第23話 ピュイの決意
振り上げるように放たれたウェルの右拳はベクドの胴体に直撃すると鎧を砕き腹部にめり込んだ。
「ぐぼはぁっ!」
内臓がいくつか口から飛び出しそうな程の衝撃がベクドを突き抜け、肺にあった空気は口から全て吐き出される。体はたまらず、くの字に折れ曲り地面から僅かに浮き上がった。
「……」
ウェルは掴んでいた左手とベクドの体にめり込んだ右手をゆっくりと引き抜き少し後ずさった。ようやく地に着いたベクドの足は産まれたての子鹿の様に震え、顔面は痛みのあまり引き攣り、汗が滝の様に流れ出ている。その視線はウェルを射殺さんとばかりに鋭かったが、徐々に黒目が上に向いていくと完全に白目となり、それを合図にベクドは気を失い倒れた。
糸の切れた操り人形のように倒れるベクド、それを見下ろすウェル。一部始終を目撃していた観衆はまるで止まっていた時が動き出したように驚愕の声を上げた。
「「「「「えぇぇぇーーーーーー!?」」」」」」
「あ、あのベクドが新入りに!?」「な、なにもんだよあいつ!?」「本当にベクドがやられちまった」「最後見たか!?一撃だったぜ!?」「まじかよ!?ベクドの動きが早すぎて見てなかったわ!」
ウェルは異様な盛り上がりを見せる観衆の中からベクドの取り巻きを探す。見つけられた取り巻き達は視線を向けられたことに恐怖し体を震わせた。
「おい」
「は、はい!?」
震える取り巻きにウェルはベクドを指差し、
「こいつを連れてけ。あと、もう人を見下したり馬鹿にする様な事はするな!……いいな?」
念を押すかの様に少し低めの声でそう伝えると、取り巻き達はベクドの本気モードに負けずとも劣らない速度でベクドを回収し逃げていった。その姿が視界から完全に消えると、
「……ふぅー……」
ウェルはひと段落と言わんばかりに息を吐いた。
周りから向けられる奇異の視線に少しだけ気持ち悪さを感じていると、
「ウェル!」
ピュイが小走りで駆け寄って来た。ウェルの目の前に立ったピュイは何から話せばいいのか分からず言葉に詰まっていた。
「ウェル……僕は……僕は……」
うつむき、必死に言葉を探すピュイにウェルが声をかけようとした時、
「何の騒ぎだこれは!!!?」
野太い怒号が響き渡る。その声の主はギルドリーダーのバザンだった。バザンは今の騒動に集まっていた野次馬達を睨みつけながら大声で問いただす。
「この騒ぎの原因は誰だ!?」
その迫力に怯えた野次馬達はお互い目を合わせると一斉に同じ人物を指差した。
「「「「「「あいつです!!!」」」」」」
その指の先を辿るとそこには、
「俺かよっ!?」
全員に売られたウェルは大声で突っ込んだ。ノシノシとベクドに劣らない体躯のバザンが近づいてくると、その大きい手でまるで林檎を持つかの如くウェルの頭を鷲掴みにした。
「お前の事はギルドマスターから聞いているぞウェル・アーバンス。ちょうど話しもあったし来てもらおうか……」
「は、はい」
林檎とピュイはそのままバザンの部屋まで連行された。
「……なるほどな。事の顛末は把握した」
バザンの部屋にてソファーに腰掛けたウェルとピュイは対面に座るバザンにベクドとのいざこざの一部始終を説明し終えた。話しを聞いたバザンは短く刈りそろえられた坊主頭を顔をしかめながら掻いていた。
「……まぁ、原因は向こうにあるし、日頃のベクドの態度にも目に余るものがあったから良いお灸になっただろう」
意外にもバザンはウェル達の話ししか聞いていないのにも関わらず全面的に信用してくれた。拍子抜けしつつもウェルは内心胸を撫で下ろしていた。
「ありがとうございます。ギルドリーダー」
「なに。お前こそ災難だったなピュイ」
「いえ……僕なんて助けられてばかりで……」
そう言いながら相変わらず自信なさげに俯くピュイにバザンは少し困った顔で頷いた。
