葵咲く静岡の地に舞いおりる、防人達へと繋ぐ架け橋~自衛隊静岡募集案内所の1等海尉・駿河葵~
月夜野出雲
その1
十一月のある日、白とグレーを
普段は漁船や遊覧船等が行き交っているのだが、今回入港した船はそれらの船とは雰囲気が異なっていた。
何故なら普段はここにいないであろう人物達が、着岸しようとしている船の入港を手助けしているからである。
「サンドレット投げますので、一番の
「了解しました!」
ここは、静岡県下田市にある下田港。
この港は江戸時代から利用されていて、幕末にはマシュー・C・ペリー提督率いるアメリカの艦隊が入港した事により、函館港と共に開港し、日本の開国の象徴ともなった場所である。
『二番索巻け』
「これから二番索巻きますので離れて下さい!」
現代では主に観光港として、それから伊豆諸島の海の玄関口としてそれらの役割を担っている。
「間もなく索の巻き取りが終わるので、
「舷梯の準備、こちらも了解したのじゃ!」
また漁業も盛んで、下田港ではキンメダイを筆頭にカジキマグロ、カツオ、真イカ等が水揚げされている。
特にキンメダイは特産品となっていて、市内の飲食店や土産物屋でも様々なメニューや商品で観光客等へ提供している。
「こっちは終わったみたいだな。船の真ん中の方に行くぞ。」
自衛隊の自衛官である、一人の陸曹が他の陸曹や空曹に声をかけると、別の陸曹が船を見ながら話しかける。
「この船、白くて綺麗ですね。港に入ったのが見えた時、自分は初めて見たので海上保安庁さんと見間違えてしまいました」
「ああ。俺も実物を見たことが無かったから、駿河1等海尉が教えてくれるまで、これが“はしだて”だなんて思わなかったよ」
所定の位置に着いたのか、数名の陸曹達は下田港に入港したばかりの、海上自衛隊の艦艇である【ASY-91 特務艇はしだて】の艦橋を見上げている。
他の作業も終わったのか、別の所で作業をしていた陸海空曹達も、自然と集まり始めている。
そんな彼らの方へ、女性海上自衛官と男性海上自衛官が近付いていく。
常装冬服の袖をそれぞれ見ると、女性の方は太い金線が二本、男性の方は細い金線と太い金線が一本ずつであるため、女性が1等海尉で男性が2等海尉と判明する。
彼女達に気付いた陸海空曹達は、整列して不動の姿勢をとると、彼らの正面で立ち止まった二人の海上自衛官に挙手敬礼する。
陸曹達が被る野球帽のような帽子には、全員同じデザインがされており、そこには“SHIZUOKA PCO”の文字も入っている。
PCOとは、自衛隊地方協力本部、
二人の海上自衛官は答礼すると、女性1尉の方が一度その場を軽く見渡して休めの姿勢をとらせ、自身も休めの姿勢をとって口を開く。
「みんな、お疲れ様なのじゃ!入港作業は全て終了して、設営準備もバッチリなのじゃ!明日は平日で、見学者は少ないと思うのじゃ。逆にその分、一人一人丁寧に対応出来て、自衛隊に理解を深めてもらえるチャンスなのじゃ!だから、みんなで募集業務を頑張ろうなのじゃ!」
女性1尉が言い終わると、陸曹が声をかけてもう一度不動の姿勢に戻り、挙手敬礼を行う。
続いて、隣の男性2尉も駿河と同じ様に訓示を始める。
「自分が言おうとした事は、今日こちらへ来ていただいた、静岡募集案内所の
男性2尉が訓示を終えると解散となり、一部の自衛官は近隣の店舗や施設へ、翌日の“はしだて”公開の案内の為にそちらの方へ向かい、他の自衛官達は残っていた片付け等を再開した。
「駿河1尉、明日もよろしくお願いします。」
男性2尉が駿河にそう声をかけると、彼女はからからと笑いながら2尉の肩を叩く。
「
そう言ってまた笑い出す駿河の目に、少し離れた歩道を歩く男性が目に入る。
何かのデザインが入った帽子を被って中身が詰まって重そうなリュックを背負い、一眼レフカメラを首からぶら下げながら、視線は“はしだて”へと向けている。
彼は途中で足を止めて数枚撮影してデータを確認すると、再び“はしだて”に向かって歩き出す。
道路を渡って、なおも向かってくる人物に駿河も興味を示したのか、突然東松原のそばを離れると、観光客らしき人物へと向かっていく。
「こんにちは、なのじゃ!見学なら残念ながら、明日が公開なのじゃ!」
