十七・忍逆さんの話

 七月二十七日(火)


 忍逆は今日も来ていた。もう事件は解決したろうに、なぜだろう。おかげで蒸籠の中にいるような暑さだ。熱中症にだけは気をつけている。風が通るだけまだマシか。昨日のあの状況こそ蒸籠と表現するのが相応しい。

 彼女の来訪と共に、またもや両親から手紙が届いた。今度はどんな暗号だろうか。両方の封筒を開く。

 二枚とも、手紙の体を成していなかった。今までで一番酷い。もはや文字ですらない直線と曲線の入り交じった何か。

「貸して」悪戦苦闘する俺から手紙を二枚とも取り上げる。窓へ行き、太陽に晒して手紙を透かす。

 二枚重ねた状態で。

 なるほど、二枚重ねて読めば確かに文字だった。文面の内容は言うまでもない。

「どうするの?」と忍逆。そういえば手紙の件を彼女は知らないんだっけ。

 俺は両親について話す。別居の件から手紙の件まで。とりあえず、このマンションに住み始めてから両親から来た手紙については思いつく限り話した。「まるで私とお母さんみたいだね」と、俺が思っていたことと同じような感想を述べる。「というか私、真刈君の両親について、私何も知らなかったんだよね」

「話してないもんな」だからといって自分から話すことでもない。忍逆の母親みたいに、言霊を使えるわけではないし、それが原因で声を発さなくなったわけでもないのだから。

「特に珍しくはないだろ。両親の別居とか」

「でも、どうして別居してるの?」

「仲が悪いから……とは思ってた。最近はそうでもないみたいなんだけどな」

「北海道と鹿児島から、これがここに同時に届くようにしてるってこと?」

「変なことするだろ? いつもそうなんだよ。しかも最近はそういう暗号みたいな文面になってきてて、ますます読みづらい」

「仲良いんじゃないの、この二人?」

「やっぱりそう思う? なのに、頑なに別居状態を貫いてるんだよ」

「じゃあ、別居しなきゃいけないだけの理由があるってことかな」

「そうかもね」やっぱり忍逆にも理解できないか。両親には両親なりの思惑があるのだろうが……。「面白半分で別居してるとしか思えなくなってる」

「親は、何をしてる人なの」

「どっちも普通に会社勤めだよ。だけど転勤だとか、そういう話もせずに突然別居するとか言って出て行った。で、俺もこのマンションに引っ越したんだ。高校はできるだけ変えたくなかったしな」

 ふうん、とあまり関心がなさそうな反応だった。「やっぱり、突然出て行った理由がわかんない」

「だろ? メールは通じるのに教えてくれないんだよ、未だにな」

「仲が良いんだか悪いんだかわからなくてさ」

「絶対仲良いでしょうそれ」

「……やっぱりそう思うか」ならばどうして両親は別居状態を続けているのだろう。

「何かのっぴきならない理由があるんじゃない? 鹿児島で、北海道で、やらなきゃいけないことがあったりとか」これまで一通り俺が考えた理由を次々と繰り出す。疑問を抱きつつもこのことに関して考えるのをやめたのにはちゃんと理由がある。何の説明もないまま、淡々と仕送りと示し合わせたような手紙を送ってくる意図が、どう考えてもまったく見えてこないからである。

「本当のところどうなんだろうな。とりあえず、何も経緯を説明しないまま、二人とも家を出ていったし」

「じゃあ、もともとこのマンションに住んでたわけじゃなかったんだね」そうして忍逆は改めて部屋を見回す。「……どう見ても一人部屋だね、訊くまでもなかった」

 両親についていつまで考えていても埒が明かないので、俺は本題に入る。本題とはいえ、今のところ俺は忍逆に何の用事もないわけで。

「……今日は何しに来たんだ」

「今朝、警察来たんだっけ」

「どうしてわかった?」その通りだ。更なる聞き込み調査とか言って彫元さん周辺について、そしてより詳細なアリバイも訊かれた。

 何よりも七階の住人が全く出てこないから天気さんを呼んで部屋を空けてもらったらそこはもぬけの殻だった、という話があったらしく、俺は冷や汗をかきそうになった。

 でも、どうしてわかった?

