第24話 告白

 ——ピュイに連れられて2人は街の東地区にある塔を登っていた。


「ここは昔街の外の監視に使う監視塔だったらしいよ。今は観光目的に公開されてるけどね」


「へー、そうなのか」


「うん。頂上の景色が綺麗だから良く見に来るんだ」


 階段を一番上まで登ったところで大きなドアが開いており、二人はそこから外の展望台へと足を運んだ。


「おー!良い眺めだな!」


 監視塔から見下ろすシルバリオンの街は夕陽で茜色に染まり、とても幻想的で美しく見えた。


「でしょ?僕のお気に入りの場所なんだ……」


 そう言いながらピュイは何かを決意したように口をギュッと閉ざすと、ウェルから少し離れ夕陽を背にウェルの方に振り向いた。


「……ウェル……君は僕を仲間だって言ってくれた……でも、だからこそ僕は君にちゃんと伝えないといけない……」


 ピュイはそう言いながらウェルと出会ってからずっと被っていたフードをゆっくりと外した。


 フードの下から現れたのは、夕陽が反射し美しく輝く金色の髪とウェルをしっかりと見つめる青色の瞳、何より印象的なのは髪の合間から突き出た尖った耳だった。


「……耳が尖ってるでしょ?この耳と青色の眼はエルフの特徴なんだ」


 ピュイはそっと自分の耳を撫でた。


「ハーフエルフは人の親に似ればエルフの特徴が出ない場合もあるらしい……けど、僕は残念なことにエルフ特徴を全て受け継いでしまった様だね……」


 そう言いながらピュイは自嘲気味に笑った。その浮かべた笑みは辛く引きつっており、今までピュイがどんな辛い目に遭ってきたかを物語っているようだった。


「……なぁ、なんでエルフはそんなに嫌われてるんだ?名前を出すだけであんなに非難されるなんておかしくないか?」


 ウェルはベクドとの一件での野次馬の反応を思い出し、疑問をぶつけた。


「……今の時代の人がエルフに何かされた訳じゃないんだ。古い記録に残されているのは、天地戦争時エルフは人間と協力し合う盟約を結んでいたらしい……でも、エルフは戦争が始まっても協力せず姿を隠してしまった……」


「……んで、その時の恨みが受け継がれて今もエルフは憎まれてる……って訳か」


 ウェルはひとまず納得する様に頷いたが、不機嫌そうに再び口を開いた。


「だったら益々ピュイがうだうだ言われる筋合いはないだろ?別にピュイが裏切った訳でもないんだし」


「そうかもしれない……でも、この世界の人々にはエルフは憎むべきものという感覚が根付いてしまっているんだ。皆が皆そうと言う訳ではないけれど、長い歴史の間に定着してしまった感情を僕一人では到底覆せない……」


「……だから、馬鹿にされても耐えるしかないって訳か?なんだよそれ」


 怒りの表すように拳を握りしめるウェルを見てピュイは嬉しそうに笑った。


「……僕の為にあんなに怒ってくれた人は初めてだったよ、ウェル。本当に嬉しかった……でも、だからこそ一緒にいては……いけないと思うんだ……」


 声が上擦るとピュイの目から大粒の涙がいくつも流れ出した。


「……ウェルが……もし僕のせいで周りから迫害される様な事になったら……僕は……だから一緒にはいられない……僕は一人でしか生きられない……」


 ボロボロと涙を流し泣きじゃくるピュイを見て、ウェルは初めて会った時の事を思い出した。


(あれだけの魔法を使えて魔物を倒せる実力があるのに、あんなにビクビクしてたのはこう言う理由だったのか)


 ウェルは今までのピュイの消極的な言動の理由を改めて理解した。ピュイがどれだけ自分の存在を否定されてきたのか、それは他人には想像すら出来ない事だと察した。


「ごめん……身勝手でごめん……なさい……」


 そして、今ピュイは初めて出会えた友を自らの手で手放そうとしている。他ならぬその友の事を思って……


 目を瞑り、静かにピュイの告白を聴き終えたウェル。展望台にはピュイの泣きじゃくる声だけが小さく響いていた。


「……なぁ」


「……!」


 唐突に放たれたウェルの言葉にピュイは身をすくめた。


「さっき言ってたクラン?ってやつ。ピュイしかいないならピュイが1番偉いのか?」


「……えっ?……う、うん。一応僕が団長だけど……」


 涙を拭いながら何故そんな事を聞くのか分からず、不思議そうにピュイは答えた。ウェルはうんうん、と頷きながら話しを続ける。


「……と言うことは俺が入ったら副団長になれるって事か」


 そうニヤリと話すウェルの言葉がピュイには数秒理解出来なかった。しかし、ようやく理解が及ぶとピュイは酷く狼狽した。


「……えっ?えっ?な、何を言ってるの?」


「だーかーらー。俺がピュイのクランに入るって言ってるんだよ」


 楽しそうに話すウェルに対して、ピュイは困惑していた。


「いや!だって、僕のクランなんかに入ったら周りからどんな目で見られるか……」


「『本気でそうしたいなら周りなんて関係なく、そうすればいい』って俺言わなかったっけ?」


 ウェルの言葉にピュイはハッとした。


「俺はそう思ったから村を出て冒険者になった。そう思ったからベクドとやりあった。そんで今もそうしたいからそう言ってるんだ」


 どこまでも真剣なウェルの眼差しにピュイは何も言い返せない。


「……だからさ。俺をクランに入れてくれないか?」


 その言葉を聞いた途端、もう何度目かわからない涙がピュイの目から溢れ出した。それを見たウェルは困った様に笑う。


「おいおい。そろそろいい加減にしないと干からびるぞ?」


「……夢だったんだ……僕の……」


 溢れる涙を両手で必死に拭いながらピュイはゆっくりと語り出した。


「……いつか信頼出来る仲間と冒険がしたいって……だから、誰も入らないって分かってたのに……クランなんか作ってさ……」


「……そうか」


 何度も涙を拭ったせいでピュイの目は赤く少し腫れている。


「……ウェル」


 しかし、顔を上げたピュイのその眼差しはウェルが今まで見た中で最も力強く輝いていた。


「お願いするのはこっちの方だよ……僕のクランに入ってくれるかい?」


 ピュイはウェルに向かってスッと手を差し伸べる。ウェルは差し出されたその手が小刻みに震えてるに気づいたが、その震えを断ち切る程力強く手を握った。


「ああ!勿論だ!これからよろしく団長!」


 ピュイも負けじと頷き力強く握り返す。ググッとお互いに力を入れ合うがそのうち「「ぷっ」」と吹き出すと同時に笑いながらその場に尻餅を着いた。


「あはは!……はぁ……そういえばクランって名前とかってあるのか?」


「あるよ!僕の……いや、僕達のクランの名前は『エンゲラーブ 』だ」


「エンゲラーブ……エンゲラーブね!なんかいいじゃん!」


 ウェルはその名前が気に入ったのか何度も繰り返し呟いた。その様子をピュイは嬉しげに眺める。満足したウェルは座ったまま膝を立て拳を握りピュイへと突き出した。


「そんじゃこれから」


 それを見たピュイも拳を作り、差し出された拳にゆっくりぶつける。


「うん。よろしく」


 ゴツンと拳と拳がぶつかり小さく音を立てた。





 こうしてエンゲラーブはウェルという仲間を加え、新たなる門出を迎える。やがてその名は世界に轟く事となるが、それはまた後の話……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る