第3章 クエスト

第15話 クエスト開始

 ——再び冒険者ギルドに到着したウェルは昨日とは違った緊張をしつつドアを開いた。相変わらずの賑わいを見せるギルド内をクエストボード目掛けて突き進む。上に大きく【E】と掲げられたボードに着いたウェルはジェシーの名前が記載された依頼を探し始めた。


(えっと……あった!)


 お目当ての依頼を見つけたウェルはその内容が書かれたカードをボードから引き抜くと受付嬢の元に向かった。受付にはセレネの姿は無く代わりに黒いショートカットヘアーの女性が座っている。黒髪の女性は目が合うと笑顔で話しかけてきた。


「こんにちは!クエストの受注ですか?」


「はい、お願いします」


「かしこまりました。ギルドカードも合わせてお預かりします」


 持ってきたクエストカードとギルドカードを差し出すウェル。それを受け取った受付嬢は内容に目を通す。


「クエストランク、受注条件も問題ないですね。ではこちらの【キタムキダケ】の採取クエストをよろしくお願いします」


「了解」


「報酬は10リラ。あとは採取量に応じて歩合制になります。特徴などはご存知ですか?」


 ウェルは頷いた。


「大丈夫。取ったことあるから」


「かしこまりました。北門から出て進んだところにある山によく生えていると聞きますので参考にしてください。何か他に質問はございますか?」


「えーと……今日はセレネさんは?」


 受付嬢はふふっと笑い、


「セレネは本日おやすみをいただいてますよ。ウェルさん」


 急に名前を呼ばれたウェルは少し驚いた。


「セレネから聞いてますよ。期待の新人だって」


「えっ!俺が!?」


 はい、と受付嬢はにこやかに頷く。自分の意外な評価に少し照れ臭くなったウェルはポリポリと頬を掻いた。


「今日は初クエストですね?頑張ってきてください」


「ありがとう。んじゃ行ってきます!」


 受付嬢は笑顔のまま小さく手を振る。ウェルは人生初のギルドクエストに出発した。




——【キタムキダケ】

 家庭からお店まで幅広く調理されるキノコの1種。味はさっぱりしており、生でも揚げても焼いても美味しいという庶民から貴族にまで好まれる非常にポピュラーな食品である。その名の通り北を向いて生えるという特徴を持つ。当然店でも売っているが新鮮なものを求めてギルドに直接依頼が来ることも珍しくない。しかし、採取する際に注意点があり類似しているキノコが厄介なのである。


 その名も【キタキタセイダケ】

 キタムキダケに比べて僅かに西向きに生えるこのキノコは致死性ではないが若干毒を持ち、毎年キタムキダケを取る者を痺れさせている。見た目、味共に類似しておりこの2つを見分ける方法は……


「……傘の裏にデコボコがあるかないかなんだよね……っと!」


 ウェルはそう軽口を叩きながらまた1つキノコをむしり取った。採取したキノコを借りてきた背負い籠に放り込む。受付嬢のアドバイス通り街の北側の山にやってきたところ、大量のキノコを発見しすでに籠の中は半分以上キノコで埋まっていた。


「ふー!ちょっと休憩」


 そうつぶやくと近くの木陰に腰を下ろしそのまま仰向けに倒れこんだ。見上げると木々の間から木漏れ日が差し込み、春の風が優しく頰を撫でる。


「……気持ちいいなー」


 目を瞑り自然を感じると、ふとプラナ村の記憶が蘇る。まだたった1週間程しか経ってないがみんな元気だろうか……ロロとリリはララさんの手伝いやってるのか……じいさんは1人でちゃんと生活出来てるのか……そんな風景を想像し、少し寂しくなった。


 少しの間物思いにふけったあと、ウェルはその感情を振り払うように跳ね起きた。


「ホームシックになるな俺!気合い入れないと!」


 そう意気込むと籠を背負い直す。


「とりあえずこの籠いっぱいにキノコ取って帰るぞ!」


 おー!と1人で掛け声をあげると採取を再開した。





 太陽が傾き始めまもなく夕方になりかけた頃、


「よーし!終わり!」


 籠はキノコでパンパンになっていた。


「……我ながらたくさん取ったな」


 まじまじと籠を覗き込み自分で成果に驚きながらも、初クエストの手応えに満足気なウェルは、


(よーし!ギルドに帰るか!)


 上機嫌に帰路につこうとした。

 ……瞬間、


 ゴォォォォー!


 今日1番の突風がウェルを襲った。


「うわっ!」


 とっさに籠とキノコが飛ばされないよう籠に覆い被さる。風が吹き荒れる中ウェルは鼻で息をひと吸いすると、


「!」


 に気づいた。

 突風が止み籠を庇って屈んでいたウェルはゆっくり立ち上がると、異変を感じた方へ向き直った。


「……血の匂いだ……」


 そう小さく呟き、少し腰を落とし地面を蹴った。一瞬にしてその場から姿を消すウェル。残された一帯の木々はウェルがいた事を証明するかのように衝撃で数秒間揺れ続けていた。

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