駿河がそうに歩きながら声をかけると、男性はその場で突然立ち止まり、挙手敬礼して駿河が近付いて来るのを待っている。
東松原もそれに気付いたようで、駿河の方へと駆け寄っていく。
「初めまして!自分は入間基地広報班の2等空曹で、
「航空自衛官とは驚いたのじゃ!小官は静岡募集案内所の駿河葵なのじゃ!よろしくなのじゃ!」
「自分は伊東地域事務所長の東松原です。よろしく」
3人は互いに挙手敬礼を終えると、根山は盗難防止用にチェーンで繋がれた身分証入れを取り出し、駿河と東松原に自身の身分証を見せる。
「確かに、空自の身分証なのじゃ。でも何故、入間所属の貴官がここにいるのじゃ?」
静岡県で行われる海上自衛隊のイベントに、埼玉県から航空自衛官が来ている事に疑問に思うのは駿河だけではないと思われ、事実、隣の東松原も疑問符を浮かべている。
「有給の消化もあるのですが、“はしだて”は中々に見学が出来なかったのでして、この機会に見学させていただこうと思ったのです!」
少し大きめの声ではっきりと言った根山は、身分証をジーンズのポケットへとしまう。
「地本所属でもないのに、入間からわざわざ来てくれたのはとても嬉しいのじゃ!それはそうと、根山2曹に聞きたいのじゃ。その帽子は入間広報班の帽子には見えないのじゃ。その絵の下に書かれている“
駿河は根山の帽子を指さして質問すると、根山は帽子を脱いで左手で持ち、右人差し指を帽子の
「これは、入間の
BXとは売店の事で、“
駿河は根山の回答に、納得した表情を浮かべる。
「なるほど、それなら納得なのじゃ。第2輸送航空隊の部隊識別帽、とってもかっこいいのじゃ!小官も見学に行ったら入間の
少しはしゃいでいる駿河に東松原は、軽く咳払いをして
「駿河1尉、少し落ち着いて下さい。それから、PXではなく空自ですのでBXですよ」
「うっかりだったのじゃ!いつもPXと言っているから間違えたのじゃ!」
駿河が言い間違えたPXとは“
なお陸自については、お近くの地方協力本部や自衛隊イベント等で、広報の陸上自衛官へお問い合わせいただいてみて、話をする切欠にしてみてみるのもどうだろうかと、読者の皆さんへ提案をさせていただく。
駿河は突然何か考え込むと、急に「そうなのじゃ!」と大声を出す。
「何事ですか!?駿河1尉!?」
「東松原2尉、良いことを思いついたのじゃ!根山2曹も、ここで少し待つのじゃ!」
突然踵を返して“はしだて”の艦尾へと真っ直ぐ走っていく。
呆気にとられたままに取り残されてしまった東松原と根山だったが、駿河の言うとおりに大人しく待つ事にした。
はしだてに近付いた駿河は係留柱(ボラード)の2mほど手前で立ち止まり、後部甲板にいた一番近くの常装冬服姿の女性乗員に声をかける。
「小官は静岡募集案内所の駿河なのじゃ!貴官に艇長へ取り次いでもらいたいのじゃ!」
呼び掛けられた女性乗員は自分が呼び掛けられたと思っていなかったのか、それを見ていた奥の方にいた女性海士が慌てたように、駿河の方を見るようにジェスチャーしている。
「あら、大変失礼しました、駿河1等海尉。所で艇長へは、どの様な御用件ですの?」
「入間から来た航空自衛官の根山2曹に、貴艦を見学させてほしいのじゃ!それを伝えてほしいのじゃ!」
少し困ったような顔を見せたが、女性乗員は呼んでくると言って、女性海士と共に艇内へと入っていった。
その間に根山を呼び寄せて、事の次第を話した。
「駿河1尉、よろしいのですかな?入港したばかりで忙しそうですし、明日自分からお願いしようと思っていたのですが……」
「気にしなくても良いのじゃ!せっかく入間から来ているのじゃ!何かしら収穫があった方が、絶対に良いのじゃ!」
その後、はしだて艇長が来たのだが、この後地元関係者の表敬訪問等の対応のために忙しく、翌日の
「良かったのじゃ!出来れば根山2曹には色々と撮影してもらって、皆に宣伝してもらって、色んな人に来てもらいたいのじゃ!」
「なるほど、ですな。自分も以前は栃木地本にいたので、大体の事情は分かりますな。だったら効果不明なれど、早速呟くとしますかな?」
根山はスマホを取り出し、何やら操作をすると「これで良し、ですな」と言って駿河に画面を見せる。
