第15話 第6夜 深夜付近

ちなみにサブタイトルと場面の時刻があってないだろと指摘を受けるかもしれない。

しかしそこは寛大に願いたい。

ええと、この山では時空が乱れているのだ。

そう。そういうことにしといて。

皆まで言うな。


さっきまで決して開かなかった扉は、すでに存在自体がなかった。扉など最初から無かったかのようだ。


「はあ。ふう」

ハルちゃん戻ってきてかなりお疲れのご様子。

しかし。

「だいじょぶ、次はデイブ出すから」

「た、頼んます」

という事前打ち合わせを簡潔に終えて、私は門をくぐった。


私は脳内時計の時間をちらりと確認して中に入った。「よし。タイミングばっちり」


*****

無人戦闘機である僕には脳にスイッチがある。それを切るとまさに人格が変わる。他人の心や感じ方が理解できず、ドライに行動できるようになるのだ。だからその間の僕はひどいやつだ。他人を危険にさらすようなことを平気できる。ただ必要もないのにそんなことをするのはもちろん無駄だ。他人を痛めつけることに何の興味もない。必要があるとき僕は冷徹に自分をコントロールして計算する。他人が自分の考える通りに行動してくれるのが実に好ましく感じる。

もちろんそれは、スイッチを切っている間だ。スイッチを入れるとすぐに元の弱い僕にもどる。スイッチを入れている間は傷つくことばかり。


無人戦闘機である僕はスイッチを切って、冷酷な人間になることにした。何より身を守ることができる。スイッチを切っている間の僕は強い。

しかし邪魔が現れた。

「あなたはそんな人じゃなかったのに」

そんなことを言われても困る。困った僕は彼女が2度と戻って来れないところへ追い払った。これでもう大丈夫。誰も僕の強さを奪わない。

そしてスイッチを入れた。

目の前に僕の地獄があった。

僕は涙を流して、2度とスイッチを切らないことを誓った。


あるとき、僕に取引きを持ちかけて来た人がいた。しかし最初は断った。そうすれば、またスイッチを切らなければならなくなるからだ。僕はもう2度とスイッチを切ろうとは思わなかった。僕はこのまま消えて行かなければならないと思っていた。もういい。この世界にはもううんざりだ。でも。相手の言葉に気が変わる。

「彼女を戻すことができるわよ。私には何でもできるんだから」

方法は簡単。ある人物に切り札を使わせればいい。詳細は知ろうとしなかった。というより関心がなかった。

「仕事の依頼だからね」

そうすれば。


「何より彼女ではないことがはっきりしたからね。随分と用心深く行動していたもんだね。偽物をつかますとは。である以上は、どこかに本物がいるはず。それとも記憶の主体が別にあるのかな。どちらにせよすぐ近くに必ずいるはず。さもなければおかしい。だから1度消えることにした。さもないと警戒して出てこないだろうからねえ。でも当然、戻って来れなくちゃいけない」

もちろん僕にとっては意味のないクライアントのひとりごとだった。

*****


尼像周作はそこにいた。

だが何も言わない。

「おいこらてめおっちゃんっ、よっくもこの前はあたしんどれ・・・もとい、知り合いをやってくれやがりやがったな。借りを返しに来やがりやがったぜ」

ハルちゃん吠えるっ。ろれつが微妙に回っていないけど。

ていうかいま奴隷って言ったよーな。

尼像周作は何も言わない。まるで彫像みたいな。

あれか。動物園の動かない鳥みたいなあれか。

どちらにせよ相手にされなかったということで。

「女を相手にするのは趣味じゃないな」

と思ったら、動かない尼像周作が喋りました。ということだそうです。


そこへ。


「ふへーっ、遅れてすいやせんっしたっ」

ぎょっとするのはハルちゃんかな。無理もないぜよ。

それは。

チャールズ・グレンブラッド・ケルトライン。

私たちの最初の敵だから。

「あれ? この人もスラちゃんの駒の1人だったんですか? あれ? この人って敵だったですよね。前に脅迫された覚えが」

ハルちゃん疑問。

「説明しよう。オリジナルケルトラインはとうの昔に亡くなっています。これはその劣化コピーのさらにコピー。ここまで来ると量産品なんで、誰でも手に入ります。本当はこういう人だったみたい。でもまんま使うのはちょっとねえと思ってお蔵入り。やはり主人公的存在はもうちょっと少年マンガの主人公というか少女マンガの王子というか、その方が絶対いいし、そういうのを目指してるという感じでお願いします」

