彼女。

桜染

はじまり

 出会った時から、奇妙な縁が続いていた。


 小学校一年生、出席番号が前後で仲良くなった。

 小学五年生から委員会活動が始まって、一年に2つしか出来ない委員活動の半分が同じだった。

 クラスが違うのに一緒になった時もある。

 しかもそれが本当に一般の、リーダーでもなんでもない委員で、

「また一緒かよ」

「まじ何なの」

 と言葉を交わしながら、ニヤけを抑えるのが大変だった。

 多分、二人ともどこか似てたのだ。


 何の打ち合わせもしてないのに同じ委員になることに、特別な縁を感じていた。

 その上、高校も目指す大学も同じなんだから、もうずっと一緒にいるんじゃないかとすら思っていた。

 だからかもしれない。



 私は画面を見ながら溜息をついた。顔を上げると、目の前では友人がテニスをしている。

「あのさ、ちょっと相談があるんだけど」

 思ったより硬い声が出た。

「どうした?」

 隣に座ったもう一人の友人は、不思議そうな顔をしたのを横目で確認する。何故か、正面から彼女の顔を見れなかった。

「前に切った縁を繋げるか迷ってるんだけど、どうすればいいと思う? 」

 手の中のデバイスには、着信拒否をしている一つの連絡先。私の携帯の電話番号は変えてしまったから、その連絡先から連絡が来ることはもうない。

「何で切ったの? 」

 友人は私の顔から視線を外した。目の前では相変わらず別の友人たちがテニスをしている。何か面白いことでも起こったのか、笑い合いながらネットの付近で話している。

 その声が、随分と遠く感じた。

「イギリスに来る前にね、それまでの関係を全部切ったの。もういらないと思って」

「そっか」


 私がイギリスに来ようと思ったのは、もう1年も前になる。

 目の前に敷かれたレールの上を歩くのが、辛くなってしまったのだ。

 イギリス行きが確定したのが、今から4ヶ月前。その時に全ての連絡先を削除した。新しい道を歩く時に、以前までの道を進んでいる人を見ると苦しくなるだろうと思ったからだ。苦しくなるだけの、執着はあった。


 連絡先を全部消したとはいっても、LINEを消してしまえば大抵の連絡先は消えた。

 私のメールアドレスを知っている人は、以前の私の道とは大分違う道を歩んでいる人ばかりだったから、平気だった。電話番号を教えている人も、ほとんどいない。

 兎に角、振り返りたくなかった。


 でも、一つ誤算があったとすれば、彼が私の番号を知っていたことだろう。毎日来る心配のSMSに、耐えきれなくなって着信拒否をした。


「でもさ、今も着信拒否を消せないってことは、連絡したいってことなんじゃないの? 」

 友人が言った。

「連絡先なんて当然消してるんでしょ。だからその着信拒否の表示だけが、彼の連絡先を知る唯一の方法で、それを消せてないってことは、そういうことなんじゃないの」


 私はもう一度画面を見つめた。そこには着信拒否にしている一つの連絡先。今になって連絡しようと思い始めたのは、寂しくなったのか、惜しくなったのか、それとも何も言わずにいきなり関係を切ったことを心苦しく思っているのか。イギリスに行くと決まるまで相当心配をかけた。それなのに、イギリスに行くことさえ告げず、いきなり消えてしまった。


 画面を睨みつける。迷っている理由は、わからなかった。

 あの時捨てると決めたのはきっとそれまでの私で、そのために彼との奇妙な縁も捨ててしまって。でも、彼との奇妙な縁は好きだったから、こうして手を伸ばそうとして。だけど、あの頃の私を振り返ることに抵抗を感じている。きっとそんなところだ。


 一度捨てると決めた縁をもう一度結び直すことに、抵抗を感じている。だけど、縁を完全に断つことも出来ていない。そろそろ答えを出さないと、自分が疲れてしまう。


 何も言わなくなった私に友人は溜息をついて、「後悔しないようにしなよ」と言い、テニスコートに戻っていった。


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