「まあ、わかるんだなこれが」

 わかってたまるか。「で、今日は何の用事だ」

「特に用事はないよ」

「何しに来たんだ」

「この部屋居心地が良いんだよね」そりゃあ、極度の冷え症な忍逆には最適な環境だろうさ。

 俺は何をしに来たのかを訊いてるんだ。

「単純に話をしに来たってだけだよ。うちのお母さんがね、真刈君と話がしたいんだって」

「それは用事じゃないのか」もしくは用事の内に入らないのか。

「うん。だから、私には用事がなくて、私のお母さんの方に用事があるから来たの。とりあえず麦茶を頂戴」

 それなら直接俺が忍逆の家に行って話を聞きに行く、というのもアリだとは思う……が、忍逆の母親はそういえば言葉を一言も声には出さないのだった。ならば彼女の母親は意思の伝達を文字でしか行えないと言うことになる。

 作ったばかりの生温い麦茶を薬缶から注ぐ。

 筆談か? それとも何か相応の用事が書かれた手紙を既に忍逆に渡しているのだろうか? この先の出来事を彼女の母親が予知しているのならば、俺が抱くであろう疑問に、先回りして回答をしてくれている、というのも現実味がない話ではない。

 麦茶の入ったコップを持ってふと忍逆を見ると、目を閉じていた。

 そしてゆっくりと見開かれる。

 目つきが変わっていた。

 まさか。

「こんにちは。真刈君」口調はおろか声色も変わっている。俺は確信した。今忍逆には、忍逆の母親が取り憑いている。忍逆も難儀なものだと思った。Aに取り憑かれ、母親にまで。彼女は自ら望んで霊体に身を捧げているのだろうか? このような暴挙に自ら望んで?

 とりあえず、俺は挨拶をする。

「……はじめまして」

「実は、はじめまして、ではないのですよ」

 ……俺にはわけがわからなかった。彼女の母親とは面識がない。俺は忍逆の母親を見たことはないし会ったこともない。

「実際はもう会っているのです」

 困惑しながら俺は訊ねる。「……いつでしょう、具体的には」

「具体的には、ですか。公園にて、このマンションで起きた殺人事件を解決してやろうと娘が豪語した時です。あなたは不審に思いませんでしたか? 私はうっかりミスをしてしまったのです。違和を感じませんでしたか? 何とも思いませんでしたか?」

 嬉々とした表情で「事件を解決してみせよう」と言ったあの時は強く印象に残っている。俺はあの表情を見て、遊びじゃないんだと諫めた。しかし妙に真剣な顔つきに変わったかと思えば、彼女は突然「誰が遊びだって?」と反論してきた。楽しそうな表情を全面に出しておきながらその反論だったのだ。あの出来事には何か彼女に関する秘密があるんじゃないかと考えてはいた。「そっか、私そういう表情をしてたんだね」と、まるで自分の感情をコントロールできていないかのように語る様はちゃんと覚えている。

「あの時、言葉と表情が噛み合っていましたか?」と、俺の思考を先読みするように訊く。

 不思議だとは思っていた。忍逆には、生まれついての巫術を有している反面、いわば言葉と表情の不一致が、副作用として、また後遺症としてあるのではないか? と。

「では、あの言葉はどちらの本意なんです?」事件を解決してやると豪語したのはどちらになるのだろう。

 深令の本意による言葉であるならばどうなる。

「まあまあ。あの時の憑依状況についてお話しした方が早いでしょう?」ただただ柔和な雰囲気を漂わせながら、母親は思考を急かす俺を宥めるように言う。ハッキリ言えば、深令が漂わせている空気はそんな穏やかなものではない。もっと尖っていた。

「……そうですね」同意せざるを得ない。

「本来ならば、私は娘に完全に憑依した状態だったはずでした」

「しかしその憑依は中途半端に終わった、と」

「その通りです。あの言葉ですが、半分は私の本意で、もう半分は娘の本意でした。半憑依状態にある場合、時々本意の食い違いが起こるのです。憑依している人間が「右」と主張しても、憑依されている人間が「左」と主張することが起こるのです……尤も、半憑依状態などというものがそもそもとしては極希なケースなのですが……事件を解決してやろうという本意そのものは娘と私とで合致していたわけです」

 半憑依状態という言葉が出てきた辺りで訳が分からなくなり、「待ってください」と彼女の言葉を止める。「あなたの言うミスってのは、つまり、深令に完全に憑依できていなかった、ということですか?」

「ええ、そうですよ。本当に、娘の力を見誤っていました。私が思っていたよりも、娘は憑依関係では強靱だったのです。私は至極真剣にあの言葉を言いましたが、娘は嬉しそうにその言葉を言いました。理由はすぐにわかりました。娘が、探偵としての本領をようやく発揮させることができるとわかったから、嬉しかったのだろうと。そしてあなたが遊びではないのだと言いました。それから私はあなたに対して反論しました」

 誰が遊びだって?

