第17話 海竜殺しのオキ王ゴジム

 オキ王城へ向かう道、ミナを先頭にオオナムチとムルが続いて歩いていく。


「そういえばムルさん、なんでイナバ国に行くの?」


 オオナムチは気になっていたことを聞いてみた。超土下座でうやむやに押し切られた出航だったので、そもそもムルがイナバ国に行く理由を聞いていなかったのだ。


「求婚」


「え?」


「ヤガミ姫をもらいにいくんだよ!」


 イナバ国のヤガミ姫は大八洲おおやしまに名が知れ渡る美姫びきである。

 オオナムチの万宝袋まんぽうぶくろに入っているムルの大量の袋や木箱の中身は、ヤガミ姫への貢物だったのだ。

 ちなみに、ヤガミ姫に貢いで家を潰した豪族が後を絶たないという、傾国けいこくの美女としても有名である。


 ヨドの港で起こったサルダヒコ元帥襲来事件は、ムルのイズモ国内での立場を悪くしていた。

 忘れている人も多いと思うが、ムルはイズモ国東方方面軍第13侵略部隊部隊長だ。

 その部隊長が、アオキ村攻略に失敗し、それどころか侵略し制圧するべき対象であるアオキ村に入り浸り、あまつさえ村長と仲良くしているという情報が軍中枢部のお偉いさんの耳に入ってしまったのだ。

 よくて降格か左遷させん、処罰や減俸が妥当であり、悪ければ厳罰もあり得る状況に追い込まれていたのだ。


(ピンチはチャンスだ。逆転してみせる!)

 ムルは、イズモ国と友好関係にあり、稲作と東の国との交易で栄えているイナバ国のヤガミ姫との婚姻によって、一発逆転を狙っているのだ。

 ヤガミ姫を嫁にもらえばイナバ国という後ろ盾ができるし、ヤガミ姫に婿入りしてイナバ国王を目指すのも悪くない。

 そのためにムルは、村人や兵士を騙し、泣かせて蓄えた財産と宝物のすべてを、ヤガミ姫への貢物として持ってきているのだ。


 実際のところ、多くの女性は『金がすべて』ではない。

 ヤガミ姫もそうである。

 むしろ、貢物は日常茶飯事であり、嫌気が差しているくらいなのだが、ムルはそのことを知らない。


 守銭奴のムルはイズモ国における資本主義のブタ筆頭である。

 ヤガミ姫が貢物で落ちると、心底信じ込んでいるのだった。


「そっか。応援するよ!」


 オオナムチは女性が苦手だし、色恋はよくわからなかったが、ムルを応援しようと思った。

 隣を歩いている悪いことを考えていそうな顔をした男は、見た目ほど悪い男ではない。そう考えていたのだ。

 しかし、実際はオオナムチが思っている500倍は悪党であるという事実には、まったく気づいていなかった。

 実際、今もムルは、オオナムチの万宝袋まんぽうぶくろをどうやってだまし取ろうか考えているというのに…

 オオナムチは性善説のお人好しだった。


 王城が見えてきた。


「すげえ!」


 オオナムチは興奮して叫んだ。

 神域の山奥には自然しかない。その大自然の中にある洞窟で育ったオオナムチは、村の一般的な家屋にさえカルチャーショックを受けたくらいだ。

 実はアマの港や町の規模にも驚いていたのだが、人がいないこと、カワイキュンの登場と、もっと驚くことが続いたので、そちらに気を取られていた。

 このオキ王城は、オオナムチがはじめて見た城なのだ。


「川が5つも流れてるよムルさん!」


「それは堀だ。川じゃねぇぞ」


 城のまわりは、5重に堀が巡らされているが、タケミナカタの来城を見越してか、跳ね上げ式の橋がすべて降りていて、近衛兵らしき重装備の兵士が武器を置きひざまずいてミナに頭を下げていた。


「つまんないな。誰もミナに挑んでこない」


 ミナが不機嫌そうな顔で、ひざまずく近衛兵に宝剣雷斬ほうけんらいきりを向けた。


「タケミナカタ様お戯れを(汗)…奥で王がお待ちです!」


 近衛兵の声が震えている。

 この近衛兵は、オキ国屈指の勇士なのだが、前回のミナ来訪時に病院送りにされていた。最近やっと復帰できたところだったのだ。


「あいつか!」


 王が待っているという言葉を聞いて、ミナが明るい声をあげた。


(ミナがうれしそうにしているオキ王って、どんな人なのだろう?)

 オオナムチはなぜだか悪い予感がしていた。


 ミナは宝剣雷斬ほうけんらいきりを振り回しながら走り出した。

 慌ててオオナムチとムルも追いかける。


 城内には誰もいなかった。

 大きな扉が見えて、ミナが扉を斬り飛ばした。


「ミナがきたよー!」


 広間に入ると、重装備の兵士たちが大勢、血だらけで倒れていた。

 手足が変な方向に曲がっている人も多いし、そこかしこでうめき声が聞こえる。

 かろうじて死人はいないようだが、瀕死の兵士が多そうだ。


 そして、その倒れる兵士たちの山の中央に、背中を向けた大男が立っていた。

 熱くなった体から水蒸気が立ち上っている。


(うお、ジジイの同類だ)

 オオナムチの悪い予感は的中した。


「待ちくたびれたぞ!タケミナカタァ!」


 振り返った眼光が赤く光っている。


「はワワワ」


 ムルが腰を抜かしてへたりこんだ。


「たぎるぞみなぎるぞゴオラ!」


 白目というか赤目を剥いた、悪鬼の顔。

 縦にもでかいが横にもでかい。

 全身を包む鎧と兜、手に持つ巨大な槍は濃紺ににぶく光っている。これらの武具は、この大男が若き日に倒した海竜を素材に、神の匠がこしらえた伝説級武具レジェンダリである。


 オキ王ゴジムは『海竜殺し』の二つ名を持つアズミ族の勇者だ。

 タケミナカタ来島の知らせを受けて、血がたぎり部下の兵士相手に暴れていたのだ。


「殺す!」


 そんな覇気溢はきあふれるオキ王に、ミナは飛びかかっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る