第27話 襲撃

 ダンジョンの中は先行した者達が残した灯により明るく照らされている。通路は入口よりも道幅が狭まったものの、人が5名ぐらい横並びになれる程度の広さがあった。


(最悪、後ろから襲われてもなんとかなるかな?)


 前を歩くウェルに着いて行くピュイはダンジョンに入ってから常に自分達の後方に注意していた。戦闘力の高いウェルに前衛を任せている代わりに自分は後方からの襲撃による挟み撃ちを警戒しなければいけないからだ。


(でも、後ろから僕達より後に入ってきた人の魔力を感じるから大丈夫かな……?)


 ピュイが振り向きながら歩いているとウェルが立ち止まっていることに気づかずに背中にぶつかった。


「うぷっ」


「おっ。悪い悪い」


「ううん。こちらこそ。何かあった?」


「ああ。見ろよ」


 ピュイは進行方向を見ると道が若干膨らみ広場のようになっている。更にそこから先は通路が4本に枝分かれしていた。


「……分かれ道か」


「みたいだな。どうする?」


「うーん。とりあえず二手に分かれるのはよそう。まだこのダンジョンの魔物がどれくらいの強さか分からないしね」


 そう言いながらピュイは杖を引き抜き小さく灯の魔法を唱えた。ポゥと先端が明るく灯った杖を分かれ道の通路手前の地面に近づける。


「……?何してるんだ?」


「足跡を見てるんだ。ここまでずっと一本道だったでしょ?あれだけの人数が先にここに来たならどの道を選んで進んだか足跡の形と数で判断出来る」


 なるほどと、感心するウェルをさておきピュイは観察を続ける。


「……意外と足跡の数にばらつきがある……1番多いのは左から2番目。次が1番右でその次がその左隣……」


「ってことは1番左はビリか」


「みたいだね。ここまで偏りが生まれるってことは先行したクランの中に索敵が得意なメンバーがいるみたいだね。……さてどうしようか?」


 2人はうーんと首を捻った。


「あえて1番左を行くってのは?」


「ありかも。足跡は全部入っていたものだから少なくとも行き止まりって訳ではないだろうし。まぁ、今引き返して来てるってことも考えられるけど……」


「そこまで考えたらきりが無いな。まぁ、端っこから進んで行った方が分かりやすいからそうするか」


 2人がとりあえず進むべき道を決めた時、広場の入口の通路から人影が現れた。その人物は潜入前にウェルが注目していた空色の髪の女性だった。


「あっ……」


 女性の姿を確認したウェルは思わず声が出たがすぐに口を手で覆った。


(……ったく。ピュイが変なこと言うから変に意識しちゃうな)


 目を逸らし口を覆うように縮こまるウェルを女性は不思議そうに眺める。ピュイはそんな女性に声をかけてみた。


「えっと……こんにちは。クエストにはソロで参加してるのかな?」


 女性は鋭い視線をピュイに向けると小さく、


「ええ」


 とだけ答えた。


 思ったよりも早い終焉を迎えた会話により3人の間には気まずい空気が流れる。


「……えっと」


 ピュイがめげずにもう一度話しかけようとしたが、それより先に女性が無表情のまま言葉を発した。


「……気を遣わせて申し訳ないが、私は誰とも協力する気は無い。よって無理に話しかけなくても結構だ」


 突き放すような女性の一言にピュイは少しショックを受けうな垂れた。


(なんか怖い人だなー)


 そう思ったウェルは悲しげなピュイの肩をポンポンと叩いて慰める。

 そんな2人を横目に女性は先の分かれ道に注目した。


「分かれ道……」


 そう誰かに問う訳ではなくただ呟く女性にウェルは話しかけた。


「そうだよ。俺達はとりあえず1番左からしらみつぶしに行こうと思ってたところ。……あんたはどうする?」


 そう聞かれた女性は少し困ったように、


「……私は……」


 と、言いかけたところで何かを察し、元来た通路に振り向いた。


 ウェルとピュイもその気配に気づき身構える。


「……残ってたクランの気配じゃないな」


「そうだね。小さいけど複数の魔力を感じる。道中注意してたんだけどな……」


 2人の会話を聞いていた女性は小さく呟いた。


「……湧いたか」


 そのままスタスタ通路に歩いて行く。


「……手貸そうか?」


 ウェルの提案に女性は振り向かず答える。


「必要ない。私が連れてきてしまったようなものだ。私1人で処理する」


 女性は直径40cmほどの円形の盾を装着した左手を前面に出しつつ中腰に構えた。


 全員が注目する通路の奥からは、ヒタヒタヒタヒタという足音が聞こえ、その音の大きさと数は少しずつ増していった。不意に音が止んだ瞬間、姿を隠すためか通路の1番近くの明かりが消える。


 3人が暗闇に包まれた通路の出口を注視していると、耳障りな叫びと共にそれは現れた。


「ギイィィアァァァァ!!!」


「ゴブリンだ!」


 暗闇から飛び出し姿を表した魔物を見てピュイが叫ぶ。女性に掴みかかろうとする魔物は人間の子供ぐらいの体躯に全身が深緑色の醜悪な見た目をしたゴブリンだった。ゴブリンはギザギザの統一性のない歯が並ぶ口元からダラダラと涎を垂れ流し女性に摑みかかる。

 しかし、女性は全く動じずに盾が付いている左手を下げると思い切りゴブリンめがけて振り上げた。


「ふっ!」


 振り上げられた盾は飛びかかるゴブリンの顎に直撃するとそのまま顔を跳ね上げる。女性は右腰に携えたナイフを右手で逆手に握ると、顔が上がったことでむき出しになったゴブリンの首を鞘から抜き出しながら切り裂いた。


「グェフ」


 見た目通りの醜悪な呻き声と共に、裂かれた首からドス黒い血を噴出する。そんな今まさにゴブリンからゴブリンの死体に移行しつつあるものを女性は通路に向かって殴り飛ばした。

 いつのまにか飛びかかろうと新たに姿を現していたゴブリン2匹は死体がぶつかると姿勢を崩した。覆いかぶさる同胞の死体を必死にどかし体勢を整えようとしたが、その僅かな時間がゴブリン達の命取りとなった。


「氷よ……我が敵を咲き穿て……【アイスニードル】」


 小さく唱えられた呪文に呼応するように女性の耳飾りが青白く光ると女性の前にいくつもの氷柱が現れ、ゴブリン達に向かって飛んでいった。


 自分達に向かって飛んでくる無数の氷柱。それがゴブリン達の見た最後の光景となった。

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天地戦争から1000年後の世界 てるひこ @Teruhiko

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