第2話 理不尽


「ホッホ、燃壊流乃 滾(もえるの たぎる)くん、キミは自らの熱血に焼かれ死んでしまったのじゃ」


 痩せたジーさんが蓄えた白いヒゲを撫でながら言った。

 ここはどうやら広い川の中洲のようで、石の上に置かれたこたつを挟んでジーさんと向かい合っていた。


「オレが死んだのはわかった。ここが三途の川だろうということもなんとなく推測がつく。しかし、ジーさん、アンタはなんなんだ……?」


 生前、『まずはぶち当たってみる』という生き方を信条にしていたタギルだが、初めて対峙する状況に、珍しく慎重に言葉を選んだ。


「ホッホ、ワシは神じ」バキィ!


 ジーさんがこたつから吹っ飛んだ。

 タギルが殴った。

 勢い良く殴られたものだから、神は背中から川に突っ込んだ。


「何をするんじゃ!?」


「神? 神だと……滾るじゃねえかオイ! つまり最強だろ!?」


「貴様……! 自分が何をしとるかわかっておるのか!?」


「オレぁもっとつえぇえヤツとててけぇてぇ!!」


 バキィ!

 川に入って神からマウントを取ったタギル。

「ふぼぁ! やめい!」

 ばちゃ! ばっちゃばちゃばっちゃ! バキィ! ばちゃバキィ! 

「やめべっ! がぼっ!」

 ばっちゃばっちゃ!


「よえええええええええええ! ホントに神かよてめえええええええ!」

 

ガシッ!

 神がタギルの腕を掴んだ。


「舐めるなよ小僧……」


 タギルの腕が万力に締め上げられるが如く、ギリギリと締めあげられていく。


「それほど見たいのであれば見せてやろう。『神の力』をな……」


 神の両目が赤く輝いた。


「『ブレス・オブ・ゴッド』!!!!!!!」

 

 神が口から火を吹いた。

 黄金とも赤色とも形容しがたい色味を帯びて、それはタギルをすっぽりと覆ってしまった。

 炎は空を掴む用に踊り始め、辺りに肉の焼ける匂いが漂い始めた。


「糞ガキが……舐めるんじゃねえじゃぞ……」


 バキィ!

 炎の中から拳が飛び出し、神の右頬にめり込んだ!


「寒ぃんだよクソジジイイイイイイイイイイイイイイイイイイ」


「降参じゃよぉおおおおおおおおおおん」


 わんわんと滝のような涙を流しながら神がサレンダーした。

 間髪入れず左頬を殴り飛ばそうとしていたタギルもそれを聞いて手を止めた。


 マウントを解き立ち上がると、神に向かってその右手を差し出す。


「いい勝負だったな」


 ニカッ! と笑う。


「ええ……(困惑)」



 こたつに座り直して仕切りなおした。

「タギルくん。キミは5体の真祖と45体の眷属を倒したそうじゃな。それを加味して一度だけ生き返らせることができるのじゃが……」


「興味ない」


「ええ……現世でやり残したことはないのか?」

「くどい」


 タギルの眼光が神を射抜く。


「ヒィ! やめてくれ! もう殴られるのはたくさんなんじゃ! 頼む! やめてくれ! やめてくれえええええええええええ!」


「やめろよな、老人虐待みたいで気分ワリィじゃねえか……まあ、現世にオレより強い奴はもう居ねえし、戻っても仕方ねえ。この黄泉帰りを断ったらどうなる?」


「天国送りじゃな。それ以外にない」


「そうか……まあ天国ならオレが今まで倒したヤツらも……いや、いねえな。天国に行けるような奴はオレが倒したヤツらの中には居ねえ。おいジーさん、地獄はあるか?」


「もちろんあるが……なぜ聞くんじゃ?」


「オレを地獄送りにしろ」


「なんという! キミのような経歴だけ見れば善人を地獄になどに送れん! ワシの神査定に響く!」


「神査定に響くとどうなる?」


「知らんのか、天使からやり直しじゃ」


「ご苦労さん天使様」


「貴様ああああああ!」


 バンッ! とタギルがこたつを叩いた。


「地獄へ送るのか、送らねえのか? 殴られたくねえのか、殴られたいのか?」


「ぐぐ……送らん! 死んでも送らんぞ! これ以上好き勝手はさせん! この世界の秩序はワシが守る!」


 神は涙をこらえながら叫んだ。


「へえ……ジーさん思ったより根性あるじゃねえか。アンタを説得するのは諦めるよ。一つだけ聞かせてくれるか? アンタが死んだらこの黄泉帰り問答は誰がする?」


「天使の中から新しく神が選ばれてその者が引き継ぐが……なぜそんなことを聞くのじゃ?」


「新しい神がやってくるんだな。つまりアンタより強いかもしれない神か……へぇ……」


 タギルがぺろりと口唇をなめた。


「……わかった。地獄へ送ってやろう。それでいいじゃろう?」


「地獄よりも、あんたより強い神を拝んでみたいな……」


「頼む! 頼むから地獄へ行ってくれ! 地獄へ送る手続きも神査定が下がると同時に三つしかない命の一つを献上しなければいけないんじゃ!」


「なんだ。三つあるのか。じゃあ一回ぐらい死ねるだろ」


「完全に死なんと神免職は起こらん! お前はワシを三回殺すじゃろうが!! 頼む! 地獄で良いじゃろう!? そうじゃ! 地獄には吸血鬼ではない鬼がいるぞ! 最強じゃぞ!」


「仕方ねえ、地獄で我慢してやっかぁ!」


「ほっ……」


 神は胸をなでおろした。


「では手続きをするぞ。はい済んだ。これでキミは地獄行きじゃ」


「世話になったなジーさん。さっさと送れ」


「そうさせてもらおう。次のドラゴンとも面談をせねばならんからな……」


 ぴくり、とタギルの耳が動いた。


「ドラゴン……?」


「そうじゃ。キミの元いた世界とは別の世界の生き物でな。たいそう強いんじゃが、ワシが送り込んだ転生者に殺されてしまってな」


「『別の世界』? 『たいそう強い』? 『転生者』?」


「……はっ! まさかドラゴンとここで戦いたいなどというのではあるまいな!? そんなことはさせんぞ!」


「違う、オレをその『別の世界』に転生させろ」


「おああああああああああああああ!?」


 神が膝から崩れ落ちた。


「頼む! それだけは勘弁してくれぇ! それだけは出来ないんじゃあ!!」

「なんでだ?」

「さっきもう地獄行きの手続きを済ませたから、それをキャンセルして異世界行きに変更するにはまた命を一つ捧げなければならないんじゃあああああああああああ」

「じゃあやれ」


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 滝のような涙を流しながら神はタギルの異世界行きの手続きを済ませた。


「待ってろよ異世界のつぇえヤツ……!」


 タギルは拳を握りしめた。

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オレより強いやつを異世界に探しに行きたいけど強すぎて死ねない。 かたかや @katakaya

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