新人サンタと嘘の温もり

@dg1048

第1話

「サンタになんてなるんじゃなかった……」

吹きすさぶ冷風は肌に刺すようで、ソリの上にはもの言わぬトナカイしかいないとわかってはいてもつぶやかずにはいられなかった。何もこの時期に来ることもないだろうに歴史的大寒波の到来とのことで、普段は雪なんて降らないこの街にもうっすらと雪が積もり、今も粉雪が顔と付け髭を濡らしていく。

思えば今日に限らず今年はろくな一年じゃなかった。そうなったきっかけは、やはり昨年のクリスマスに届いた一通のメールだろう。当時大学生だった俺は卒論が上手くいかず、そのせいで就活にも出遅れてしまった。そのせいで12月だというのに、まだ求人募集をしている企業に片っ端からあたっていった。だが、その努力が実る気配は一向になく、毎日のように各社からお祈りを頂戴した。ひっきりなしに届くお祈りメールは、クリスマスだって例外ではなかった。クリスマスだというのに、お祈りメールを作成する仕事を、気の毒だと他人事のように思いながらメールをチェックしていく中、奇妙な文言が目に留まった。


~サンタ募集中 未経験者歓迎~


今になって思う、その怪しげな求人に応募したあの頃の自分はどうかしていたのだろう。あの頃の自分を思いっきりぶん殴ってやりたい。

そんな風に物思いにふけっていたら、突然ソリのスピードが落ち思わず前のめりになる。

ソリを引くトナカイが歩みを緩めたのだ。安心したのも束の間、今度は急スピードで走り出しソリに背中が叩き付けられる。うめき声を上げ、非難の視線を送るも、当のトナカイはどこ吹く風と言わんばかりにいなないている。

もの言わぬトナカイは訂正する必要がありそうだと嘆息する。入社の際に手渡されて以来使う機会などなく、どこにしまったか検討もつかない付け髭を探すため、出発の準備が遅れた俺は、この厩舎一の暴れトナカイをつかまされた。こちらの指示などまるで聞かず、今も他のサンタに見られ上に報告されたら始末書もののスピードを緩めない。

だが正直このスピードは出遅れた自分にはありがたい。もし規定時間通りにプレゼントを配り終えられなかったら女傑に何を言われるかたまったもんじゃない。手綱を緩めず、周りに他のサンタがいないか細心の注意を払いながら目的地へと走らせた。

なんとか目的のマンションの屋上に到着した俺は、プレゼントを渡す部屋のリストをチェックし、今日、何度目とも知れぬため息をついた。おかしいとは思ったのだ。最後に出発した自分が部屋と部屋が隣接し、プレゼントを配りやすいマンションを割り当てられるなんて。

最悪なことにこのマンションは防犯設備が完備されており、監視カメラが設置されていた。透明化装置は機械には通用しない。まず監視カメラの細工が必要なようだ。


やっとのことで監視カメラの細工を終えた俺は、目的の部屋の玄関の前に立ち大きく深呼吸をし、壁面透過装置を作動させる。壁に体が埋まり、やがて向こう側に抜けていく感覚は何度経験しても奇妙だ。最初は壁のなかに埋まりやしないかと気が気でなかったが、数々の研修を経てその怖さは消えたが、この奇妙な感覚には慣れる気がしない。玄関を抜けて、子ども部屋とおぼしき手書きの表札が付いたドアを抜け、ベッドに眠る子どもの姿を確認する。

よしなるべく急いで配らないと、靴下が置かれていないことを確認し、子どもの枕元にプレゼントを置こうとしてベッドに駆け寄った。その時、ベッドで寝ている黒髪の少女と目が合った。

心臓の鼓動が早まり、冷や汗が背中をつたうのを感じる。いや落ち着け落ち着くんだ、透明化装置を作動させている今、向こうからこっちが見えるはずがないんだ……。そう自分を落ち着け腰に装着した透明化装置に手をやろうとするが、その手が空を切ることに気付く。ない……そんなはずはない出発前に何度もチェックして…そうやって今日の自分の行動を思い起こしたソリの上での一幕を思い出す。まさかトナカイが好き勝手にやった時に……その時に一緒にまとめていた消音装置も……。