 そっか、私そういう表情してたんだね。

 この二つの言葉は。

「ええ、それは私が咄嗟に取り繕った言葉です。私は娘から主導権を一時的に奪い、あなたに反論し、その不自然さに対してフォローをしたつもりでした。つもりでしたが……気づいてはいたようですね」

 気づいていた、は不適当だろう。せいぜい「引っかかっていた」程度だ。

 しかしどうしてそんなことを。

「娘をサポートするという意味合いで憑依をしたのですが、私自身もまた、殺人事件を解決へと導きたくて仕方がなかったのですよ」

「ならばあなた自身が、解決すれば」

「そうはいきません。私は娘への言霊について未だに考えを巡らせているのです。その問題を解決するまでは、私はうっかり言霊を使ってしまわないように、言葉を発するところから禁止したのです。言葉を操り論理を繰り出して事件を解決へと導くのが探偵と言うものでしょう? 言葉を発せない人間が探偵足り得るでしょうか」

「推理なら誰にだってできます。俺にだってできる。その推理を披露する方法は工夫する必要があるでしょうけど、筆談で事足りるのではないのですか」書く文字にすら言霊が宿るのでは厄介な話だが、事実、深令はそうして母親と意志疎通を図っていると言っていなかったか。

「……誤魔化しは利かないようですね」微笑む。深令の外見で母親が微笑む。深令にも、こういう表情ができるのだろうか。

「あなたの言うとおりです。私は今も、筆談で推理を披露し、他の事件を解決へと導いています。しかし……この事件は余りにも特殊ではありませんか? 何の前触れもなく、半ば無作為的にこのマンションの住人が一人殺された。被害者には親しい人間が全くいなかったことから、この事件の犯人は必然的にマンションの住人に限られる。そしてたった一人を除いてアリバイが証明されている。ならばそのたった一人、イレギュラー中のイレギュラーな人間こそが犯人である可能性は必然的に高い。誰だってそう判断します。私だってそう判断したかもしれません……私が何を言いたいかわかりますか」

 全く。俺がそう思うと、「やはりそうですか」と。「犯人の特定が容易にも拘わらず、何故その事実から目をそらし続けたのでしょうね、ということです。娘もそうですが、あなたも」

「俺も?」どういうことだ。何故そのイレギュラーな事実から目をそらし続けたか? 理由などない。流れがそうさせたのだ。

 よくよく考えたら、アリバイが全くないAに容疑がかかるのは自然なこと。……自然すぎたのか? 仮に最初からAに容疑がかかっていたとして、誰が本気でAを糾弾するだろう。警察ならば、しようと思えばできるだろうか。

 だが、俺たちは警察じゃない。何度も思うように。

 俺たちは、インターホンを押すことでしかAに干渉できない。その呼びかけにAが応じなければ尚更無理だ。今回のケースにしてみれば、A自ら俺たちの前に現れたことがイレギュラーな状況だった。

 結局、俺たちの方から動くことはできない。

 疑うことはできても、俺たちには権限がない。

「結論にたどり着いたようですね」深令も、母親も、そしてAも、みんな俺の頭の中をのぞき込むのがやめられないらしい。そんなにも俺の思考は珍しいだろうか。「ここは娘の力量不足、といったところでしょうか。私がこうして娘とは言え他人の身体に乗り移れるのですし、娘もAの身体に乗り移ればよかったのです。それが正解。容疑者に対して能動的に働きかけることができないと考えてしまっては思考停止そのものです」

「つまり、もうちょっと発想を柔軟にしろ、と言いたいわけですか」そもそも、他人の身体に乗り移るだなんてそんな芸当を、当の娘ができるとは俺にはわからない。

 知らないことを利用するように提案するだなんてのは不可能だ。

「そんな感じです……ああ、でも待ってください。Aはイレギュラーな人間だと言いましたよね。もしや、娘が能動的に乗り移ろうとしなかったのは、「イレギュラー過ぎた」というのが原因でしょうか……そもそも平行世界の、それも次元の違う世界の人間なのであれば、何のリスクも考えず乗り移ろうとはしないはず……娘の思惑が少しわかってきました」嬉しそうだ。本当に嬉しいのか? どうとでも読み取れる類のものだ。あくまでも、深令の考えは深令にしかわからない、ということか。乗り移った先で乗り移られた人間の考えを読み取ることは不可能、と。ややこしいことこの上ない。なんだか馬鹿にされているように思えてきた。

「あなたには最初から犯人が分かっていたんですか」

「予知夢を見ましたからね」嬉しそうな表情を変えず、あっさりと言ってしまった。どうやら、最初からAを殺人犯として疑うべきだったのだ君たちは、ということを回りくどく言いたいらしい。

「娘を試したんですか」

「それもあります」彼女は右手の人差し指を立てる。「ただ、もう一つ。あなたを試した、というのもあります」

「俺を?」

 何故、俺なのか。

 それを訊くと、「予知能力があることはすでに娘が話したかと」と、見当はずれな言葉を繰り出してきた。

「確かに。しかし、どうして俺なんです」

「それが最適解だったからです。私は未来を予知します。予知しますと一言で言ってしまうのは簡単ですが、実際には複数の可能世界を観測することになるのです」

「複数の結末が見えると?」

「ええ。その結果として最適解だったのが今回の結末です」

「掘元さんは必要な犠牲だった、と?」

「そうです」臆面もなく答える。「この結末においては、ですが。掘元さんが殺されることのない結末も確かにありました。しかしそれでは他の住人が死ぬのです。それも現状より多くの人死にが出ます。あなたも数に入ってるのです」

「おかしいでしょう」俺は反射的に言葉を返す。「あいつらの目的は乗っ取ることであって、乗っ取りが失敗したから人死にが出たんです。現状よりも人死にが多く出るって、それはつまり乗っ取りに片っ端から失敗してるって形に」

「ですからその末の人死にだと言いました。あれやこれやと、どの世界線……つまり彼らビヨンドがこの世界にやってきて、この世界の人間を乗っ取ろうと画策した世界線……その全てを観測しても、このマンションにおける彼ら二人のビヨンドは乗っ取りに失敗し人死にが出る運命にあったのです」

「もともと成功確率そのものが低い計画だった、と?」

「成功例こそが例外であったと考えた方が良いのでしょうね。彼らは失敗すれば焦り、他の人間への乗っ取りを試そうとします。そして失敗する」

「全部見えていたのですか。ならば、掘元さんに白羽の矢が立った時点で、それは防げたのでは?」

「私は容易に動けません。娘も学校です。私が娘以外に乗り移ろうものなら、たちまち具合を悪くするでしょう。可能性を予測できても、直接関わることができない事例など幾らでもあります。たとえその予測を人に伝えたとて同じです。仮に娘のこの口から掘元さんの死期を伝えたとして、あなたは信じましたか? 信じたとして、私たちの世界よりもはるかに技術力の進んだ彼らの戦闘能力に、護符すらも装備していないあなたが太刀打ちできたでしょうか?」

「……無理でしょうね」それ以外言い返せない。

「そういうことです。知りながらも避けられない出来事というのはあるものです」

 それにしては無責任だ。「俺たちが事件を解決しようとしている間、あなたは何をしていたんです」

「娘の様子を見ながら、他の事件を解決していました。難事件でしたが……まあ解決できない類の物ではなかったので」

「娘が乗っ取られようとしているときに、別の事件にかかりっきりだったと?」

「言い方を考えましょう」言葉とは裏腹に穏和な表情を浮かべる。なんなら微笑んだくらいだ。「娘が探偵を志した理由は、もう聞いていますね?」

 深令が突如として殺人事件を解決しようとした理由は既に聞いている。

 母親が霊媒術を駆使した探偵だった。

 それだけで理由は十分に察することができる。

「そうですね。私に憧れる形で、私に肖ろうとしたのです」

 俺の思考に呼応するように彼女は言葉を発する。俺は何も訊いちゃいない。なんならさっきから会話だってまともに成立させていない。だがコミュニケーションは成立している。何故かと言えば、それは彼女が人の思考を読み取れるからである。本当に今更だけど。

「まあ、解決は力業でしたが」

「あの事件を力業以外で解決できたと?」俺は思わず反論する。論理を駆使してあの事件を解決できたか? 現実的な思考のみで、パラレルワールドの存在を肯定できたろうか? 深令の母親にその前提が通じている可能性は大いにあるだろうが、一般人には無理な話だ。

