第21話 百戦錬磨の交渉術

 さすがに王城のある町だ、ヤガミの町の船着き場は、港と呼んでも差し支えのないレベルのものだった。川の船着き場だというのに、ヨドの港と遜色そんしょく無いくらいの規模で、行き交う人や働いている人は、むしろこちらのほうが多いかもしれない。


「ムルさんは来たことあるの?」


「いや、俺もはじめてだ」


 オオナムチ、ナオヤ、ルウの三人はもちろんはじめてだったが、ムルもヤガミの町ははじめてだった。

 船着き場からしばらく歩くと、町の入り口に門番がいた。


「門番がいるわ。気難しそうな顔。ちょっと怖いな」


 そう言って、ルウはオオナムチの隣にぴったりとくっついている。

 もちろん怖いというのはオオナムチに近づくための嘘である。なにせ、荒くれ者の海人族をだますほどの度胸を持っているのだから、町の門番など怖くは無い。


「ちょっと近くて歩きにくいよ」


 ルウはオオナムチに言われて、仕方なく体を離したが、それでもまだ距離は近い。


「おまえらちょっとまて!」


 町に入ろうとすると、やはり門番に止められた。


「通行証を見せろ」


「これですね?」


 オオナムチは、ミナの家臣団の爺からもらっていたヤガミの町への通行証を見せた。

 ヤガミの町は王城があるので、他の町や港などで通行証を発行してもらわないと入れないのだ。


 イナバ国民が自分の住む町で、この通行証を発行してもらうのは簡単だ。

 身分が証明されているからだ。

 他国の者が通行証を発行してもらうのはむずかしいのだが、海人族で地位のある者は特別だ。爺はそれだけの地位にあったのだ。


「ふむ、おまえたち海人族か??」


 門番はオオナムチたちをじろじろと疑い深い目で見つめている。


 そもそも海人族が町まで入ってくることは珍しい。

 交易品は船着き場で降ろされて、運び屋に渡されるので、町に入る必要が無いのだ。


 そして、海人族の多くは全身に刺青イレズミが入っていて、屈強で日に焼けている。しかし、オオナムチたちはまったく違う外見だ。


 オオナムチは筋肉質だがすらりとした美少年だし、ムルはイズモ国兵士の鎧を着けている。ナオヤはなよなよして色白だし、ルウに至っては、むしろアルビノレベルで色白だし、服装は異国の装束である。

 そうでなくてもあやしげな四人組なのに、それが海人族の通行証を持っているのだから、あやしいことこの上ないのだ。

 門番が呼び止めるのも、当然のことだった。


(なんてあやしい四人組なんだ)

