自殺予行~傷ついた君を愛してる~

空沢 来

三日月の差す夜

春の夜、少し肌寒くて。

ダムに架かるコンクリの橋の上で眼下に広がる水面を見つめていた。


昏くて、辺りには誰もいない。

街灯が2,3あって、街灯自身を照らしているみたい。そこしか明るくなくて太陽のように全体を照らしていない。


私は息を吐く。


「自殺したら天国に行けねぇよ?」

「え……?」


ビクッ、と振り返る。

ふいに背後から若い男の声がして。


逆光で、相手の顔も身なりもよく見えない。

痴漢ならアソコを蹴らないと。


でも、彼が私をさとす言葉は、まるでおとぎ話。

天国とか。

 

だけど私、自殺するとか、勘違いされてたんだ。


人に気付かれてしまったことが恥ずかしくて、返す言葉がきつくなる。


「そんなつもりじゃないし」

「じゃ何?」

「予行演習」

「同じじゃん。死ぬんなら」

「同じじゃないよ」

「……」


彼は黙り込む。


「ねぇ……。このこと、言わないで」

「え? 別に言わねぇよ」

「うん。よかった……私、受験だから、言われたら困る」


親や先生に何か告げ口されて、怒られるのは嫌。めんどくさいから。


「俺も受験」


と、彼が言う。


「三年生?」

「うん。高校だけど」

「うそ。私、中学」

「服が……」


彼には、光の加減で私の制服がよく見えているようだ。

私は苦笑する。


「スカート長いよね。まじダサい」


しかし、彼は首を横に振る。その動作で、冷えた空気が揺れる。


「そんなことない。中学って、みんな長いよ」

「んー、まぁね」

「うん」


……このまま会話を続けていて、どうするんだろう。

初対面の見知らぬ不審な自称高3と。

むこうからしてみたら私も自称中3だけど。


「……じゃあ、帰るね」

「送るよ……途中で、気分変えられたら嫌だし」

「……ん?」


高校生が、どうやって私を送るの?


「俺が見てないとこで、また予行されたら困る」


そっち、答えるのか。


「そんな……しないよ、もう」

「そうか?」

「うん」

「いや、送る。危ないし」

「過保護」

「ああいうシーン見たら、心配する」

「……私のこと?」

「うん」

「ほっとけばいいのに。私、他人だし。関係ないでしょ?」


私なんて別にいてもいなくても関係ないし。世界は私がいなくなっても回っていくし。


「関係なくない。普通に心配する」

「……」


お人好しすぎる。


というか初対面の男、それも夜中に出歩いてる高校生、絶対不良に決まってる。

そんな人に簡単について行っていいの?

……だめでしょ? 