スラちゃん説明モード。

「おい、オリジナル。お前もなんか言え」促すスラ。

「はっ、俺は意外とおっかない発言もするが、それはすべて演技なんだよ。本当は肝っ玉の小さい男なんだぜええ」

「オリジナルっ、そこは気が優しい男と言えええっ」

というわけである。


尼像周作はただこういった。「役不足だな」

まあ何にしてもこういう立場の人はこういうことを言わないと立つ瀬がないからねえ。

そんなやつは無視して、こっちはこっちの準備をしよう。


「尼像さん。あいつはあんたが思ってるほど弱いやつじゃないんでえ。まあ勘違いせえへんでくださいよ」

尼像は返事すらしない。

されど相手にされてない小物とて無視されているけど言うだけのことは言った。

「じゃあいくよー」

スラウェシがオリジナルデイブの背中に取り付いた。

メタリジェンの液化した肉体の中にスラウェシが手を埋める。何かを回転するように回して。そうすると全身の液化ボディが白銀色になった。

このまま戦闘突入する訳ではないらしい。


*****

数日後。僕はようやく着地することができた。このまま磁力線にそって大気圏外に飛ばされるかとおもった。

で回収してくれたやつがやたらと質問してくるんだけど。

「で、その人はその後どうなったんすか。死んだんすか」

「いや、生きてるよ。最近結婚したらしいけど」

そう言うとそいつはぶすっとしてた。

「おいおいいつもの口調はどうした」と僕は言ってやったが。

そいつ、こう言い返してきたんだ。

「あたいも数日ごとに人格が変わるというほどでもないけど、口調が変わる感じの病気なんすよ」

「あ、そうなの」それって病気なのか?

「でも不思議と好みは全員が同じなんすよねえ」

「……………………」


どうも、今スイッチを元に戻すと心が大変な感じになるような気がする。

*****


ぐにゃり。ケルトラインの全身が水のさざ波のように震えた。

メタリジェンの素体は自由に表現系を変えることが可能である。

そして波が静まるころ、その素体の上に浮かび合ったのは。

「またせたな」

我らが主人公。

「戻ってきたのか。負け犬」

尼像周作がようやくこちらに向けて言葉を発したのである。

デイビッド・ケルトライン、2度目の戦い。

「行くぞ!」

「来いっ」


*****

僕はふと気づいた。

「そうか。まだ、決勝戦が戦われているのか…・・・」

「へ? だってあの戦いは何日も前すよ」

「いや、あそこは時間の流れが特殊なんだ。いやむしろ我々の世界の時間の流れかたがおかしいというべきか」

*****




***


***




*****


*****




********


「ここは、どこだ?」

デイブは自分が見知らぬ場所に立っているのに気づいた。

遠くで声が聴こえる。

「「大丈夫だ。俺がいる。俺が助けてやる」」

声が微妙にくぐもって聞こえる。

「「俺が相手だっっ」」

その声の主はまだ若い。

だが手に届くほどのシルエットはまだ淡く、影のようである。触ることはできない。

声の主は希望と闘志にあふれていた。

「「俺が尼像周作だ。曲がったことは見過ごせねえっ」」

声の主が闘争をしているのが、雰囲気で分かった。

それは厳しい戦いだった。

多くは勝利。

しかし少なくない敗北も経験した。

「「くそっ、俺にもっと力があれば・・・」」


不意に。

その淡い影が触れれば触れるほど濃くなった。

「「お前、誰だ?」」

若き尼像が叫ぶ。

ここではデイブが圧倒的に有利である。


デイブは、しかし。

何もしなかった。


********


空間が解除された。


「時間遡行攻撃か。たいしたものだな。そういえば確かにそんな記憶があった。今、思い出したよ。そんな技があったのか。

しかしなぜ俺をその時に殺さなかった?