そこには、はしだてを上方から見下ろすようなアングルで撮影されている。
「おお!呟きサイトで宣伝とは有り難いのじゃ!でも、この写真、どこから撮影したのじゃ?」
駿河は画面から目を離して周囲をきょろきょろと見回すと、根山は背後に見える山を指差して説明を始める。
「あちらの
そう言いながら根山は他の呟きも見せると、駿河は目を輝かせてスマホの画面に食いつく。
「これもすごいのじゃ!二隻の立てる波に迫力があるのじゃ!まるで写真員が撮影したようなのじゃ!」
まるで子供のようにはしゃいでいる駿河を見ながら、照れくさそうに根山は口を開く。
「
根山の言う『下総の3術』とは、千葉県柏市に所在する海上自衛隊下総航空基地内にある第3術科学校の事で、写真を専門に扱う写真員の他に、航空機の整備員や航空基地要員等もここで教育が行われる。
パイロットや戦術航空士(TACCO:タコ又はタコー)等に関しては下総、徳島、
「航空自衛官が3術に入校しているのは、話には聞いていたけど会うのは初めてなのじゃ!」
「数は少ないですが、今年も自分の後輩達が教育中と聞きました」
「そう言えば、駿河1尉。愛知の岡崎出張所の所長から、それらしい3等空曹がいると聞いた事があります」
「今年の
「総火演は自分も何回も伺いましたな。また撮影に……」
そうに話をしていると、二人から少し離れた所で高校生位の男性がコンパクトカメラを取り出して、遠慮がちながら“はしだて”の撮影を始めた。
「はしだて、もう到着しとったよ……。動いとるところを撮影したかったのに……残念じゃのぉ……」
根山は駿河へ翌日にまた来る事を約束してその場を離れ、駿河の方は、今度は高校生らしき男性に声をかけ自己紹介する。
高校生の方も恐縮したようにお辞儀しながら、自己紹介をする。
「僕はアキラと言います。はしだて公開を、呟きサイトでのリツイートで偶然知ったので、親戚の結婚式参加の日程を前倒ししてもらって、呉から
「ほう呉からとは凄いのじゃ!それにとっても有り難いのじゃ!そのリツイートしてくれた人にも感謝なのじゃ!」
駿河は満面の笑みを浮べるとアキラに握手を求め、しっかりと握って交わす。
「それでしたら、その方も明日は来るような事を呟いていらしたので、会えるかもしれませんよ?」
「それは楽しみなのじゃ!ところで、アキラ君は高校生のように見えるのじゃ。もしかして自衛官を志望しておるのじゃ?」
駿河の何気ない質問に、やや当惑しつつもアキラは返答する。
「あ、いえ、港湾関係の仕事に就きたいと思ってまして、建設工学系等の大学を検討しています」
「港湾関係?それなら、防衛大学校の建設環境工学科も最適だと思うのじゃ。あそこなら、港湾関係の勉強も出来るのじゃ」
「な、なるほど。教えていただいて、ありがとうございます。けど、体力に自信は無いですし、学力も入れる程かどうかは……」
アキラが俯いてしまうと、駿河は申し訳無さそうな表情をしながら頭を上げてもらうと、特務艇はしだての艦尾を見やる。
アキラもつられてそちらに注目すると、駿河は休めの姿勢をとって、真剣な表情で話し始める。
「アキラ君。体力については、入学してからでも十分つけられるのじゃ。それに防衛大では、普通の大学で経験出来ない事も色々と経験が出来るのじゃ。だから、小官としても出来れば、是非アキラ君の進路を考える時の一つに、防衛大も加えて欲しいと思うのじゃ。でも……」
駿河はアキラの方を向くと、にかっと笑顔を見せると話を続ける。
「アキラ君が関わる港へ、はしだてやいずも、きりしま等が入港するシーンも、小官は見てみたいところではあるのじゃ!」
アキラに向かって右の親指を立てて見せると、「グッドラックなのじゃ!」と言って、彼の肩を数回軽く叩く。
そこへ静岡地本の帽子を被った3等陸曹が駆け寄ってくると、撤収を告げてきた。
「残念ながら、もう時間なのじゃ。それじゃあ、アキラ君。明日の十三時からの“はしだて”公開、楽しみにしていてほしいのじゃ!」
そう言ってアキラに向かって挙手敬礼すると、両手を振りながら3等陸曹と共に車両の方へと歩いていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます