CASE.53「怒涛の不幸、加速するトラブル(前編)」
六月の梅雨時はもうすぐ終わる。この湿っぽくて薄暗い空気ともようやくおさらばできるなと思った矢先の事であった。
「おっ」
「おお、西都君じゃないか!」
幸せは易々と現れることもなく……俺の目の前に現れたのは“来栖と真名井”の姿。
今日、俺は音楽関係の月刊誌を買いに来たのである。俺がデビュー当時から応援している“リザルトビザリー”というロック&メタルのバンドの特集が組まれている。買わない以外の道があるのだろうか。
しかし、その月刊誌を手にワクワクしながらレジへ向かってる最中。そのワクワクは湧き上がる不安と不満で泡のように弾け消えていく。
「……ちっ」
「貴様! 会って早々に挨拶ではなく舌打ちなど!」
舌打ちもしたくなる。休みの日くらいはのんびり過ごしたかったというのに。このまま喫茶店フランソワに行って、お気に入りのチョコパウンドを食べながら月刊誌を読もうとしていたのに。なんで、よりにもよって出会うのがコイツラなのだ。
「おっ、音楽の月刊誌か。相変わらず良い趣味をしているね」
心名と同じで良いところのお嬢様である来栖の服装はファッションモデルのように大人っぽく綺麗な衣装だ。それにスタイルも良いせいか、ボディラインがくっきりと表に出ている。頭はどれだけ残念であっても、数多くの男性を虜にする理由がここにある。
ほとんどの男子は結局、顔か胸か尻なのである。
とことん軽薄な生き物だなと俺は世の中の男子を嘲笑ってやった。
「ほほう、そういえば将来の話をしていたが……」
一方、真名井の普段着はタンクトップに短パンというあまりにラフすぎる見た目。
貴様はマラソンランナーか何かかと言いたくなってしまう。紙の匂いが心地よい本屋の空気があっという間に汗臭いしょっぱい空気に代わってしまう。
「さては貴様! ジャーナリストに興味があるのか!?」
何故そっちの路線に行くのだろうかと俺は思った。
(無視無視……)
しかし、ミュージシャンを目指しているとか本題を悟られないだけマシかと俺は考える。質問に答える義理のない俺は大急ぎでレジへと向かって行く。
現金にポイントカード。手っ取り早く会計を済ませ、まずはこの二人をまかなければと急かすようにレジの店員の目を覗き込んでいる。
「しかし奇遇だね! ああ、ちなみに真名井とはたまたまそこであってね。せっかくだし一緒に買い物してたのさ」
「ちなみに俺が買いに来たのはスポーツ誌だ。今、どのような選手が活躍してるのか未来の日本代表である俺が確認するのは当然で」
“聞いてねぇから……!”
レジの後ろでベラベラと喋っている奴等から早く姿を消したい。
俺は商品を受け取ると速攻でレジから離れていく。そして近くにあったエレベーターに飛び込み、開閉ボタンの閉まる方を連打した。
奴らはまだ買い物を終えていないはず。レジのやり取りは少なくとも1分の時間がかかるはずだ。追いつかれる前に俺は逃走を試みて
「待て待て! 私たちも乗る!」
「なっ!?」
……と、思いきや、あっという間に追いつかれた。
「お前等……買い物はいいのか」
「すでに終わってる。買い物が終わった後で面白いものがないのか見ていたのさ」
何という事だ。この二人は既に買い物を終えていた。つまり俺は最初から逃げ道を封鎖されていたという事だ。
というか、この二人は“エレベーターへの駆け込み乗車はご遠慮ください”と大きくポスターに書かれてあることに気付いていないのか。頼むからそっちの方の後先を考えてはくれないのかこの馬鹿共は。
……囲まれた俺。逃げ道を塞がれてしまう。
「ふふっ、まさかこんなところで西都君に会えるとは……くそっ、真名井がいなければ、もっと良かったというのに。私としたことが」
なんか怖そうな事を横で呟いている。女って本当に怖い。
プライベートまでこの二人に邪魔をされる現実に泣きたくなる。月刊誌を読むのはこの二人をまいた後、一体何時間用いれば逃げ切る事が出来るのだろうか。
俺はあまりの過酷さに溜息を吐いて。
「……ん?」
ふと感じた違和感。揺れるエレベーター。
俺は静かに首をかしげる。
___その瞬間。
「……!!」
“ガゴォンッ!!”と大きな音が鳴り、エレベーターが揺れる。
「なっ!?」「おおっ!?」
生徒会の二人も突然の出来事に姿勢を崩す。
……エレベーターの電灯が消え、中は真っ暗になる。
止まった。エレベーターは一階に向かう前に止まってしまったようである。
「なんだ……?」
俺は即座にスマートフォンの電源を入れ、明るさをマックスにする。ひとまずはエレベーターの中を照らす事には成功した。
「おい、西都! これは一体」
「騒ぐな。ちょっと待て」
……エレベーターのボタンを押してみる。
開封ボタン、それぞれの数字、そして最後には緊急呼び出しのボタン。
しかしどれも動かない。どうやらエレベーターは完全に故障し、止まってしまったようである。
「じーーっ」
俺は生徒会の二人へ視線を送る。
「何だ! 私たちを疑ってるのか!? そんな近所迷惑なことは普通にしないし、何よりどちらかといえば、君が疑われる方じゃないのか!?」
認めたくはないが、生徒会長の言い分には一理ある。
たぶん、俺の不幸体質がまた爆発したのだろう。さっきまでは普通に動いていたエレベーターは突然の不幸により急停止。こんなところに閉じ込められる結果となってしまった。
さて、どうしたものか。
ひとまず携帯は使えるのだから、助けを呼ぶとしようか。
「ひとまず連絡を入れる」
俺は携帯電話でショッピングセンターの電話番号をネットで開く。エレベーターの故障の原因を確認することにした。
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