CASE.54「怒涛の不幸、加速するトラブル(後編)」
数分後。俺達は救助が来るまでエレベーターの中で静かに過ごしている。
電話で繋がった店員の話によれば、エレベーターの故障の原因は分からず、現在調査中のとこと。ひとまず復旧の時間が欲しいとの返答がきた。
レスキューの人たちにも連絡は入れてくれたようである。救助が来るまで俺達は静かに過ごすことにした。
「……遅い」
しかし、思ったよりも遅く救助が来ない。
携帯を開けば既に1時間近くが経過している。レスキュー隊に連絡を入れたというのに何を手間取っているというのだろうか。
思ったよりも深刻な状況のようだ。
せまっくるしい箱の中。窮屈過ぎる薄暗い空間の中で閉じ込められるこの状況。
「はー……しんどっ」
「大丈夫です! こういう時こそアドレナリンを全開です! まずは腕立て伏せでもやりましょう! ほらっ! お前にも付き合わせてやる! さぁ!!」
何より、“この二人”と一緒に閉じ込められているのが辛すぎる!
生徒会長はさっきから俺の事を変な目で見つめ続けているし、真名井に至ってはどの時間であれ無駄にはしたくないと筋トレを始めている始末。
頼むからやめてくれ! 暑苦しいし、エレベーター内に汗が飛び散るしで凄く暑苦しい! 早く来てくれレスキュー隊。こんな拷問から早く免れたくて仕方ない。
「……真名井」
腕立て伏せ百回を行っている途中の真名井に来栖が声をかける。
「どうかしましたか? 生徒会長」
「……このまま閉じ込められるのはまずい。だから君の力を頼りたい。あの緊急口から外に出て、様子を見てきてくれないか?」
真上。緊急用のエレベーターの開封口。
専用の道具がなくても開くようになっている。災害や緊急用以外は使用禁止の出入り口を指さし、来栖は真名井に命令する。
「頼む。今は君しか頼れない」
「私しか……わかりました!」
真名井は筋トレを辞めると、上へ行くための取っ手にしがみつき、開封口をオープンさせる。
上の様子は当然真っ暗闇。電源をオンにしたスマートフォン、それをタオルで頭に巻き付けてライト代わりに使用する。
「それでは、様子を見てまいります!」
真名井はそのままエレベーターの外に出ると、エレベーターの外に用意されている緊急用のはしごを使って上へと伝っていく。
さすがは運動神経抜群の彼。あれだけ筋トレをした後だというのに、真名井の姿はあっという間に上の階へと消えて行った。いや、彼の場合、あの筋トレは準備運動みたいなものなのだろうか。
外の様子を見に真名井を送らせる。
確かに真名井であれば任せられる事案だが……やはり、レスキュー隊が来るまで待っていた方が賢明ではなかったのかと俺は疑問を浮かべる。
「西都君」
来栖はそっと俺の方に視線を向ける。
「……二人っきりだね」
「!!!」
背筋が凍る。
まずい、この状況が“一番まずい”!
真名井がいなくなったことで生徒会長の暴走を止めるストッパーがいなくなった。俺への嫌がらせが大好きな生徒会長の魔の手がB級モンスターのようにじわじわと俺ににじり寄ってくる。
「さぁ、西都君。寒くなってきたし、まずは温め合うために体を張り付けて」
それは雪山の遭難が想定だろうが!
そもそも、まだ梅雨時のこの時期は寒くもなんともないし、むしろ湿っぽい! こんな状況で誰かに張り付くなんて鬱陶しくて仕方ない!
「……離脱!」
俺も近くにあった取っ手にしがみつき、慌ててエレベーターの外へと避難。
真名井に負けないスピード。俺の生存本能が叫んでいるのか、今まで体感したこともない全力で緊急用の避難はしごを駆けあがっていく。
急ぐ。とにかく急ぐ。あんなのに何かされる前にと慌てて避難する。
「ん! おい西都!? 何故、お前もここに!? さては貴様だけ助かろうと逃げる魂胆か!? か弱い女性を置いていくなど何て恥知らず!」
真名井に追いつくことは出来た。しかし、それに気づいた真名井はいますぐ戻るようにとそこから先を通せんぼし始める。
「どけ! 早くどけ! お願いですからどいてくださいッ!!」
「待て西都君! 何故、逃げる!」
迫ってくる!
B級ホラー映画も顔負けのクリーチャーのオーラを醸し出しながら梯子を駆けあがってくる来栖の姿。俺達男性陣も顔負けのスピードで迫り寄ってくる。
何処が、か弱い女性だ! 思いっきりモンスターじゃねぇか!!
俺は必死に真名井を追い越そうとするが場所が場所だ。無理も出来ない上に、何より体力も筋肉も鍛え上げられている真名井をどけることはそう易々とは叶わない。
「さぁ、西都君! 早くエレベーターに戻ろう!」
「離せモンスターッ!」
しがみついてくる来栖に叫ぶ俺。たぶん、今の俺は映画俳優顔負けのパニックを見せているだろう。だってそれくらい怖いんだもん。
ごっちゃごっちゃの状況。
必死に耐える真名井。叫ぶ俺。そして襲い掛かる来栖。
頼むからこの状況をどうにかしてくれ。今日の神様は悪戯が過ぎる。
ちゃんと良い子にしてるから、この状況をどうにかしてください。お願いします。俺はとにかく神様に助けを乞うように祈りを捧げ続けた。
___その祈りは届いたのかもしれない。
だが。それは……“最悪の形で具現した”。
「「っ!?」」
突如動き出したエレベーター。その場一体が大きく揺れる。
「えっ?」
その衝撃。それが原因となる。
揺れたと同時にバランスを崩し、引きはがされた来栖が下に落ちていってしまう。
「……ッ!」
無意識。俺は即座に来栖へ手を伸ばし、その手を掴んだ。
「うぐっ……!?」
心名よりは重い体重。彼女を引っ張ろうとする俺を支えるのはたった一本の腕。
悲鳴を上げる。何か折れたような感覚が胸に響く。
「くっ、はぁっ!!」
更なるダメージを受ける前に俺は来栖を引き上げた。
「おっと……!」
来栖も慌てて、俺の背中に張り付き、内側の梯子に手を伸ばした。
「すまない。助かったよ」
「……っ」
下を向くと、ゆっくりとエレベーターがこっちに向かっている。どうやら電源が復旧したらしい。
今はとりあえず、エレベーターの中に戻ろう。
俺達は梯子から手を離し、迎えに来たエレベーターの中へと入っていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数分後、俺達は無事脱出した。
係員の話によればエレベーターに問題があったのではなく、このショッピングセンター全体を管理する電子機器に問題があったらしい。エレベーターのところにだけピンポイントで障害が起きたようだ。
とんだ不幸。そんな繊細すぎるトラブルの被害者になるとは思いもしなかった。
……とはいえ、ようやく助かったのだ。
一時間近くエレベーターの中で過ごし、その上昼ご飯をまだ食べてなかった俺は空腹だ。早いところ、ここからおさらばして、栄養補給の時間へと洒落こんで。
「待て、西都」
と思ったら、真名井に止められた。
なんだ。言いたいことがあるのか。お前達を不幸に巻き込んだ罰に飯でも奢れとか言い出すのではあるまいか。
「なんだよ」
睨みを利かせる様に真名井の方へと振り向く。
「……お前、腕を見せろ」
「!」
気付いている。
面倒だ。“真名井は気付いてる”。
「何故? 理由は」
「いいから見せろ!」
“抑えていた左手”が真名井の手によって引っ張られる。
「いっつ……!」
無理矢理引っ張られたことで、俺は思わず声を上げる。
「お前、やっぱり……!」
バレた。今の声で完全にバレた。
それだけじゃない。こうやってハッキリとみられてしまったのなら、もう隠す事も出来ない。
”真っ黒に俺の左手首は腫れあがっていた”。
そうだ。
下へ落ちそうになった来栖を引っ張り上げようとした際、唯一の支柱であった左手に大きく負担がかかったのだ。人間一人持ち上げる事に耐えきれるほど俺の腕は頑丈ではなかったために、このような始末になってしまった。
「西都君……まさか、あの時!?」
「西都! 今すぐ病院に行くぞ!」
真名井が俺の体を無理矢理背負おうとする。
「待てっ! 何もないって言ってるだろ!」
「こんな状態で何もないわけがない! 診察代は俺が払う!」
俺はそのまま生徒会二人組の手によって、ショッピングセンターのすぐ近くにある病院にまで連れて行かれてしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「うわぁ、こりゃあ酷いね」
医者の診断。どうやら、思った以上にこの腕の状況は穏やかではないようだ。
「全治3週間だね、これは。しばらくは激しい運動も控えるようにね」
三週間。想像以上に長い数字。
気のせいであってほしいと思ったが、やはり気のせいではなかった……あの時、耳に入った鈍い音は、この左手の悲鳴であった。
「3週間……」
「やっぱり、重傷だったか」
来栖と真名井は険しそうな表情で俺の腕を見る。
「ギプスを用意するから、それをつけておくようにね。説明は担当の子から」
「ギター」
俺は恐る恐る聞いてみる。
「……ギター、を弾くのも駄目ですか」
「え? 駄目駄目! 言ったでしょ、しばらくは左手に負担をかけないようにって」
「そう、ですか」
ギターが弾けない。作曲が出来ない。
……その事実を知った俺は、深く項垂れることしか出来なかった。
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