TAKE2

 つまり、真正面からバカ正直に押し入ろうとするのは愚策ぐさくである――というのがよく分かった。

 ならば、今度はもう少しアプローチを変えてみるか。

 俺は再びインターホンを押した。


「誰だ?」

「あんたの雇い主に話がある。内密な話だ」

「そうか。少し待て」


 内密な話と聞いて興味がわいたのだろうか。今度はすんなりと中に通してもらえた。

 玄関を開けると、出迎えに来た男は二人に減っていた。どうやらいきなり撃ち殺される心配はないらしい。前回はひどい目にあったからな。


「武器はこちらで預からせてもらう。所持品を全部出してくれ」


 俺は素直に指示にしたがった。ここで二人を始末してしまうのもいいが……。しかし今回はやめておこう。それよりまっすぐターゲットの部屋に向かったほうがラクかもしれない。まあ武器は失ってしまうが、必要ならあとで敵の物を奪い取ればいいさ。

 俺は隠し持っていた所持品をすべて床の上に放り出した。銃やナイフ、手榴弾、閃光弾――自慢の商売道具の数々が、ガチャガチャと音を立てて足元に転がった。

 その後、金属探知機によるボディーチェックを受けて、ようやくお目通めどおりの許可が出た。

 二人の男に前後をはさまれながら通路を進んでいく。玄関ロビーを通り抜け、応接間や書斎、甲冑かっちゅうの置き物、豪奢ごうしゃなシャンデリア、バカでかい水槽すいそうなど――平凡な成金趣味を横目に見ながら、俺は一番奥の部屋へとたどり着いた。


「失礼します」


 そういって先導していた男がドアを開けると、部屋のなかにそいつがいた。ターゲットだ。組織を裏切った男は、満面の笑みで俺を迎え入れてくれた。


「やあ、よく来てくれたね。遠慮せずに掛けたまえ」


 ヤツは太い指で俺に椅子をすすめた。俺は座りながら何気なく部屋のなかを観察した。

 木製机の向こう側では、ターゲットの男が椅子に座ってこちらを眺めている。かたわらには屈強くっきょうそうなボディーガードが一人、こいつはおそらくヤツの側近そっきんだろう。そして、さきほど俺を連行してきた連中はまだ部屋のなかにいた。二人ともドアの近くに突っ立ったままだ。

 つまり、いま俺は丸腰まるごしで四人の敵に囲まれている。これは思っていたよりやっかいな状況だった。しかし一旦いったんビジネスの話が始まれば、側近を除いて、したの護衛どもは部屋の外に追い出されるはずだ。今はしんぼう強くその瞬間ときを待とう。


「君のことは知ってるよ」ヤツは親しげに言った。「確かうちの組織で働いている殺し屋の一人で、名前は……えーと……」

NO.11ナンバーイレブンだ。ボスは俺のことをそう呼ぶ」

「なるほど。番号で呼ばれているのか。しかし、それだとなんとなく話しかけづらい。そうだな……。とりあえず今日のところは、便宜的べんぎてきに君のことをジョンと呼ばせてくれ」

「お好きにどうぞ」


 俺は軽く了承する。ヤツはわざとらしく微笑ほほえむと、卓上のウィスキーのびんを持ち上げ、並んで置かれていたグラスに中身を注いでいった。半透明の液体が二つのグラスを満たしていく。

 そのうちの一つをボディーガードが運んできた。俺は黙ってそれを受け取る。むろん飲む気はない。何が入ってるか分かったもんじゃないからな。


「さてと、ジョン。わたしはまどろっこしい話が嫌いでね。駆け引きだとか世間話だとか、そういうのはうんざりだ。だからここはひとつ手っ取り早くいこうか――おい、お前たち! もう下がっていいぞ」


 突然の出来事。俺はびっくりしてあやうくグラスを落としかけた。

 なんということだ。ヤツは護衛どもを一人残らず外へ追い出してしまった。部屋に残されたのは、俺とターゲットの二人だけ。側近の男くらいはそばに残すと思っていたが――ヤツめ、何を考えている?

