最後の勇者

芦苫うたり

(1)荒野の果てに


 ガイが気付くと そこには広大な荒野が広がっていた。


 地は荒れ、疎らに野草が生えているが、それも 今にも枯れてしまいそうな程に弱々しい。

 雑草の類は、生命力が強いと聞いた事があるが、こんな事になる場合もあるんだな。と、まだ 彼には、他人事であった


 周囲を見回すと、高い台地の近くに 小さな集落が見える。そちらに向かう事にしたガイは、妙な違和感を感じていた。

 物音がしないのである。

 空は晴れて清々しい。空気もキレイだ。

 元いた世界の 雑踏や、濁った空気に慣れた彼には、不気味にも感じる程の静けさだった。


 ――いや、違うだろう。

 生き物の、動物の気配が全くして来ない。この空の感じと 気温は、夏に近い春だろう。鳥くらい いても可怪しくない。

 荒れた地面を踏む 彼の足音だけが、やけに大きく聞こえる。


 ガイが そのまま進むと集落より前に、丘のような、少し高めの台地が見えて来た。

 その台地は、多くの煤けた岩塊で出来ていた。何か大きな力で崩され、更に高熱で焼かれたような状態だ。

 近付くにつれ もっとハッキリ分かって来た。

 彼には大量の岩々が、山そのものが崩れて出来たと、その岩が山裾を埋めて出来ているように見えた。

 崩れ落ちた岩塊には、まるで溶岩が流れた痕跡かのように見える泡立った黒い筋と、ガラス状になった部分が表面に浮かんでいる。

 ――何が起きたんだ。


 周囲を見渡すと、台地に見えていたモノは、すべて岩塊の集まりで、これ等は全て、山の崩れた跡のようだ。その証拠に、山裾のような形状が残っている。それより上の部分が崩れ落ちたかのように。

 地震とかの自然現象だろうか。そう思ったガイであったが、それにしては、山を崩すほどの地震だったとすると、見えている村落の建物が残っているのが可怪しい。鳥が戻って来る前に集落が再建されたなど、そんな事不可能だろう。


