第22話 酒場の噂はあなどれない
「とりあえず宿を探すぞ」
厳しい
すでに夕方であたりは薄暗くなっていたし、町に入るための取り調べで疲れていたので、みんなその意見に賛成だった。
宿はすぐに見つかった。
ヤガミの町は、ヤガミ姫に求婚する者や、一目見たいという観光客が多く訪れるので、宿屋や飲食店、酒場、
「あんたが言い出しっぺなんだから、全員の宿代を払いなさいよクズ!」
「わかってますよ!」
金に汚いムルがあっさりと了承したことに、オオナムチは驚いていた。
もちろんムルには狙いがある。
ルウに聞かれないように店主を呼んで小声で、オオナムチとナオヤは馬小屋の片隅でいいからできるだけ安く、ムルとルウは鍵付きの同室にしてくれと予約したのだ。
ケチなムルが金を使うとき、それは消費ではなく投資であり、なんらかの狙いがあるのだ。
ムルはみんなに気づかれないように顔を伏せながら、ゲスな笑いをこらえきれないでいた。
「酒場で情報収集だ」
宿屋の予約が終わり、食事と情報収集のために酒場に行くことになった。
赤い顔をした酔っぱらいたちを避けながら
オオナムチやナオヤは、繁華街がはじめてなので、あからさまにキョロキョロしている。
村には無いものばかりだし、歩いている人たちもさまざまな服装だ。
東方から来たであろう毛皮の服を来た男や、炭で汚れた山人たち、質素な服を来た農民、雑多な町では、オオナムチたちも目立たないで済んでいた。
まずは地元民から町の情報を得るために、観光客が多そうな表通りの大きな酒場は避けて、少しはずれたところにある、そこそこの規模の酒場に入った。
「いらっしゃい」
店員の声とともに、店内にいる客の視線が一斉に集まった。
しばらくじろじろと見られたが、案内された席にオオナムチたちが座る頃には、その興味も無くなったようだった。
「これが酒場かぁ」
オオナムチはドキドキしていた。
店内には30人ほどの客がいた。
丸いテーブルが8つとカウンターがあり、それぞれのテーブルに2〜6人が座って酒と食事を楽しんでいる。
「酒を4つ。それとツマミを適当に出してくれ。がっつりしたものがいいな」
ムルが手慣れたように注文をした。
「そういえばおまえら飲めるのか?」
オオナムチはザルだった。
ナオヤは泣き上戸のようで、しくしくと泣いている。
ルウは酔ったフリをして、オオナムチに寄りかかっていた。
ムルは酔ったルウを横目で見ながら、ゲスな夜のことを考えてニヤニヤと悪い顔をしていた。
すると、隣のテーブルの会話が聞こえてきた。
「そういやおまえ知ってるか?」
「なにをだよ?」
「オオナムチってやつが、この町に来てるらしいぞ」
「誰だよそれは?」
「俺は知ってるぞ。イズモ国と対立する村の首領で、雷神と風神を殺し鬼神を配下にしたという、とんでもない
「ブホッ」
オオナムチはあまりのことに吹き出した。
こんなところまで噂がまわっているのか。
訂正しようと思ったが、情報収集のために黙っておけとムルに止められたので、さらに聞き耳を立てた。
「海神の槍で鬼神を屈服させたんだろ?」
「鬼道の炎で町を焼き払ったらしいな」
「イズモ国の破邪の剣、サルダヒコ元帥と四日間戦った末に引き分けたらしいぞ」
「オキ王ゴジム配下の近衛兵を壊滅させて、海人族の船団を一人で沈めたってな」
そして、噂には尾ひれが付きまくっていた。
ミナがやったことまで、オオナムチのせいにされている。
訂正したいが、ムルが黙って聞いていろと念を押してきた。
「それと、イズモ国を裏切った部隊長も一緒らしいな」
(俺も噂になっているのか?)
ムルが、自分のことかと耳を寄せている。
「そいつもおそろしいやつなのか?」
「いや、雑魚でカスらしい」
怒って立ち上がろうとするムルを、今度はオオナムチが止めることになった。
「なんて名前だったっけな?…えーと、輸送部隊長のム…なんだっけか?あ、輸送部隊長のムギだ!」
「ムギじゃねーよ!」
立ち上がるムルを慌てて抑えて座らせる。
「あ、ムギじゃなかったか…ネギ!?」
「むしろ離れてるじゃねーかよ!」
オオナムチがムルを止めるため慌てて声をかける。
「落ち着いてネギさん!」
「だからネギじゃねーよ!」
そんな感じでドタバタだったが、名前を隠したまま隣のテーブルの地元民たちと仲良くなり、いくつかの情報を手に入れることができた。
そのうち重要なものとしては、以下のものだろうか。
『ヤガミ姫への求婚の受付日は月に2回だが、ちょうど明日がその日である』
『イナバ国は
地元民たちと最後の乾杯をして店を出る。
「飲んだぞ〜〜〜!」
ムルは泥酔して千鳥足である。
「酔っちゃったみたい」
ルウは酔ったフリをして、オオナムチに近付こうとしているが、オオナムチは逃げ腰である。
ナオヤは泣いている。
宿屋に着くと、ムルはルウを呼んで耳打ちした。
「オオナムチと一緒の部屋にしておきましたぜ!ささ、お風呂に入って部屋に行けばオオナムチが待ってますぜ!」
「え?クズのくせにやるじゃない!」
ルウは喜んでスキップしながら風呂に向かった。
「おい、おまえらは馬小屋な」
神域の山育ちのオオナムチと貧乏な未開の村育ちのナオヤは、むしろそのほうが落ち着くのでありがたかった。
ムルは部屋に入り、ルウが来るのを待ち構えていた。
さまざまな妄想を繰り広げて、
「オオナムチくん、入っていい?」
風呂上がりのルウがドキドキしながら部屋に入ると、そこにいたのはゲス顔全開のムルだった。
「あ、あんた…なんのつもりなの?」
「オオナムチです」
「はぁ!?死にたいの死ぬの?」
次の瞬間、夜の宿屋にムルの悲鳴が響き渡り、翌朝、宿屋の外で瀕死のムルが発見されたのだった。
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