。

「俺の父親と母親が、これまた熱い恋の末に一緒になった二人でさ。だから、俺もそんな相手ができんだろうな、って思ってたんだ~。まぁ、相手には不自由してないし、恋人ができないとか、そういうことを言ってんじゃなくて、こう……なんつーの?心を鷲掴みにするやつ?両親みたいにさ、熱い思いをこう……」

「興味ない」

「だから、俺の運命の人!どこ?」

「運命の人ね……」

 ため息と共に吐き出して、少年は、水晶板に指先でそっと触れる。そして、そこに写ったものを見て、首を傾げた。

「この辺にいるよ」

「何、そのアバウトな情報~!」

「何聞いてきたか知らないけど、まさか、運命の人は何処に住む誰です、なんて答えが帰ってくると思ってないよね?」

「いや、フツーそう思うだろ?!」

 少年は、あり得ないとため息をつきながら、首を横に振った。楓は楓で、片ひじついてそっぽを向いた。

「いい?この広い世界の中で、この辺にエリアは絞られたんだよ?それだけでもありがたいと思ってくれる?(なんか、イライラするなぁ、この客)」

 感じたものを心の中で言葉にして、少年は、気がついた。苛立ち、それは、久しぶり感覚。

 少年は、改めて楓を見つめた。

 まだそっぽを向いている楓は、「この辺り」という言葉をヒントにして、考え込んでいた。さっきまで、ブーブー文句を言っていたのに。

「お宝がそんな簡単に見つかったら面白くないでしょ?っていうか、なんで、ここで悩んでんの?」

「お前、どう思う?俺、運命の人と出逢えると思う?」

「畑違いですよ、お客さん」

「違うよ。意見を聞いてんの。どう思う?」

「そんなの、あんた次第でしょ?」

 言って、少年は、椅子の背にゆったりと凭れた。

「この辺にいるって出てるんだから、あとはあんたが、ここで出逢った人を大切にしたいと思うかどうかだよ」

 サービスしすぎている――――少年は、楓に答えながらこんな自分を不思議に感じていた。

「そりゃまぁ、そうか」

 楓は立ち上がり、ポケットから紙幣を出すと、テーブルに置いた。

「なんつーかさ、お前、スゲーな」

 少年が眉をひそめると、楓は、小さく声をたてて、しかし、それはそれは明るく笑った。

「お前のそれ。当たってるよ。この辺にいたわ、俺の運命の人の一人が」

 それでも、わからないと少年の顔が語っている。

「おまえだよ」

「は?」

「運命が何かわかった気がする。ありがとうな」

 来たときよりも更に晴れやかな顔をして、楓は、背を向けた。

「またな」

「また来る気?」

「もちろん」

 彼の背を見つめていた少年は、自然と口を開いていた。

黒樹こくじゅ

「え?」

 楓が足を止めて、振り返った。

「探してたでしょ?僕の名前。黒樹だよ」

 楓は、それを聞いて目を細めて微笑んだ。


 この国には「闇」がある。手にすると、願いが叶うのだという、不思議な力が。誰も手にしたこともなく、見たこともなく、触れたこともない。


 だが、確かにそれは、存在するのだ。


「叶えてあげるよ、あんたの願いを」


 黒樹は、そう言って、妖しく笑った。


ー第1話:ENDー       and continue……

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