 彼の目に その、山の崩れ跡、岩塊の周辺にある、細々と果樹が植えてある場所が見えた。やはいヒトはいるようだ。


 しかし ガイには、自分が 何故、ここに存在しているのかが理解出来なかった。彼に対抗出来るような者など、この周囲には見当たらないからだ。


 「俺って勇者だよな。倒すべき相手って何者なんだ?」


 彼の小さな呟きに、まさかのいらえがあった。

 「あんたが 新しい勇者かの」


 「新しい? とは」

 それは老爺であった。多分、この辺にある果実を採取しに来たのだろう。

 それより ガイには、その老人の発した言葉が気に掛かる。


 「あぁ。お前、何も知らされずに来たのか」

 正しく、「よっこらしょ」と言う感じで岩に腰掛けて、ガイに お前も座れ。と言葉を発するのも面倒そうに顎で示した。


 取り敢えず、現状が分からないと何も出来ない。

 ガイは、老人の前にある岩に腰掛け 話を聞く事にした。彼は、さっきから気になっていた事を質問した。


 「この辺りには、動物や鳥はいないのか?」

 「この辺り? ……か。

 お前、本当に何も知らずに、いや 知らされずに来たようじゃな」


 「俺の意思で来た訳じゃない。

 勝手に 誰かが、あっちから転送おくって来た」

 「ほう。『異世界に行ってみたい』なんて、思わなかったんだな」

 「……いや。それは あったな。

 あっちは あまり面白くないというか、住心地の良い世界じゃ無かったからな。現実逃避で、そんな事を夢想した事はある」


 「あぁ、多分それが原因じゃろうな。他の勇者も同じじゃったかも知れんな」

 「他の勇者?」


 老人は、深く溜息を吐いて、言葉を続ける。

 「あまり遠くもない昔。この辺りは、ある王国の首都じゃった」

 「首都? この荒れ地がか?」

 「だから……、昔は、じゃ。

 言うて置くが、この状態は この周囲だけじゃないぞ。世界中が同じように、荒れ果てておる」

 「世界中が……。原因は何だ」


 老人は、苦笑を浮かべながら語る。

 「この国の王が、最初の過ちを犯した」

 「この国?」

 「ほら あの集落が、この国の首都じゃ」

 「何だって」


 「そこらに丘、台地があるじゃろう。

 それらは、昔は 高い山じゃった。3千から5千メートルはあってな、この国を守っておった。

 3方を高い山に囲まれて、ほら『攻めるに難しく、守るに易しい』という地形じゃったんじゃ」


 言われて周囲を見回すと、確かに台地に見えるモノを山に見立てると、あの集落を守るために囲んでいるように、見えなくもない。


 「この辺りは自然にも恵まれておった。山裾には樹海が会って、多くの生物がおった。もちろん猛獣も おったが、猟師で対応出来る程度じゃった」

 「今では、想像も出来ないな」


 「じゃがな、猛獣だけなら何とかなったが、魔物も おったんじゃ。それ等は、猟師には どうにも出来んかった」

 「魔物か。……今もいるのか?」

 「いや。もう おらん」


 ガイは少し がっかりした。それが分かったのか、老人は咳払いをして話しを続けた。

 「それでじゃ、魔物が どんどん増えて来た頃。倒せる者が おらんのじゃ、増えるのは当たり前じゃがな。

 それから魔人と、その王である魔王が現れた」

 「魔物より、後にか?」


 「そうじゃ。お前が言う通り、その順番じゃった。

 それに儂等は気付かなかった。魔王が魔人を、魔人が魔物を造り出したと誤解したんじゃ」

 「……誤解なのか」


 「そのまま、放っておけば良かったんじゃ」

 「魔物や魔人、魔王をか?」


 「それ等は 儂等が、勝って付けた名前じゃよ。

 自然とは良く出来たもので、存外に強い存在が現れれば、それの天敵が現れる」

 どうも ガイには意味が分からない。強い存在とは魔物の事なのか、それとも魔人か。


 「それは置いておく、後で分かるからな。

 さて、王の誤りじゃ。それは『勇者』呼び出した事じゃ。勇者が この辺りの魔人と魔王を滅ぼしてしまった事じゃ。

 それに倣うて、世界中で勇者が呼び出され、同じように魔人達を滅ぼしてしもうた」

 「それが悪い事なのか」


 「あぁ、最悪じゃった」

 老人は吐き捨てるように言った。


 「この世界の、今の この有様は、その失策で始まった。お前は『食物連鎖』という言葉を知っておるか」

 「あぁ、知っている」


 「魔人と魔王は、生態系上では魔物の天敵という位置にあった。ヒトとは別系統のな」

 「何だって」


 「魔人と魔王は、恐ろしい姿をしておったからのう、ヒトは勝手に敵じゃと思い込んでしまった。

 今考える、何ともと愚かな事じゃが」

 「勝手に……か」


 ガイの呟きを無視し、老人は話しを続ける。

 「魔物は、多分じゃが ヒトの天敵じゃった。ヒトが あまりに増え過ぎたので、自然発生的に誕生した、と 現在いまでは言われておる」

 「ヒトの、天敵か」

 ガイは、元いた世界の状況を思い出す。そう言えば あの世界にも、ヒトに天敵がいない。


 「そんな状態で魔人達を倒しても、いなくなる訳がない。彼等は何度も滅亡し、その度に、更に強くなって別の魔人が誕生した」

 「別の魔人。当然 魔王も、だな」


 「その通りじゃ。そして、儂等は、その度に、更に強い『勇者』を召喚んだ」

 「……」

 ――いわゆる、強さのインフレか。


