第10話
「君、リアちゃんじゃないよね」
「お前もユウじゃないだろ。誰なんだ?」
リビングに溢れた紅茶を拭き取る作業をしながら、俺は尋ねた。ユウの声をした男は、キッチンで食器を洗いながら、軽やかに答えた。声と共に、食器の触れ合う音と水音、そして鼻歌が聞こえてくる。
「僕はエリアス。信仰する者だ。体の支配権をもらえるのは本当に久しぶりのことでね、水が肌に触れる感覚はいつ感じても良い」
「エリアス……信仰? 何を?」
「神様だよ。言うまでもなく」
布巾をかけながら、ついため息が出た。
「神様を信じているっていうお前が、どうして今、このタイミングで出てきた?」
「命じられたからだよ、もちろん」
かちゃん、と食器を置く音がする。
「神は時々、指令をくださる。僕は今回『神のふりをしてしばらく過ごす』という指令を仰せつかったので、そうしたまでの話だ」
「神のふり……え? ってことは、ユウ? ユウが、お前にとっての神ってこと?」
「ああ。ユウはこの体の中の人格をまとめ上げ、素晴らしい平穏をもたらしてくれた、唯一にして絶対の神だよ」
「……」
俺は絶句して、思わずキッチンの方を見た。本気で言っているのか? と思った。あのユウがこんな嘘をつく理由もないし、おそらくは本当のことなのだろうが、やはり信じ難かった。ユウが、どちらかといえば自分自身のことを好きな人間だとは知っていたが、まさか自らの内側に、自分を神のごとく信仰する人格まで持っているなんてことは想像もしなかった。リアの副人格である俺が言うのもおかしな話だが、痛すぎる。悲しい話だ。
でもなぜ、このタイミングで、ユウはエリアスを表に出したのだろう。リアの友達に会うのは、気が進まなかったのだろうか。それを考えると、少し腹がたつ。面倒なことを信者に押し付けて自分は逃げるなんて、なんだか卑怯だと思った。
「じゃあ、ユウに言っといてくれよ」
「何をだい?」
「このチキン野郎、逃げるのかよってさ」
そう言って、俺は意識を手放した。
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