ほこ>たて
ハゲタカ・ペンギン丸
第1話
えっと、なんの話だっけ?
…………。
あ! そうだそうだ。ちょっと君に聞きたいことがあったんだ。
矛盾って故事を知ってるかな?
え? 知らない? あ、ほんと?
まあ、わりとマイナーだからね。おっけーおっけー。
いいんだ。気にしないで。想定の範囲内だから。
じゃあ簡単に説明するとさ。昔、どっかの街角で、矛と盾を売っている商人がいたんだな。
「さあさあ、よってらっしゃい見てらっしゃい! ここにあるのはメッチャスゴイ矛です。マジでどんな盾でも貫いちゃう逸品です!」
「そんで、こっちの盾はというと……
……とまあ、こんな感じで行き交う人たちに声をかけてたわけだ。
俺も実際に見たわけじゃないけど、多分店の前には人だかりが出来てたんじゃないのかな。
そんで、その中の一人がこう言うわけだ。
「よう、店主。あんたのその矛はどんな盾でも貫くんだな?」
「へえ。そのとおりで」
「それで、そっちにある盾はどんな矛の攻撃をも退けると?」
「すばらしい国語読解力です、お客様」
「ならば一つ質問させてくれ。そのどんな盾をも貫く矛で、そのどんな矛をも退ける盾を突いたら一体どうなるんだね? 矛が勝つのか? それとも盾が勝つのかね?」
はい。この質問で途端に場の空気が凍りつきました。
商人は目ん玉を皿にして、質問してきた男を見返してさ。
他のお客さん達はヒソヒソとささやき合うわけよ。
「え? セールストークにいきなりマジレス?」
「ここにいる人達、わかったうえでそれを楽しんでるんだけど……」
「あーあ。得意げな顔をしちゃってまあ。鼻の穴パンパンにふくらんでるじゃん」
「ニュービーなんだろ。生温かく見舞ってやるのが俺たちの勤め」
「掃除機の吸引力とかにも突っ込む感じの人なのかな」
「いや、意外とそこまではしないんだよ、これが」
質問した方も、変な空気になったのが分かったんだろうね。キョロキョロしながらニヤニヤして、ヒヤヒヤしながらモゴモゴするわけよ。
「あれ? なにこの雰囲気? おれのせい? ちがうっしょ? 悪いのはこいつでしょ?」
辺りを見回しながら、商人を指でさしてみたり。
商人の方もさ、武器なんか売ってるけど、それはあくまで家族を食わせるための商売でさ、人を傷つける気はないわけよ。
そんなわけで質問した男を助けようと、道化役を引き受けてこう言うんだ。
「あ、じゃあ、この矛と盾で今からやってみましょうか……。もう特別ですよぅ。それっ! あ、それっと! お! おおお!? あ〜。どうやら今回は矛の勝ちみたいですねえ」
「ほらみろ。思ったとおりだ。最強の矛と無敵の盾が同時に存在するわけがないんだ。そんなことは論理的にありえない」
「へへ、お客さんは鋭いなあ。全くかないませんや」
とまあこんなわけで、わかりきった誇張表現に一々突っ込むのはやめましょうね、っていう意味で矛盾って言葉は使われるようになったんだね。人生日々勉強だ。
たとえばさ、
「いやー。よく寝たわ。ぐっすり熟睡。夢一つもみなかったよ」
「え? それは夢を見てないんじゃなくて、見た夢を憶えていないだけでしょ?」
はい、これ矛盾ね。
「お腹すいたー。もうお腹の皮と背中の皮がくっつきそう!」
「はい? 内臓は? 内臓はどこに行かれてしまうんですか? お腹の皮と背中の皮がくっついたら内臓は一体どこに? 内臓がなければ胃袋もなく、胃袋がなければ、物を食べることができないわけですが?」
はい、これはただの性格の悪い発言ね。間違えやすいけど、慣れてくれば自然と見分けられるようになっていくから、いまのところ心配はしなくても大丈夫さ。
ーーああ。
でもさ、実際、最強を謳う矛と無敵と称される盾があったとき、どっちが勝つのかっていうのは気になる話ではあるよな。
いや、俺もさ、つい最近に似たようなことがあったのよ。
ほらこの歳になると、友達とか先輩後輩とかで結婚する奴とか出始めるじゃない?
で、スーツ着てさ、ご祝儀用意してさ、式に出るんだよ。
んでさ、ここだけの話にして欲しいんだけど、俺さ、
めっちゃ脇汗が出るんだよね
ほんとにさ、普段、慣れてない場所にいくだけで、脇が洪水みたいにビシャビシャになるわけ。
うん? 脇が洪水になるわけがないって?
おー。いいねー。矛盾、使いこなしてきてるねー。
そんでさ、脇汗を大量にかくもんだから、貫通力もすごいわけよ。
下着を貫き、ワイシャツを貫き、上着も貫き、脇の下だけ丸く濡れるのがデフォルトでさ。
俺としては、これなんとかしたいな、っていつも思ってたわけなんだ。
そこで、前回の結婚式の日に、脇汗パッドを使うことにしたんだよ。
ちゃんと薬局に売ってるやつね。ヌリョール社っていうメーカーだったかな。
シミにならないとか、完全ブロックとか書いてあるのをわざわざ選んで、上着の脇にあたる場所にぺったりと貼り付けてやったさ。
粘着力がそこまで強くないから、テーピングでしっかり補強するのも忘れない。
よっしゃ、これで準備万端。意気揚々と結婚式に行ったのよ。
どうなったと思う?
やっぱり脇がビシャビシャなの。
汗を吸収するはずの脇汗パッドを完全に貫通して、上着まで汗が届いてるわけよ。
おいおい。ちょっとどういうことよ。
汗を止めてくれんじゃないの? 汗シミを防いでくれるんじゃないの?
そんな不満を抱えながら、上着の濡れてる場所を触ってると、あれ?
俺はとても重要なことに気がついたんだ。
そういえば、汗の匂いがしないかもって。
いやほら、汗の悩みってさ、たしかに見た目の部分もあるけどさ、本質的な部分はスメルなわけじゃん?
黒いスーツ着てたら、別に汗のシミはそこまで目立たないんだよね。
バンザイしたところを動画に収めても4K並みの画質じゃなければ、あ! こいつ脇ビショビショだ! ってバレることはないのよ実際のところ。
だから、究極的にはどれだけ汗をかこうが、他人を不快にさせるような匂いさえ発生しなければ、一応セーフなわけなんだよね。
そんで、俺はいつも大量に汗をかいて、大量の男性フェロモン a.k.a 汗臭さを撒き散らしていたわけなんだけれども、脇汗パッド付けてたその日に限り匂いがしなかったわけ。
ほんとに、舌で舐めるくらいまで自分の脇に顔を近づけて、くんかくんかしてみても、ぜっんぜん汗臭くないの。
おいおい、マジかと。
役目を果たしてるじゃんと。
いやだから、判断に迷うのさ。
この場合、どっちが勝ったことになるのかなって。
でも、
となると、この勝負、どっちが勝ったことになるのかな?
矛かな。盾かな。
君はどう思う?
……。
……。
……え?
いや、今日も着けてるよ。ヌリョール社の脇汗パッド。
汗臭い?
最初から、ずっと?
ほんとに?
匂いが全然消えてない?
……そっか。
あまりの臭さに鼻がひん曲がりそうなのを我慢してる?
いやいや。それはさすがに言い過ぎでしょ。いくら鼻骨が柔らかくても、匂いで曲がったりしないから。
あ、これ矛盾か
ほこ>たて ハゲタカ・ペンギン丸 @penginmarshmallow
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます