第3話
死のうと決心したのは、地図帳を開いたあの日だった。
なんの楽しみもないのにこれ以上生きていくなんて面倒で意味がないと思ったから。
終業式を終えて家に戻った私は、用意しておいた旅行鞄に食べ物や洋服を詰め込んでいった。それからマフラーを巻いて、コートを着込んで外の世界に飛び出した。
「さよなら」
家に向かって最後の言葉を言い残し、新しい世界に足を向けて歩き始めた。
私は都会の大きな駅に降り立った。
今頃、家では母が父や学校に連絡を入れているかな。
こんな娘でごめんなさい、お母さん。
「おい、そこの女」
後ろから男の怒鳴り声が聞こえてきた。私のことかと思って振り向くと同じ年頃の男が見覚えのある財布を持って歩み寄ってきた。その財布はまぎれもなく私の物だった。
「コートのポケット見てみろよ」
そう言われて自分のコートを見てみる。
驚いて声が出なかった。
本来、ポケットがあるべき場所が刃物かなにかで切り取られていたからだ。
財布を取り返してくれた男が言うには、これをやったのはプロのスリ師でほとんどの人が気づかない高等テクニックらしい。ポケットには、財布と死んだ時に身元がわかるように入れておいた生徒手帳が入っていたから本当に助かった。
私は深々と頭を下げてお礼を言った。それからまた歩き出そうとしたら男がニヤニヤ笑いながら話しかけてくる。うっとうしいなあ。
「家出少女がこんな都会になんのようだ?」
その言葉を聞いて少しばかりカチンときた私は旅の目的を男に言ってやった。
「自殺よ」
たった一言なのにとても重く感じられた。
初対面の人になぜこんなことを言ってしまったのだろう。
しかし、男は相変わらず笑っている。
「自殺なら地元でも出来るだろう。それか樹海いけよ、樹海」
男はタバコに火をつけると、私の手を引いて電車を下りたホームの反対側にやってきた。
「あっちから電車が来るだろう」
私はホームから少し身を乗り出して男が指さす方向を見つめた。
電車が遠くから音を立てて少しずつ近づいてきているのがわかる。
タバコの煙が視界をさえぎった。煙が鼻の中に入ったので大げさに咳をした。
「あれに飛び込めばお前の望んでいることが出来るぜ」
電車が私たちのいるホームに近づいてくる。
すごいスピードで走っているのでこの駅には止まらず通過していくだろう。
電車は急に止まることが出来ない。もし人が飛び出してきてもそのまま通過してしまうと聞いたことがある。だから死ぬときは一瞬の痛みを味わった後、身体はバラバラになって死んでしまっている。
ふと私は背中に少しの圧力を感じた。
振り向くと男がタバコを口にくわえながら私の背中に手を当てている。
「さよなら」
男は私が家に向かって言った言葉を口にして、私の背中を……。
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