「とりあえずこの件は不問とする!……が、アーバンス。お前は派手に立ち回った事を反省しろ」
「は、はい」
シュンと縮こまるウェルの肩をピュイが微笑しながらポンポンと叩いた。
「それじゃあ改めてお前達の報告を聞こうか。とりあえずマミヤから話しを聞いたがもう一度お前達の口から教えてくれないか?」
「はい。ではまず……」
「ブラッドウルフか……」
「はい……しかも一匹二匹ではなく群れで」
バザンは目を瞑り少し考えるそぶりをすると口を開いた。
「マミヤが言っていたと思うが、実は昨日から同じような事件がところどころで発生している。全てに共通しているのは『街の北側で発生』『その地域では見られた事のない魔物』この2点だ」
ウェルとピュイは顔を見合わせた。
「僕達が遭遇したブラッドウルフもあの辺りではあまり見慣れない魔物だ……」
「でもなんで急に?そんないきなり生態系とかって変わるもんなのか?」
「おそらくだが町の北側にあるダンジョンが原因だ」
「ダンジョンが?」
「ああ。昨日ダンジョンに潜っていた者が何人かいてな。その者達からダンジョン内部の構造が異なっていると報告を受けた」
ピュイは驚き声を上げた。
「ダンジョンの構造変化ですか!?」
「構造変化?」
「うん、その名の通りダンジョン内部の構造が変わってしまう事だよ。凄く稀な事で起きると内外の魔物に変化をもたらすんだ」
「ああ。早速中で強力な魔物が目撃されている。……全く。あそこは初心者用に開拓され尽くしたダンジョンだったのにな……」
バザンはやれやれと頭を抱え、こう切り出した。
「それで、今後の計画だが……あの迷ダンジョンを攻略する者達を集おうと思っている。このまま放っておけば被害はどんどん広がってしまうからな。とりあえず上層部の魔物だけでも狩っておけば溢れ出る瘴気は抑えられ、周辺の魔物化も止められる筈だ」
バザンは話を続ける。
「もちろんお前達にも依頼を出そうと思っている。2人の実力は聞いているからな」
「えっ?でも俺はギルドランクが足りないんじゃ……」
バザンはしまったという顔をしながら説明を付け加えた。
「言い忘れていたな。アーバンス、今日からお前はCランクに昇格だ」
「へっ?」
間の抜けたウェルの返答に構わずバザンは説明を始める。
「理由はいくつかあるが1番大きいのはディアバルト家の方を助けた事だな」
「エリスを?」
「ああそうだ。ディアバルト家はこの国でも五指に入る名家だ。そこのご令嬢を救ったとなればギルドとしてはそれなりの見返りを与えねばなるまい」
(そんなに凄い人だったのか……)
ウェルは改めて、自分が助けた人の凄さを実感した。
「というわけで近々ダンジョンの攻略班を編成する。2人にもそれに参加してもらうつもりだから、覚悟だけしておいてくれ」
2人は頷くとバザンのその話を最後に報告会は終了した。
「なんか大変な事になったなー」
「そうだね……でも、バザンさんの話からすると強力なクランも何個か参加しそうだからそれほど絶望的なクエストではないかもね」
「クラン?」
聞きなれない単語にウェルは思わず聞き返す。
「クランっていうのはメンバーが決まったチームの事。僕も一応他のメンバーがいないけど、クランに所属しているよ」
自嘲気味にピュイは笑った。
「へーそれいいな!知った仲間がいたら協力しやすいし!」
ウェルは楽しげに笑うとピュイに問いかけた。
「とりあえずすぐには依頼こなさそうだし、もしよかったらまた明日にでも2人でクエスト行かないか?」
問いかけられたピュイは固まって下を向く。
……そして意を決した様に言い放った。
「……ウェル……今から時間あるかい?……話したい、いや話さなきゃいけない事があるんだ」
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