もう一度視線を戻すと女の子が目を離す様子は一向にない。もしこのことがばれたら始末書どころの騒ぎじゃない……。

「パパなの…?」

パパ?予想だにしていないその言葉に思わず面喰らってしまう。こういった場合サンタであることを指摘されるか、あるいは不審者だと思われるのが普通だ。なぜパパ?予想外の言葉に呆然としていると、その子は、

「やっぱりパパだ!」

とベッドから抜け出して抱き着いてきた。慌てて女の子引きはがし肩に手をあて

「待ってくれ俺は君のパパなんかじゃない」

と諭そうとする。この子の家庭事情は知らないがこれ以上の面倒ごとはまっぴらだ。

だがその子は首を勢いよく横に振り

「うそ!パパだよ! ママがいつも言ってるパパはうそつきだって」

ママよなんてことを言ってくれるんだ……。

「それにさっきお家のかべからすーって入ってきたでしょ? 知ってるよママが教えてくれたもん パパはすごいまじしゃんなんだって」

マジックとは程遠い機械のお陰だと懇切丁寧に説明してやりたい。だが今は急いでいるし、この子に騒がれて家族が起きてきたら困る

「いや確かに壁を抜けて入ってきたがパパじゃないんだ。ほら、サンタさんって知らないかな?」

その子は目をぱちくりとさせやがて得意気な顔になり、

「もう、それくらい知ってるんだからサンタさんなんていないんだって、クラスのお友達も言ってたの サンタなんてホントはいなくてパパやママなんだって」

このくらいの歳の子なら無条件に信じていてくれよ。余計なことを吹き込んだクラスのお友達を恨まずにはいられない。

「とっ、とにかく俺は君のパパじゃなくて、今急いでいるからじゃあまた」

三十六計逃げるに如かず、何を言っても信じてもらえなさそうだし、先人の言葉に従い立ち去ることにする

だが、女の子は駆け出しそうとした俺のサンタ服のすそを引っ張り、

「明日も来てくれる?」

とさっきまで見せなかった不安げな顔を浮かべて言った。その言葉は震えていて、ここで否定すれば泣いてしまいそうな程で、とっさに来るよと返してしまう。すると女の子は途端にとびきりの笑顔になり、

「じゃあまた明日ねパパ!」

と元気良く言って手を振った。その声に誰か起きてきやしないかとまた冷や汗をかいた。


落としたと思っていた透明化装置と消音装置は、辛うじてソリの縁に引っかかっていた。不幸中の幸いだと安堵し、今回の顛末の元凶である暴れトナカイをねめつけたが、やはり素知らぬ顔でいななくだけであった。


「調べるんじゃなかった……」

翌日、夕食あとの休憩にメッセージカードの裏を再利用した資料を読み、PCを見ながらため息をついた。

サンタの情報網を持ってすればはおおよそのことであればわかる。大げさにではなく世の中のおおよそのことであればわかる。サンタへのメッセージカードに書かれたものや、親との会話で出たものがその子が本当に欲しいものとは限らない。子どもの欲しいものを、あくまで可能な範囲で叶えるためあらゆる情報を収集し、精査する。

子どもの欲しいものなど数日もすれば目移りする。直前にやっぱりあれが欲しいと言い出すことも多く、情報科もこの時期はてんてこ舞いである。そんな忙しい中、情報科の同期にムリを言って昨日プレゼントを届けた子を調べさせてもらった。

あの子の言ったことから家庭環境はある程度予測はついていた。それでも一縷の望みに縋り、海外出張だとか、最悪でも別居だとかそういったことに希望を抱いていた。

だが、現実というものは大寒波で荒れる冬の空より寒々しく、非情であった。あの子の言った通り父親はマジシャンであった。あの子の言葉にうそ偽りなく第一線で活躍する一流のマジシャンであった。カードマジックにコインマジック、ステージマジックなどあらゆるマジックに精通し、いずれも一級品の腕前だった。そして何よりも得意だったのが脱出マジックだった。完全な密室から、まるで壁を抜けられるかのように脱出したという。そしてその脱出マジックの最中、事故でその命を落とした。

