通り魔
平中なごん
通り魔
大都市のど真ん中、大勢の人々が行き交う大通りで俺はポケットから折り畳みナイフを取り出すと、その鋭い刃をおもむろに引き出す……。
無論、人を刺すためだ。
俺は特に理由もなくイライラしていた………だから、その捌け口として、誰でもいいからとにかく人を刺してやりたい衝動に駆られていたのである。
……いや、違うな。イライラしているのにはそれなりに理由がある。
子供の頃から凡庸で、勉強もスポーツもできず、学校では落ちこぼれの烙印を押され、学がないので就職もままならず、真の友人はなく、恋人もおらず、何一つ良いことなどなかったこの世の中のすべてにムカついていたのだ。
だから、このクソみたいな人生を俺ばかりに押し付けたこの世界に復讐する意味を込めて、無差別に他の幸せなヤツらを刺し殺してやるのである。
「全部、お前らが悪いんだ……」
血走った眼に殺気を宿した俺は、その時、不運にも傍を通った若いOL風の女の背中にいきなりナイフを突き立ててやった!
瞬間、俺の脳裏には、女の発する悲痛な叫び声と、路上を染める真っ赤な血の池地獄の映像が浮かび上がる。
「ヘへ、ざまあみろ……え?」
……だが、それは俺の常識的な思考が見せた一瞬の幻影だった。
どうしたことか女は何食わぬ顔で、そのまま何事もなかったかのように歩き去ってしまったのだ……いや、それどころか刺した背中には傷一つついてはおらず、一滴の血すら流れてはいない……。
俺は、予想外の展開に唖然とした……。
「ど、どうなってんだ? 確かにナイフで刺したはずなのに……」
……いや、違う……刺さってはいないのか……?
だが、今さらながらに俺はある事実に気づく。
そういえば、手に刺した感覚がない……ナイフはまるで、彼女が幽霊ででもあるかのようにその身体を通り抜けたんだ!
「ま、まさか、幽…霊…? ……い、いや、そんなバカなことあるか! い、今のはきっと何かの思い違いだ!」
その不可思議な現象にそんなことを考え、思わず背中に冷たいものを感じる俺だったが、頭をフルフルと振って気を取り直すと、今度はとなりを通りかかったサラリーマンのビール腹にナイフをぶっ刺してやった。
「……な……どういうことだ?」
……だが、今度もさっきと同じだ……しかもナイフばかりか、突き込んだ俺の手までがサラリーマンのメタボな腹を通り抜けてしまったではないか!
……いったいこれはどういうことだ? この世界は、俺が通り魔をすることすら邪魔するというのか?
「く、くそったれがっ!」
通り魔すらままならず、前にも増して頭にきた俺は、怒りに任せてさらに前から来た中年女性の胸へナイフで突き刺す……。
しかし、案の定、やはり結果は同じである。
「そんな……バカな……くそっ! ふざけやがって!」
大学生、老婦人、女子高生、幼児を連れた母親……俺は意地になって周りにいる者達を片っ端から無差別に突き刺してゆく……どこの誰でもいい。せめて一人だけでも血祭りにあげてやる!
……が、これまで同様、その凶行はすべて徒労に終わり、血の雨を降らせるはずのナイフは空しく彼らの肉体を通り抜けるばかりだ。
「……い、いったいどうなってやがる? 生きてる人間の体を刃物が通り抜けるはずがねえ……ま、まさか、ここにいるやつらは、みんな……幽霊……」
幾度となく目の前で繰り返される超常現象にいい加減、その事実を受け入れ、そこからそんな結論を導き出した俺が血の気の失せた顔で立ち尽くしていたその時。
「なあ、そういやこの辺りだよな? ニュースでやってたの」
前から歩いて来る男子学生二人の話す声が俺の耳に聞こえた。
「ああ、あれだろ? 通り魔しようとしてたやつが、偶然、ビルの建設現場から落ちてきた鉄骨の下敷きになって死んだとかいうの……」
(通り魔 了)
通り魔 平中なごん @HiranakaNagon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます