英霊になれなかった提督が英霊になるために少女の姿で別世界の祖国的な国を勝利に導くために奮闘しなきゃいけない件
氷空
第一章 水晶湾攻撃作戦
第一節 開戦前夜
一九三七年十二月七日。アウィ―(布哇)諸島の連衆国海軍水晶湾基地。戦艦ミネソタの舷門当番をしていたハロルド上等水兵は退屈そうにあくびをしていた。今日は休日であり、普段はある艦への出入りもほとんどなかったからだ。この常夏の島はとても過ごしやすい。前までいたイーストフォーク海軍基地だったら今頃コートを着て震えて交代の時間を待たなければいけなかっただろうから。ハロルドは今日もまた平穏な日常が続いていくものだと思っていただろう。いや、この水晶湾基地の人間全員が恐らく明日も同じように生きることができると信じていたことであろう。しかしながらもうすぐそんな平穏な日常は終わりを告げるのだ。
同年十二月六日。布哇(アウィ―)諸島沖五百海里、そこには巨大な空母があった。いや、正確には空母たちがいた。それは、極東の島国豊葦原瑞穂皇国の
同年十一月一日、帝前会議に置いて扶桑皇国は、対連衆国戦争への決議がなされようとしていた。その理由は、この豊葦原瑞穂皇国の独立が脅かされるということからであった。その理由は連衆国の国務行政長官、ターンブルからの通告別名、ターンブル・ノートから端を発する。ターンブル・ノートには大陸での権利の放棄及び欧州の国家社会主義連邦国及び共和主義王国との同盟いわゆる三国連盟の解消など日本には到底受け入れることのできないものであった。これを
軍務大臣の北条怜寿はこの意見を直前の閣議にて提出しこれが、アジアにおける白人支配に終止符を打ちすべての人種を救う義戦であるという主張をなしたのだ。これに鷹司首相はこれを帝前会議において、その計画を陛下に上奏したのだ。陛下は長考し、あくまで外交を主軸として解決するべきだとした九月の判断を改めたのだ。あくまで自衛と我が国の独立を護りアジアを解放するという目的の元に開戦の詔書述べたのだった。
そしてその場で、連衆国へ十二月七日の深夜に宣戦布告し、水晶湾基地を翌八日に攻撃することを決定した。また、資源確保などの名目から大連合帝国と連衆国の植民地であるマレー半島とフェリペアナ諸島への上陸を決行することを決定したのだ。そして、静かに開戦の準備は進んでいった。十一月十三日、
十二月七日、第一艦隊旗艦『宮古』の電信室に先行している保号潜水隊から伝えられたのは水晶湾の現状だった。それを笹井軍曹は艦橋へと持って行った。それを受け取ったのは『宮古』艦長の椛川宮告仁親王妃靜子大佐だった。
「ありがとう。なるほどね。」
靜子はそう呟くと飛行甲板を眺める二人の人間を呼びとめた。一人は精悍で大柄な男性であり第一航空艦隊司令長官穂積貞也中将だ。そして、もう一人若い、というより幼く隣の穂積の胸ほどの背丈の少女だ、
「なるほど・・・。水晶湾基地に空母は一隻も有らず、か・・・。」
「予想通りと言えばそれまでですね。恐らくミッドウェーやウェークに向かっているのでしょう。水晶湾基地の攻撃の後、天亀と櫻亀を索敵に向かわせて、保号潜水隊へも協力を仰ぎましょう」
穂積は隣にいる少女の目測が外れていないことを察した。そして、彼女の頭の中にある作戦がとても冷酷かつ実戦的なものであることを感じさせた。
「不安なんですか?」
不意に最上は穂積へ問いかけた。
「あっいやそんなことは・・・。」
「この作戦は、連衆国へ大規模な衝撃を与える第一波になると思いますよ。確実に成功させます。」
そう言って最上は笑みを浮かべた。それはとても年相応の少女が浮かべるような無邪気なものではなくひたすらに残酷にこの地を蹂躙する魔物のような笑みだった。
同日 在連衆国豊葦原瑞穂皇国大使館で、須磨源一郎大佐は大使館の引き払いと連衆国大使の衣笠忠平伯爵の南部の合衆連邦政府への逃亡のための作業に追われていた。またその中で本国から送られてきた宣戦布告分の書類の作成もしなければならなかった。須磨はこの時ほど自分の体が二つあればと思ったことはない
「進捗状況はどうだね?」
「はい大使、油小路合衆連邦大使からの電報で合衆連邦政府は歓迎するとのことです。越境用の列車の切符も手配しています。」
「そうか・・・。やはり君は残るのかね?」
「ええ、もう亡命した華僑としての身分証も買い取って偽装しました。私も軍人です、勝てない戦争をするほど馬鹿ではありませんが、戦争は短いことに越したことはありません。そのためにこの国に致命傷を負わせ戦争継続を不可能にするしか方法はないと思います。」
「そのためには、戦うではいけないのかね。」
「ええ、残念ながら国力には差がありすぎます。善戦はすると思いますが、完全勝利は不可能でしょう。だからこそ内部崩壊させるんです。」
「しかし、須磨くん、可能だと思うかね?」
「ええ、充分に。欧州では数百年続いた王朝が小さな綻びや大衆の不満によってあっけなく崩れた例はいくつもあります。ましてや建国から二百年足らずで大国になったこの国であれば絶対に致命傷となる部分が絶対にあります。」
「わかった。健闘を祈るよ。私は合衆連邦や南部の国々の情報収集に集中することにしよう。」
「お気遣い感謝します。ただ一つだけお願いがあります。」
「なんだね、私にできることなら何でもするつもりだが。」
「それでは、工作のための資金を戴きたいと思うのですが。」
「ふん、やはりそうだと思った・・・。こっちもそれほど金を融通できるほどの余裕はないんだがね・・・。」
「そうは言いますがね、勿論私もどんな仕事でもして生活費を稼ぎます、もういくつか回っているところですし。ただこの国では、黄禍という考え方がかなり蔓延しています。特に戦争が始まれば皇国人への嫌悪感はかなりのものになるでしょう。しかも、白人はたちが悪いことに我々アジア人の見分けがつかないのです。どれだけこれが活動するうえで弱みになるかを考えると少しでも多くの資金を持っておく必要があると思いまして・・・。」
「わかった、いくらくらいほしいんだ・・・。」
「そうですね・・・、二千ドルほどあれば取りあえずはしのげるとは思うんですが・・・。」
「まったく、あとで軍務省の方に請求させてもらうよ。ほれ、もってけ!」
衣笠は鞄の中から、ドル紙幣の札束を渡した。衣笠はこの時まだ知らなかった。この時、須磨に渡したこの二千ドルがこれから始まる大戦争の行く末を左右するものになるということを・・・。
最上時雨は飛行甲板から発艦の準備をする戦闘機を見つめながら、静かに笑みを浮かべていた。この艦隊の乗員は空母・戦艦・重巡洋艦・軽巡洋艦・駆逐艦すべてを合わせて九千人近く、練度も最高潮に達しきっと彼らが素晴らしい仕事をしてくれるに違いないと思ったからだ。そして、この水晶湾基地の状況を含め、彼女は改めてこの作戦が成功することを静かに確信した。
(いざとなれば、南方への索敵を行い空母を潰すことも考えなければならないだろう。穂積中将にその旨は伝えた。あとは、保号潜水隊の方にも協力を仰いでみてだな・・・。)
彼女は、この作戦の次を頭の中で描いていた。