あのときに俺を殺しておけば、いま、この瞬間に勝つことができただろうに」


現代の世界で尼像が言った。

この瞬間、尼像は敗北に無限大に近づいていたのだ。

しかし、デイブは絶好の逆転勝利のチャンスを自ら見送った。


「あんたもヒーローだった時代があるんだな」

「ヒーローか。ヒーローと呼ばれてるような奴らは、所詮は玩具にすぎない。大衆がもてはやした偶像にすぎない。そんな連中に何ができる?」

「らしくないな。俺の知ってるあんたなら、そういうことにこだわらないはずだぜ」

尼像は一瞬だけ間を置いた。

「その通りだ。仕事は結果がすべてだということだ。そうではない、という意見は、結果を出せないやつの無責任な言い訳にすぎんということだ」

「だからそれがすでに・・・」

デイブの方から仕掛ける。もう言葉の闘いは終わりだ。

「こだわってるんだよっ」

尼像も即座に気体化防御を行う。デイブの攻撃が宙を舞った。


次に尼像の繰り出す攻撃は理解していた。

そこでデイブも全身を超粘性液体に変形して待ち受ける。耐熱耐衝撃にもっとも特価した組成である。


阿夫利爆発気功波動圏。


空間全体が大爆発を起こす。気化爆弾の原理に近い。

だがデイブはかろうじて爆熱に耐えることができた。

ちなみにスラウェシたちは、すでに巻き添えを食わないような防御措置を取っている。


「耐えたか。だがそう何度も受けることはできん。次で終わりだ」

「だが、あんただってそう何度もは使えないはずだぜ」

「お前の負けだ」

「あんたがなっ!」


だが実際には、次の爆発気功が来るまでに一瞬の間があったのは確かだった。

デイブはその瞬間に再度の自らの組成変更を行う。


「俺は俺なりに、正面から正々堂々とあんたを倒してみせる」

「そんな甘さがお前の敗北を招く。先ほどの勝機に乗じることができなかった時点で、お前の勝ちはもうないのだ」

「違う。堂々とした勝利でなければ意味がないんだ。そうでなければ本当の意味で勝ったことにはならない」

「それが負け犬の遠吠えだ」

「ただ勝利のために勝利する。そんな勝利に何の意義がある。勝利とはそれ以上の目的を持たなければいけないんだ。そんな勝ちでなければ、勝つことに意味なんてないっ」


尼像のエネルギーチャージより、デイブの組成変更の方が先に完了した。


デイブは全身組成を純粋電磁放射のものにかえた。


ヘルマン・ムーア演算熱光変換、全身放射。


演算量の膨大さをそのまま熱量に、次いで電磁波の、つまり光の放射に変えた。

この瞬間、デイブ全身は太陽よりも光り輝いたのである。

デイブの全身から放射される光電磁波により、尼像の気体機械システムは重大な障害を受けた。各システムの相互連絡が妨害を受け、また光電磁波衝撃により、気体機械がお互いに連携できなくなる領域へと拡散されつつあった。


「これがっ、これがお前の勝利だと言うのか。これに何の意味があるというのだっ」

「自分より弱いものに勝たなかったという意味さ」

「だから、何だというのだっ」

「俺にとっての強さとは、こういう意味だ。すなわち、常に強者と闘え」

そんな甘い考えでどこまで闘えると思っている。いずれ限界を思い知らされる。自分のように。

だが今は消えゆく尼像の意識の中に、自分にはその限界に耐えられなかったという苦い自覚をも思い出させた。

お前にはそれが耐えられるというのか。

まあいい。俺を倒したことは認めよう。次はお前の番だ。どこまで膝を折らずに闘い抜くことができるか、とくと見せてもらうぞ。


尼像は再生まで1年を要する大破を受け、退けられた。

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