ナツ、襲来!

平中なごん

壱 NATU委員会

 それは、梅雨明け宣言とともに突然やって来た……。


「――ここが、原宿にある今話題のスイーツ店…テロリロリン! テロリロリン!」


 なにか聞く者を不安にさせる甲高い電子音がテレビで鳴り響いたかと思うと、お昼の情報番組の映像が不意に切り替わる。


「……ええ、番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えします」


 そして、なにやら慌ただしい様子のテレビ局の一角で、しかめっ面の女性キャスターが重々しい口調でニュース速報を伝え始めた。


「先程、気象庁により梅雨明け宣言が発表され、太平洋高気圧の北上が確認されたことから、同時に〝ナツ〟の襲来に対する特別警戒警報が発令されました。これを受け、政府は内閣府内にNATU委員会を設置。不測の事態に対しても早急な対応を行う準備を進めています」


 NATU委員会――それは「なんといもいえない 熱さ 対策 運用」委員会の略称である。


 藪萱蔵やぶかやぞう内閣総理大臣のもと、総理権限で夜具内毬人やぐうちまりと官房副長官を特命担当大臣(国務大臣。NATU担当)に任命、団葦彦だんあしひこ内閣官房長官や六本木旭ろっぽんぎあさひ総理補佐官がそれをサポートする形で、各省庁と密に連絡を取りながら運営される。


 第一回NATU委員会連絡会議……。


「――すでに〝ナツ〟は驚異的な速度で北上を開始しています。沖縄での確認以降、西日本を一日で通過。現在は近畿に留まっていますが、ニ、三日の内には関東まで到達し、東北、北海道に到るのもすでに時間の問題かと」


 円形のテーブルに各大臣、担当官が居並ぶ冷房完備の大会議室で、気象庁長官の浜葦朗はまあしろうが現在の状況を緊張した面持ちで一堂に告げる。


「なんという進行速度だ。今年の〝ナツ〟はバケモノか……」


 その中央に手を組んで座る藪総理が、くぐもった活舌の悪い声でボヤくように言った。


「当面の課題は電気量不足ですな。西日本ではすでに影響が出始めているが、皆が一斉に冷房を使い始めれば、現在の発電量ではとてもじゃないが賄いきれん。〝命に関わる暑さ〟ではエアコンの使用を控えろとも言えませんからな」


 藪の発言を受け、右隣に座る団官房長官がまるで他人事のように淡々とした口調で続ける。


「その辺のとこ、現実問題としてどうなの?」


「やはり、現在停止している原発も再稼働させるしかないですな。火力、水力だけではコストも効率も悪すぎる」


 団官房長官の言葉を継ぎ、藪首相がそちらに視線を向けて尋ねると、さも当然だと言わんばかりに経済産業大臣の館山辰五郎たてやまたつごろうが答える。


「待ってください! そんなこと、地元住民が認めるはずないでしょう? うちの原子力規制委員としては早急に再稼働へ踏み切ることはできません。強引にそんなことすれば、次の選挙にも影響するかもしれない」


 だが、その意見には、慌てて桐河駿吉きりかわしゅんきち環境大臣が真っ向から反対する。


「じゃあ、なにかね? 君は火力発電に任せて二酸化炭素排出量をこれ以上増やせと言うのかね? そんなことしたら、温暖化に厳しい諸外国からの風当たりがますます強くなる。それこそ、君ら環境省の最も望まぬところではないのかね?」


「だからといって、いい加減なストレスチェックで再稼働なんてさせたら、日本の原子力政策が疑問視されてしまいますよ?」


 すると、桐河大臣もそれにまた異を唱え、二人は俄かに言い争いを始める。


「だからあの機会・・・・に原子力からクリーンエネルギーに舵を切っておくべきだったんですよ! そうしていれば、今頃は中国なんかに後れをとらず、日本がこの分野で世界に頂点に立てていたんだ。こんなただの見せかけじゃなく、本当の好景気ももたらされていたはずだったんですよ!」


「今はそういう話をする場じゃないだろう! 論点がズレている! それにあの事故・・・・までは、原発こそが温暖化を食い止められる、安全でクリーンなエネルギーだとみんな信じていたじゃないか!」


「まあまあ、お二人とも、ただでさえ暑いのにそんな熱くならないで。では、実情に照らし合わせてこういたしましょう」


 ますますヒートアップして別問題で罵りあう大臣二人に、見かねた夜具内特命担当大臣がなだめるように口を挟んだ。


「とりあえず原発再稼働は最後の手段として、現在使える火力発電所をフル稼働させて電気の増産に当てます。温暖化に関する諸外国の批判には、この死者まで出る異常な猛暑で電力不足になっている実情を海外メディアにリークし、〝発電による温暖化ガスもやむなし〟という世論を形成するつもりです。あとはまあ、中東情勢が不穏になって、原油価格が高騰しないことを願うのみですね」


「どうですかな? 総理。そんなところで」


 無難で現実的なその提案を聞いて、団官房長官がおとなりで黙り込んでいる藪首相に御うかがいをたてる。


「うん。いいんじゃないかな。では、そうしてくれ」


 ちゃんとわかっているのかいないのか? それに首相は簡単に首を縦に振ると、経産、環境の両大臣も渋い顔ながら納得し、この問題については一応の解決が見られたようである。


 

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