 この門番は、門番歴10年のベテランなのだが、ここ数年で一番あやしい集団に驚いていた。

 海人族らしさのかけらもない四人組が、海人族の通行証を出してきた。

 そして、海人族らしさが無いだけではない。

 普通は集団とは同郷や同じ仕事仲間の場合が多いので、結果的に近い服装や雰囲気になるものだが、この四人はちぐはぐでバラバラなのだ。


 イズモ国兵士らしき男が年長なので、この男がリーダーだと考えたが、通行証を出してきたのはまるで女のような顔をした美少年である。

 異国の装束の美少女は、あきらかにイズモ国兵士への敵意が見えるので、やはりイズモ国兵士はリーダーでは無さそうだ。

 もうひとりの軟弱そうな男は、どう見ても村人だし、四人の共通点が見つからない。


 一体どういう集団で、なんの目的でヤガミの町に入ろうとしているだろうか。この四人を通してもよいものかどうか、門番はここ数年で一番むずかしい判断を迫られていた。

 ここはイナバ国王とヤガミ姫の居城がある町であり、あやしげな者を入れるわけにはいかない。

 これは自分だけでは判断できないので、詰所につれていって詳しく尋問することにしたのだった。


 オオナムチたちは、詰所に連れて行かれた。

 さきほどの門番より位の高そうな文官らしき老人二人に取り調べを受けている。

 この二人の文官は、さまざまな国をめぐった博識の者たちであり、門番で判断できないようなあやしい者を担当することになっていた。


 部屋の壁際かべぎわには、オオナムチたちを取り囲むように、武装した兵士が20人ほど配置されてにらみをかせている。


「大丈夫だオオナムチ、俺にまかせておけ。俺はイズモ国部隊長だぞ」


 そう言っていたムルだが、オオナムチは大きな不安を感じていた。

 その不安はいきなり的中する。


「おい!どういうことだ!通行証は見せただろう!」


「ムルさん、落ち着いて」


 いきなりキレて怒鳴るムルと、制止するオオナムチ。


「うろたえておる。あやしいのう」


「やましいことがある場合が多いのう」


 二人の文官は、ムルへの心象をあきらかに悪くしたようだ。

 ムルのせいで、事態が悪い方向に加速している。


 この状況に、オオナムチは平気なのだがナオヤは泣いている。

 ルウは震えながらオオナムチに身を寄せているのだが、もちろんこれは演技である。


「だから何度も言ってるだろ!俺はヤガミ姫に求婚に来たムルだ」


「では、こちらの男はなんなのだ?」


「荷物持ちだ!貢物を持たせている」


「荷物持ち?そんな大荷物には見えんがのう?」


「やはりあやしいのう」


 オオナムチの万宝袋まんぽうぶくろには、ムルの荷物がたくさん入っているので、ムルの言っていることは本当のことだった。しかし、それはこの文官たちには理解できないことだ。

 万宝袋まんぽうぶくろは、大神クラスでも所持している者が少ないほどのレアアイテムであり、博識な文官たちもその存在すら知らなかったのだ。


 ムルは、万宝袋まんぽうぶくろのことが知られると、それを奪おうとする者が現れるので、なるべく人前では使わないようにしろとオオナムチに指導していた。

 だから、オオナムチは、文官にあやしまれても黙っているのだ。

 ムルにしては珍しくもっともな指導だが、もちろんムルはいい人ではない。

 自分が万宝袋まんぽうぶくろを奪おうと狙っているので、ライバルを増やしたくないだけだった。


「では、質問相手を変えよう。おまえは何者だ?」


 文官は質問相手にナオヤを指名した。


「村人です。許してください…ウゥ…」


 ナオヤはびびりまくって泣いていた。

 何をしたわけでもないのだが、気が弱くて謝り癖があるので、ついつい謝ってしまうのだ。

 しかし、それは文官からすると、『謝るということはなにか悪いことをしているのではないか』という疑念ぎねんを生じさせてしまう結果となっていた。


「それでは、そちらの娘はどうなのじゃ?見たところ大八洲おおやしまの者ではないようだが?」


「わたしは大陸より、イナバ国王に謁見えっけんするために参りました。海を渡るときに嵐で船が沈み、海人族の船に助けられて、この者たちの助けでこちらの国へたどり着くことができたのです」


 ルウは、まるで別人になったかのように毅然きぜんとして答えた。

 鬼神の嵐のような攻撃で載っていた旗艦が沈み、ミナの船に助けられてここまで来たわけだから、あながち嘘ではないのだが、そもそも船団泥棒というありえない犯罪者であり、そんないいものではない。イナバ国王への謁見えっけんというのも、個人的に会いたいだけである。

 そこを言わないことで、大陸の使者のような公的印象を持たせることに成功しているのだ。

 ルウの交渉術は見事だった。


 大陸を一人で放浪してきたルウである。

 こういったピンチは何度もあったし、そのすべてをくぐり抜けてきたのだ。

 本当に頼りになるのは、ムルではなくルウだった。


「おお、大陸からの使者であらせられるか?」


 文官たちの態度があからさまに変わった。


「すると、あそこの少年は従者なのではないか?」


「この村人は生口せいこうか。ならば納得できるのう」


 文官たちは、オオナムチをルウの従者、ナオヤを生口せいこうだと理解したようだ。

 生口せいこうとは捕虜とか奴隷のことで、国から国へ貢物として送ることがあった。

 文官達は、ルウがナオヤをイナバ国王に献上するため連れてきていたのだと勝手に理解してしまった。


「そのとおりです。生口30人を連れてきていたのですが、船が沈み、残ったのがこの者だけなのです」


「それは大変でしたな。して、このイズモ国兵士のような男は護衛ですかな?」


「いえ、それは見知らぬ者です。見たところならず者では?」


 ルウは顔をしかめて答える。


「ちょっとまてルウコラ!!!!」


 ムルは壁際に立っている兵士たちに取り押さえられ、別室に連れて行かれた。


 そんなこんなで、なんとか解放される頃には、すでに薄暗くなっていた。

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