 あっけにとられている俺を尻目しりめに、ヤツは机の引き出しを開いた。なかから何かを取り出す。それは一丁の拳銃だった。年代物のリボルバー銃。俺の背筋にヒヤリと冷たいものが走る――この急展開はなんだ? それをどうするつもりだ?


「まずはこれだ」


 そう言うと、ヤツは思いもよらぬ行動に出た。手に持っていた銃を、俺の方に投げて寄こしたのだ。

 あわてて受け取ると拳銃はずっしりとして重たい。俺は職業がら手にした武器の真偽しんぎをひと目で見極めることができる。見た目には異常なし、細工された跡もない。重量も重心の位置も正常。おまけに弾はフル装填――驚いたな。これは正真正銘しょうしんしょうめい、本物の拳銃じゃないか。

 こうなるとますます訳がわからない。いったい何を考えているんだ? 俺は殺し屋だぞ? お前を殺しに来たんだぞ?


「あとはこれも必要だな」


 次にヤツは、机の下からジュラルミンケースを取り出した。かなり重そうなケースが、ガタンとでかい音を立てて卓上に置かれた。


「さてと……」ヤツは困惑する俺を満足そうに眺めながら言った。「このケースは君への報酬だよ。遠慮せずに開けたまえ。そしてもし中身が気にいらない場合は――そのときは躊躇ちゅうちょせずに、わたしを撃ち殺すといい。もともとそのために来たのだろう?」


 なるほど、それで銃を渡したのか……。それにしてもこいつ、異常にきもわっている。確かに気に食わない野郎だが、只者ただものではないのは確かだ。伊達だてに幹部クラスに登り詰めたわけじゃないってことか。

 このままヤツを撃ち殺してしまうこともできた。しかしその前に――と俺はケースに手をかけた。ちょっぴり中身が気になっていたのだ。まあ見るだけならタダだしな。それにしても、こんな変わり者がよこす報酬とはいったい何だろうか?

 俺は椅子から立ち上がると机の前に行き、ケースを開いた。中身は――何のことはない。ただの札束だった。少しがっかりだな。かなりの金額なのは確かだが、これまでの奇行きこうに比べると普通すぎる。つまらない。


「これと同じものをあと二つ用意できる」ヤツは自信満々の様子で、あごの前で両手を組んでいる。「君の才能を独占するには十分な額だと思うが、どうかね?」

「決めたよ」俺の声は自分でも驚くくらい落胆らくたんしていた。「金はいらない。命をもらおう」


 俺は銃を構えた。ターゲットが目を見開く。俺はヤツを見下ろして、頭部に照準を合わせた。そして――。


 銃声。

 目の前で木くずが舞っている。


 木くず? なんだこれは?――木製机の前部についた幕板まくいたがバックリと口を開けて、俺のことをせせら笑っていた。

 机の内側から外へ向けて、大きな穴が開いた――ってことは、俺は机の下から銃で撃たれたってことか? しかしヤツは机の上に両手を出して座っていたじゃないか。それなのにどうやって?


「不思議そうな顔をしているね、ジョン」床の上に転がる俺を見下ろしながらヤツは言った。「しかし考えてもみたまえ。銃の引き金を引くのは、何も手に頼らずとも可能なのだよ。たとえば、机の下にショットガンをセットして、引き金には糸を引っかける」


 ヤツが俺のそばに来てリボルバー銃を拾う。


「そして、その糸を足で引っ張れば――ズドン!」


 リボルバーが火を吹いた。俺は足を撃たれた。痛みにうめくとヤツは嬉しそうに笑った。


「君は選択を間違えたようだな。ボスではなく、わたしに付くべきだった」

「地獄に落ちろ、クソ野郎」

「もちろんそうするとも。君が行った、だいぶ後でね」


 俺は頭を撃たれて死んだ。

 ちくしょう、またゲームオーバーだ!

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