どうやら昨日訪れたマンション内の監視カメラは音声録音機能付きであったらしく、極限までボリュームを上げ、音声データをクリアにし、事故当日の玄関前の会話を拾うことができた。そこには心配する奥さんを、大丈夫だ絶対に失敗しないととびきりの笑顔で安心させ、今日は娘の誕生日でもあるし、日付が変わる前に必ず帰って来ると、絶対に叶いやしない約束を交わしている様子が克明に記録されていた。

なるほど、これがうそつきだと言っていた理由か、彼は約束を守れずついぞ帰ってくることはなかったわけだ。

やはり、調べるべきではなかった。この事実を知ったところで俺には何もできやしない、何もだ。自分の無鉄砲さにあきれ、無力さをかみしめ、ポケットの中の機械を強く握りしめた。思えば去年あの怪しげなメールに返信したのも、自分を変えられるかもしれないと思ったからだ。子どもたちの溢れんばかり笑顔のために、あなたも誰かのサンタになってみませんか、とかそんな謳い文句に憧れ、無力なばかりの自分を変えられるかもしれないと。

大馬鹿にも程がある。誰かの喜びの裏には誰かの苦しみがあるし。喜びだけで世界は回らない。サンタの苦労も知らずにそんなことを思っていた自分に無性に腹が立った。俺自身何も変わりやしない。無力なままだ。

そうやって、悲しいやら苦しいやら怒りやらがないまぜになって自分でも訳が分からなくなった頃に、館内アナウンスが鳴り響いた。今夜の出発を告げる合図だ。

俺が小さな頃は1回だったプレゼントは、近年はイブの朝とクリスマス当日の朝の2回になっていた。気前も恰幅もいい前サンタ長が決定し以後定着しているという。今日だけは今日だけは会ったこともない、前サンタ長を恨まずにはいられなかった。そうやって恨み節をつぶやいていると

「おい何をぼさっとしているんだ新人、また暴れトナカイをつかまされたいのか」

「すっ、すいません!」

俺が誰よりも恐れる女傑の登場であった。基本運搬業務は男性が担当するものであるが、ただ一人女性でサンタを担当し、俺の先輩でもある彼女は名前で呼ばれることはなく、尊敬と恐怖を込め皆が女傑と呼ぶ。

「おい新人何を調べていたんだ?」

やばい…っとっさにPCのモニターを背にし、持っていた資料を後ろ手に隠した

「いっ、いえちょっとこの冬の流行を調べてまして……」

女傑は納得しなかったようで訝しげな視線を送ってきたが

「まあいいさっさと準備に取り掛かれ」

時間が迫っていることもあり不問にするようだ。安堵のため息を小さくつき今年一番の走りでその場をあとにした。


その日は寒さを感じる余裕なんてなかった。くすねてきた記憶改変装置をポケットの中で強く握りしめる。本来はサンタを待っていつまでも眠らない子どもや、プレゼントが買えない家庭の親に使うもので、むやみやたらに使うことは禁止されている。情報科があらかじめそういった家庭を調査し支給されるもので、新人がその担当になることは、まずない。

