第16話 トラブル
山の中を飛ぶように駆けるウェルは徐々に血の匂いが濃くなっていくのを感じていた。そして遂には匂いだけではなく、
「……声だ!」
人と獣、もしくは魔獣の飛び交う声が聞こえる。ウェルは見据える先で木々の切れ間を見つけると、木を踏み台にし一際高く跳躍した。飛び出した先は馬車も通れる程の広い山道だった。空中から見下ろすウェルの目に飛び込んできたのは、2台の馬車とそれを守るように囲む鎧の男達。更にそれを一回り囲む狼のような獣の群れであった。馬車の周りにはすでにやられてしまったのか鎧の男が数人倒れている。
(マズイな……)
ウェルは長い跳躍を終え、集団から少し離れた後方に着地すると拳を握りしめた。
ディアバルト家 護衛隊 隊長アランは困惑していた。なぜなら今回の任務は至極簡単なもののはずだったからだ。それは近くの街からシルバリオンヘ主人の馬車を一台守るだけというもの。人がよく行き交う自身も何度も通った山道を自分を含めた7人がかりで護衛する。もちろん彼の性格上、任務の難易度によっての油断や慢心をすることもなく、最近のこの山での獣や魔物の目撃情報等を収集し吟味した上で任務に挑んでいた。
……しかし、問題は予測よりも遥かに大きく襲いかかった。
(こいつらは……ブラッドウルフだ)
アランは相対する敵をそう判定した。
【ブラッドウルフ】
狼のような姿をした魔獣。そのほとんどは野生の狼や犬がダンジョンから漏れ出した魔力に侵され変貌した姿である。その中でもブラッドウルフは強力な部類に相当する。厄介なことに名前の通り血を好み非常に好戦的な性格である。
アランはちらとまだ立っている2人の部下の様子を伺う。どちらも軽傷だが戦闘の疲労と場の緊張により確実に消耗していた。更に周りに倒れている4人の部下に関しては生死すら判別出来ない。それに対してブラッドウルフの群れはざっと20前後。この絶望的な状況の中アランの心は折れようとしていた……
ドォン!!!
音がした。
何の音かはわからない……だがその方向で何が起きてるのかは見えた。
「……なんだ?」
アランが見たものは群れの後方で空高々に舞い上がるブラッドウルフとそれがいた所で拳を振り上げる少年の姿だった。空を舞うブラッドウルフが地面に叩きつけられ絶命するとそれを合図に群れの半数以上が少年の方に振り向く。
「助太刀する!こっちを向いてるやつは任せろ!」
ウェルは大きくアラン達にそう叫ぶと群れに対して拳を構えた。突然の状況の変化に部下2人がアランに目線を向ける。アランは力強く頷くと、
「2人共!あの少年と共に戦うぞ!最後の力を振り絞れ!」
おぉぉぉ!と怒号をあげ、護衛3人はブラッドウルフに斬りかかった。
ウェルを危険と判断したブラッドウルフは群れで襲いかかる。まずは3匹が同時に飛びかかったがウェルはそれぞれの頭部に掌底、裏拳、打ち下ろしを浴びせるとほぼ同時に3匹はバラバラの方向に吹き飛んだ。次に群れはウェルを囲むように円形に展開すると、反対にいる2匹が挟み込むように襲いかかる。
……がウェルは片手で1匹ずつ確実に致命打を浴びせ処理する。遂に群れは他よりも一回り大きい個体1匹だけになった。
アラン達も自分達に割り当てられた分を倒したようだが、剣を杖のように地面に突き刺し立っているのがやっとの様子だった。
「どうするよ?まだやるか?」
ウェルは構え直し群れの長らしき個体に語りかける。長は低く唸り声を上げたがその後諦めたように首を垂れた。その様子を見てウェルは少し構えを緩めた…だがすぐにそれが過ちだと気づく。
次の瞬間長の目が怪しく赤く光った。
ウォォォォォォン!!
長が大きく遠吠えをすると、長の体から黒い煙のような魔力が溢れ出す。それは辺り一面に広がりウェル達の視界を塞いできた。
「ちっ!」
ウェルは厄介だと言わんばかりに小さく舌打ちをするとすぐに警戒態勢に入る。神経を研ぎ澄まし敵の動向を探りそして、
「……うしろぉ!」
背後の煙から飛び出し遅いかかってきた長めがけて拳を放った…が、
ボフン!
拳が当たった直後長の体が霧散した。それは本体ではなく黒い煙で真似た分身体だった。
「なっ!……ってことは……マズイ!」
アランはモヤの中で杖代わりにしていた剣を構えた。振る力等残っていない精一杯の虚勢だったが、ウェルとは違い長年の実戦で培った経験が告げていた。
(奴は必ず……手負いの俺たちを狙ってくる)
その予測通り、僅かな煙の切れ間から長が飛び出してきた。長はその自慢の牙を獲物に突き立てんと口を大きく開きアランに襲いかかる。アランも対処しようとするが思考に対し疲弊した肉体が付いてこない。
(ここまでか……)
アランは自分の死期を悟り静かに眼を閉じかけた……
「……敵を穿て!【
突如現れた炎の槍が長の首を貫く。そして傷口から炎が舞い上がるとその炎は長の体を包みこみやがて灰に変えた。
その光景に呆気にとられるウェルとアラン達。ウェルは我に帰ると魔法の放たれた丘の方を見た。そこにはフードを被った小柄な人物が指揮棒の様な杖を構え立っていた。
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