最上時雨中佐。豊葦原瑞穂皇国海軍の太平洋連合艦隊司令長官付参謀。この水晶湾攻撃作戦の発案者である。今回の作戦には宮本八十丞司令長官の代理兼お目付け役として、穂積中将の第一艦隊に同行したのである。同時に穂積の参謀も兼任しておりこの作戦最大の要ともいえる人物である。年齢は十五歳、異例の若さで中佐にまで上り詰めた彼女だが実力主義が取られている皇国海軍ではさほど問題ではない。一番の特筆すべき点は女性であることであろう、この時代世界の列強諸国も含めて軍部に女性は存在しなかったのだ。いたとしてもそのほとんどは皇族や王族の女性が公的な身分の付与のために行われたことであり軍人として実績を積む人間は皆無だ。しかし、豊葦原瑞穂皇国軍の場合は違った。勿論皇国も男性優位社会には違いないのだが、この国では十八歳から二年間の兵役が男女ともに平等に課せられているのだ。もっとも女性の場合は兵役か国営の工場で働くことのどちらかを選ぶことができるので、ほとんどの女性はそちらへ向かうのだが、少なからず軍隊に入隊する女性もいるのである。また、士官教育を希望すれば女性として士官になる事も認められている。ただし、士官になる女性は陸軍・海軍共にほとんどいない。理由としては年齢だろう、士官としての教育は六歳から可能であるが倍率はかなり高い。男女混合に選抜されることも相まって女性が士官になる事はほぼなかったのだ、軍規には陸軍における女性士官を撫子士官、海軍における女性士官を漣士官、飛行士の士官を天女士官と呼ぶという決まりは存在しているが形骸化している。実際、陸軍・海軍ともに女性の士官の多くは皇家や侯爵以上の華族の令嬢がほとんどだ。彼女たちも結婚を機に辞めることが多く、軍人として経験のある者はかなり少数だ。その点から行くと、最上時雨は異例な出世を遂げた人間と言えるだろう。六歳にして兵学校へ入学を志願し、八歳で海軍士官学校へと進学。その後防衛巡洋艦『宮島』の砲術長、戦艦『若草』の砲雷長などを歴任し、軍務大学校で二年の間の教育期間を経て中佐へ昇進し太平洋連合艦隊司令官付参謀に任命された、生粋のたたき上げである。彼女をそうさせた理由は様々だが一番の理由は、彼女が天性の策略家だからだろう。皇国にとって最初の対外戦争である瑞晴戦争において、朱海海戦での演説による士気向上戦略、そして列強の一角であったロマノア帝国との戦争では瑞穂海海戦において、当時の連合艦隊の指揮官であった本堂鋭七郎や参謀の滝山貞之の作戦の一翼を授け、歴史的な完全勝利に導いた。そう言った功績が認められ、軍部学校への早期入学を許されたのだ。
そんな彼女が太平洋連合艦隊司令官参謀に任命されたのは、それまでの戦歴だけではない。彼女が軍務大学校で海軍の高本才輔中将と陸軍の酒波益周少将との面談に置いて彼女は皇国に対して白人社会の欧州や連衆国は危機感を抱くこと。間接的に開戦か隷属を迫るであろうこと。そして独立を守るためには連衆国との間で最終戦争を実行する以外に道はないこと、そのためのミッドウェー島の領有やマレー半島やフェリペアナ諸島への侵攻、水晶湾基地やパナマ運河への攻撃というものであった。高本と酒波はその考えを論文としてまとめるよう指示を出した。それが俗にいう『世界最終戦争論』だった。その論文は当時の軍部に衝撃を持って迎えられた。しかし、事態は刻々と変化していった。連衆国主導による大規模な海軍力の縮小やそれまでロマノア帝国との戦争に勝利する一翼を担った大連合帝国との軍事同盟の解消などによって彼女の見立てが決して間違いではなかったことが証明されていくことによって、陸軍・海軍ともに『世界最終戦争論』は現実味を増していくのだった。そして勢力を失った晴華政府からの委任統治により保護国として手中に入れることになった乾隆国の放棄などを条件とした連衆国からの最後通牒、通称『ターンブル・ノート』を突き付けられたことによって彼女の世界最終戦論は対連衆国戦略の定本となっていったのである。そのため、最上時雨は異例の出世により太平洋連合艦隊司令長官宮本八十丞付参謀としての地位を確立し同時に中佐へと承認することが決まったのだ。
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