何されるかわからない。


それに、本当に高校生? 騙されてるかもしれない。


こいつもこいつで、夜中にフラフラしてる非行少女に関わるなんて。


私の心配や不安を感じ取ったようで、彼は名乗る。


「俺、雪杜燦吾ゆきもりさんご雷高らいこう。……名前は?」


と、訊いてくる。


雷鳴高校……通称、雷高は確かに存在する。


「言っても、学校に言わない?」

「まだそんなこと考えてる? 俺、信用ない」

「知らない人だし」

「なら、ダム子ちゃん? ……は、どうかな?」

「はっ? ダム子? ネーミングセンスなくね?」

「ダムにいるんだもん」

「……開戸斗雪あけととゆき。……私の名前」

「明戸さん。行こ」


中学の名前は明かしてないのに、彼は気分をわるくする様子が微塵もない。


私はコクンと、首を縦に振る。


「でも、どこへ?」

「誘拐なんてしねぇよ」

「家バレしたくない」

「だから、そういう問題じゃなくて」

「え?」

「わかれよ。命に危険が迫ってるって」


彼……燦吾の瞳が蠱惑的に光る。


燦吾は即座に私との距離をつめ、私の手を引くと同時に前へ踏み出す。


「えいっ」

「きゃあっ」


彼は私の背後にあったを殴りつけた。

風圧に私は目を瞑る。


ドンッと、大きな音が弾ける。


目を開けると、いつの間にか黒く広がる巨大な靄が霧散していくところだった。


「わぁ……すごぉい」

「感心してる場合じゃない。開戸さん連れていかれるとこだったし」


彼のまなざしは鋭い。わずかな月光を吸収して後……静謐に光り輝く。


「連れていかれるって……どういうこと?」

「夜の化物バケモノ。開戸さんのこと気に入ったみたいだね?」

「夜の化物って何?」

「人間になりたいけどなれない塵の集まり」

「塵?」

「うん。人間は塵でできてるから」


唐突に、彼は言う。


「目、つぶって?」

「目? 何で?」

「いいから」

「やだ」

「やなの?」

「うん」

「何もしないよ?」

「絶対何かするよ」

「あ」


と、ふいに彼は視線をそらす。


「え?」


と、私もつられて同じ方を見る。


首筋がヒヤッとする。


「何? 首絞める気?」

「ちげぇよ」


彼が、私の首から手を離す。

私は、両手で首をなぞる。


「ネックレス……?」


彼は笑う。


「夜の化物に気に入られた人間は、怪物になるか、戦うか選べる」

「はぁ……?」


彼の言うことが何なのかよくわからない。


「そのネックレスは、さっきの化物に襲われたとき、選択させてくれるだろう」

「ふーん」

「外すなよ?」

「おっけぇ」

「外せば怪物になる。それしか選べない」

「わかったよ。ずっとつけてればいいんでしょ?」

「首につけてるのが無理ならポケットの中でもいい」

「体育の時間とか、そうする」

「先生に没収されないよう気をつけろよ?」

「はぁい」


まぁ見つかったら即座に没収だろう。

異性と付き合っただけでも先生が介入して恋人を別れさせる、中学校は厳しい。


彼は話題を変える。


「ここまでチャリで来たの?」

「あ、うん」

「歩いて帰れる距離?」

「少し遠いかな」

「なら、車に積も」


彼は近くに停まっていた私の自転車を手押し、橋を戻ってダムの坂道を降りていく。


駐車場に深紅のミニバンが一台停まっている。街灯に照らされた車体に何かのシンボルマークがついている。


「これ燦吾が運転するの?」

「まさか。ちげぇよ」


ガチャとドアが開き、男の人が出て来る。

背が高く、肩幅は広く、ガッチリとした体格で、濃紺のシャツにスラックスをはいている。ネクタイはしていない。蒼みがかった茶髪に切れ長の眼。


「その子、保護したんですか?」

「うん。たぶん、夜の化物に気に入られてるね」


男の人の方が年上に見えるのに、燦吾は砕けた口調で会話し、むしろ男の人の方が彼に敬語を使っている。


「この子は開戸斗雪さん。開戸さん、護衛の神楽坂さん」

「はじめまして」


と、挨拶すると、神楽坂さんは一礼する。


「はじめまして。神楽坂です。……夜の散歩?」

「はい。そんな感じです」

「夜風が気持ちいいですね」

「はい」


この人は、幼い私が夜歩きしてても理由を聞いてこない。親切な人だ。


神楽坂さんはトランクカバーを開け、燦吾と二人で自転車を乗せる。

それから燦吾は助手席に、神楽坂さんは運転席に。私は後部座席に座り、出発する。


「どこまで行けば?」


と、神楽坂さんが訊ねる。燦吾は黙っていて、私は口を開く。


鍵河駅かぎがわ駅近くのコンビニまで、お願いします」

「わかりました」

「ありがとうございます」


私の家は、コンビニから徒歩5分。……家に、帰りたくない。けど。でも。

やっぱり家には帰りたくない。

この二人と一緒にいていいのかわからないけど。

でも、もう少し。できるだけ長く、一緒にいたい。


「……やっぱり、みんなで夜のお散歩がしたいです」

「それは夜のドライブでは?」


と、冷静に突っ込む神楽坂さん。燦吾が謝る。


「ごめんね。俺は化物たちを倒さないといけない。まだ一般人の開戸さんを巻き込むわけにはいかない」

「まだ?」 

「開戸さんが戦士として目覚めたらそのときには」

「でも私には死ぬか、戦うかしか選べないんでしょ? 保護してくれないんですか?」

「戦わずにすむならその方がいい。一生、戦士として目覚めない可能性もある。普通に暮らせるならそれが一番いい」

「どうしてもだめなんだ?」

「……あぁ」


 家から逃げてきたのに。そこも私の居場所にはならない。

 いつまで我慢すれば抜け出せるのか終わりが見えず。
















 








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