「ですよね。その通りです。私の推理にしても、いわゆる本格ミステリと呼ばれるような小説群で用いられているような解決などはしません。力業があるのみです。話を元に戻しますと……私は娘に助け船を出す役割を努めていました。その役割に徹していました……何故か? 私が娘に乗り移って解決しようものなら、それは娘の解決にはならないからですよ。極単純な理由なのです。先ほども言いましたっけ」確かに言っていた。理由は違えど。

「探偵として事件を解決するための試練、と言ったところですかね」

「ええ、そうです」忍逆の目が閉じかけている。憑依の限界が来ているのか。「あの、お話が変わるのですが」少し微睡みが混じっている。「娘とはどのような関係で?」俺の反応を伺うことなくそう訊いてきた。

 関係?

「深令とは夕方の公園で初めて会いましたよ。日課のランニングのルートの途中にある公園です。良い友人になれそうな気がします」そういえば、何故あの時あの場所だったのだろう。確か、彼女の方から俺に話しかけてきたのが最初だ。真夏にダッフルコートという妙な格好だとは思ったが、俺はそこから追求しようという気はまるでなかった。話しかけられたから追求したまでだ。

 俺は彼女に対して興味を抱いてはいなかった。

 むしろ、平凡な俺に対して、彼女の方が興味を抱いていたようにも思える。

「なるほど」と小さな声が彼女の口から聞こえる。その言葉の前にため息があった。俺の言葉にがっかりしたかのような反応だ。

「公園には、私が行くように言いました」

 俺の方が「なるほど」と言いたい。「あなたが、俺と深令を出会わせた、と」

「先ほども言ったように、私にはあらゆる可能性が見えていました。だからあなたを選んだまでですよ」

 そして選ばれた俺に、娘が探偵として事件を解決できるよう、補佐をさせた。……まあ、霊媒となった彼女を利用して、俺が事件を解決したかのように見えてしまう結果となったのは言うまでもない。

「それも折り込み済みです。ですので、あなたにはこれからも娘の手助けをしてほしいのです」

「あなたが事件の予兆を観測し、俺たちに事件を解決させる、という算段ですか」

 ふふ、と彼女は笑う。「あなたは、よく察しが良いと言われませんか?」

「久々に言われました」俺の返答で、彼女ははまた笑う。

「ひとまず私はこれにて失礼します」立ち上がり、ふらついた足取りで俺のベッドに向かう。「娘も夏休み中ですのでお気になさらず」そしてベッドに寝転がる。

「どういう意味ですか」

 彼女は答えない。

「気になるようでしたら、私の元へ来てください。直接お会いしましょう。その暁には、あなたのご両親についてもお話しできれば、と思います」

 今、両親と言ったか?

「それでは」

 それ以降、彼女は何も言わないまま、深令の身体から抜け落ちてしまったらしい。俺がなにがしかを問いかけても、言葉が返ってくることはなかった。

 わざわざベッドに寝たのは、恐らく憑依終了直後に意識のない状態に陥るからだろう。床に倒れ込んでしまえば、痛みを負うのは深令の身体だ。それを考慮しての行動か。こういうところを見るに、彼女も一人の親なのだなと実感する。

 五分ほどしてから深令は起きた。起きあがると、「以上、母親からでした」と。「お母さん、真刈君の両親のこと知ってるみたいだったね」

「意識はあったのか」

「一応ね。あの時の口寄せだってそうだったでしょ」そういえばそうだった。

「どうしますか真刈君」

「どうするも何も」母親の言葉を聞くに、あれは俺と深令にコンビを組んで探偵業をやってもらう、と言っているようなものだ。今回は都合良く犯人の方から殺人を告白してきてくれたから解決に導けたようなもので、あんな出来事がなかったら事件の真相なんて掴めていなかったし、世界の危機だって全く救えなかったに違いない。

 ……なんだかんだ言っても、退屈はしなかった。

「深令の家に行っても良いか」

「どうしたの急に」彼女は目を丸くする。別に、と返す。

「お参りだよ。事件解決のお礼とでも言ったらいいのかな。それと、」財布を見る。小銭がなく、千円札がある。世界の危機に比べれば安いものか。「これからの無病息災を祈りに行く」

「うちのお母さんにも会うんだよね」図星だ。だいたい、殆ど事情を知らない俺の両親についてほのめかされた以上、行く他はないだろう。

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