こいつもばれたら始末書どころじゃ済まないなと笑いソリを走らせた。


昨日と同じ部屋に入ってまず感じたのは困惑だった。黒髪の少女は昨日の明るい笑顔とは打って変わって、ベッドの上で涙で目を腫らしていた。その様子を見て透明化を解除し

「どうしたの?」

と声をかけずにはいられなかった。

「あっ、サンタさん……今日も来てくれたの」

おかしい、昨日とは違いサンタと呼ぶのはなぜだ

「サンタさんはパパじゃないんでしょ?」

握りしめた記憶改変装置から手を離し

「いやサンタさんはパパだよ。ホントのパパだ」

そんな言葉がひとりでに漏れていた

「きのうのことを話したらね、ママが泣きながらお話してくれたの。ママが言ってたのサンタさんはパパじゃないって、パパはもう帰ってこないんだって……」

涙混じりの消え入りそうな声に、体は勝手に動きその子の頭をやさしくなでていた。

「知らなかったかい?じつはパパだけじゃなくてママもうそつきなんだよ」

その言うと少女は不思議そうな顔で、

「じゃあホントにパパなの?」

「ああホントのホントさ」

少女は涙もぬぐわず、ぐしょぐしょになった顔で胸の中に飛び込んできた。

「パパのうそつき……ママのうそつき」

そう繰り返しながら次第に笑みをこぼしていった。

家族の温もりを求めている幼い子の体温は、外の風で冷え切った体の芯まで温めるようだった。


「あんなこと言うんじゃなかった…」

仕事を終えた俺は屋上の手すりにもたれかかりながら後悔と自責の念に苛まれていた。自分のやったことは何の解決にもなりやしない。

今日のことはママには内緒だよ、またママに会わずに帰ったなんて言ったらまた泣いちゃうからさ、ママとはまた今度会う約束をしてるんだと再三のうそでごまかしてきた。記憶改変装置を使うべきだった。2日間の記憶を書き換えるべきだった。そうやって自分への恨み節をつぶやいていると

「おい新人!」

「はっ、はい!」

背後からの声に驚きのあまり飛び上がりそうになった。おそるおそる振り返るとそこには、あの女傑が缶コーヒーを片手に立っていた。

女傑は何も言わずに自分のすぐ隣の屋上の手すりに体をもたれかけ大きなため息をついた。思わず

「自分今日の配達で何かやらかしましたか……?」

そう聞いていた。

「いいや、仕事は完璧だった。初日は暴れトナカイをつかまされ心配したが、きっちり時間内で荷運びを終えていた。今日の配達もそつなくこなしたそうじゃないか」

配達のことではない?じゃあなぜ?疑問を膨らませていると女傑が再び話し出した

「最近どこもかしこも人手不足でな、あのバカサンタ長が私に色々な仕事を振ってくるんだ」

「はぁ」

サンタ長への罵倒に肯定もできずそんな曖昧な返事を返すほかなかった。

「私の仕事は多くてな、新人教育に荷包みにトナカイの世話、最近は情報科のサーバーチェックまで任される始末だよ」

この人も色々大変なんだなと、愚痴を言う先輩を見て初めて親近感を感じ、頬が緩んだ。

「……そして忘れちゃいけないのが備品チェックだ」

その言葉に背筋が凍った。

「昨日お前達が出たあとに備品チェックをしたんだ。そうしたら不思議なことに記憶改変装置がデータ上の数と合わないんだ」

間違いなくここ数日間で一番の冷や汗が全身に回る。

「ほかの先輩に言われなかったか?わたしにごまかしは通じないって、そしてお前の同期に会ってなにか妙なことを頼まれなかったか聞いたよ」

まずいこれは完全な詰みだ。もうどうしようもない。このままではクビだろう。そうなったらまた来年会うというあの子との約束も果たせない……。

やがて怒号と叱責が飛んで来るかと目をつむったがいつまでも飛んでこなかった。おそるおそる目を開けると、そこには困ったように眉を下げた女傑がいて、予想外にやさしい声音で

「辛いのはお前だぞ。その性格じゃ今後も余計なものを背負っていく。生きていくのは自分だけで手一杯なのにだ」

女傑はそう言いそしてためらうように

「お前はこの仕事続けたいか?」

と疑問を投げかけてきた。

答えは1つに決まっていた。

「続けたいです。これからもサンタを続けたいです」

そう言うと女傑はただ一言

「そうか」

と言って、手に持った缶コーヒーを投げてきた

俺は思わずその缶コーヒーをキャッチした。

「はっ私もとんだ新人の担当になったもんだ。後始末は任せておけ」

と言い残して立ち去ろうとした

「そんな自分も何か手伝います!」

そう叫んだが女傑は

「調子に乗るな新人そんな疲れ切った体で何ができる。私はさっきまで休んでいたから体力が有り余ってるんだ」

と俺の言葉を一蹴し、

「メリークリスマス、新人」と言い残して屋上から去っていった。

その頼もしすぎる後ろ姿に

「はは、なるほど確かに女傑だ」

と笑った。

そして女傑の表情を思い出し、再び笑い、涙がこぼれた。

「目の下のくまくらい隠して言ってくれよ」

雪が降りしきる中、手の中の缶コーヒーの温もりは何よりも温かかった。

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