 「勇者達と魔人共の闘いは凄まじく、周囲を巻き込んで大惨事を引き起こした。

 山は崩れ、森は焼け、大地は砕け、川や湖はおろか海も殆ど涸渇した。それでも決着が付かず、両者は宇宙そらにまで昇り戦った。

 その結果が、気候の大変動を生み、多くの生物が死に絶えた」

 「それで……、俺か」


 「ここの、この有様は世界の縮図じゃ。魔物もおらん、魔人も当然じゃが魔王もおらん。

 ところで、お前は何者じゃ」


 「多分、俺が最後の勇者なんだろうな。その使命は……」

 「使命は?」


 「人間を、完全に滅ぼす事だろうな」

 「魔王じゃないのにか」


 「ふぅ、魔王じゃ出来なかったんだろう。だから俺が来たんだ」


 この世界が それを望んだのだろう。

 ガイなら出来る。残っている人類が何人だろうが関係ない。

 最強の勇者なのだ。頑強な心身と強力無比な魔力を持ち、不老不死の生命力を使えば どうという事はない。


 彼は自身が、なぜ ヒトに対して感情の揺れが無いのか不思議に思っていた。

 今なら分かる。滅ぼす相手を哀れんでいては、使命の達成は不可能だからだ。


 ガイは、老爺に魔法を使った。

 「俺の事は忘れ、街へ帰れ。そして2度と外へ出るな」

 老人は命令に従い、集落へと帰って行った。


 彼は、どのように作業を実行するか思案した。

 直接手を下すのは効率が悪い。

 高熱で焼くのも、氷漬けにするのも問題外だ。どれも 生き残る可能性があるし、これ以上自然を破壊するのでは、これまでの勇者や魔王と変わらない。そんなは犯せない。


 「……先ず増やさない事を考えないといけないな」

 ガイは自身の魔法原理を解析した。

 人類限定で使える魔法は限られている。

 「仕方ない、一時的に、範囲を絞って動物を全滅させるか、そうだな150年もあれば、少なくとも人類は絶滅する」


 まず、人類限定の魔法を行使する。

 「自分の住みたい街を決め、そこに集結せよ。以後 一生、その地から移動してはならない。

 行動の認可範囲は、断面積100平方キロメートルの円筒。高さ、標高プラス500メートル、マイナス20メートル以内とする。

 遊牧は認めない。移動中の者は即時帰還、または付近の街に進み、そこに定住せよ。7日後までに全てを完了すること。

 時間内に街に入らなかった者、7日以降に認可範囲から出た者には、自死を命ずる。以上、魔法発動」

 彼は魔法の発動、完了を確認した。


 さて、問題はこれからである。

 次の魔法が正常(思惑通りに)作動するかは、やってみないと分からない。ガイは、取り敢えず試してみる事にした。


 「認可範囲に人類集結が完了した時点で、次の魔法を行使する。

 認可範囲内の動物(ヒトに限定で出来なかった)の生殖を禁止する。同時に、認可範囲内の時間を加速。100年と1分とする」


 魔法は発動しなかった。一部、時間加速が空振りしたのだ。

 「チっ、やっぱり時間操作は無理だったか。仕方がない、ゆっくり待つとするか」


 ガイには、直接ヒトを狩って行くという方法もあった。

 獲物であるヒトは、彼から 逃げ隠れする事が出来ないのだ。世界が、それを見逃さない。

 彼の超感覚は その為にあるのだから。

 しかし、この方法でガイが人類を絶滅させるには、少なくとも数百年を要するだろう。

 しかも、完全に絶滅出来るかも怪しい。

 人類は、非力ではあるが 非常にしぶとい。この方法では、生き残りが存続する可能性が、僅かながらある。

 よって、この方法は却下した。


 先の魔法を解除し、再試行する。

 「認可範囲に人類集結が完了した時点(最長で7日後)で、次の魔法を行使する。

 魔法内容、認可範囲内の動物の生殖を禁止する」


 「よし!」

 ガイは その魔法が正常に発動した事を認識した。

 ヒトは認可範囲内から出られない。その上で この魔法を行使すれば、確実に殲滅出来る。他の動物は その場所から離れれば何の問題もないのだから。

 ただ、時間が掛かるのが面倒だ。


 ガイは、世界をめぐり 生態系の復活に努めた。滅びたモノや死んだモノは、いくら彼でも復活させる事は出来ない。

 だが、生き残っいる生物が住み易いように環境を整える事は可能なのだ。

 それには多くの時間を費やす事にるが、彼には時間など考慮する必要はない。


 ガイは知っている「拙速は、容易に失策を招く」事実を。彼は多くの時間を掛けて、その難事を成し遂げる事だろう。


 100年が経過した。

 もう ヒトは殆ど残っていない。

 そして、動物も植物も、人類が減って行くのに反比例するように、次第に増えて来ている。


 ガイは良い仕事をしている。

 この世界は、あと5千年もすれば完全に復活するだろう。


 その復活した世界には、人類は存在しないのだ。


 ■■■


 1万年が過ぎた。

 ガイは、もう自身が この世界に存在する理由を失った。


 「さて、俺を ここに連れて来たよ。仕事は済んだ。人類と、その遺産の全ては、この世界から消えた。

 それでだ、少しばかり 俺の望みを叶えても、バチは当たらんぞ。

 とても退屈だ、どこかに転移させろ。俺に 新たな居場所を与えよ!」


 世界は、彼の望みを叶えた。


 ガイはこの世界から消えた。彼を必要としている世界に向かって跳んだのだ。


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