Episode15: 不穏な空気
特に何事も無く、一週間が過ぎた。
今日も今日とて、いつもと変わらない一日が始まる。
「結良、たまには外に食べにいこうか」
今日は日曜日。週休一日の俺からすると一週間ぶりの休日だ。
変わり映えのしない日常に嫌気が差してきたところで、結良を誘って外食することにした。
中層のレストラン。
昼時とあって店内は混んでいたが、どうにか並ばずに入ることができた。
「結良、何にする?」
「んー、ナポリタンがいいです。にいさんは?」
「俺はハンバーグ定食にしようと思ってる」
呼び鈴を押して注文を済ませ、料理を待つ。
かなり混んでいるので、暫くは来ないだろう。
「そういえば結良、自分の部屋ほしいか?」
あれからというもの、結良には俺の部屋をあてがっているのだが、さすがにプライバシー的な問題がある。
夜は、俺がリビングのソファーで寝ているので問題ないのだが、さすがにこのままでは俺にしても、結良にしても不便だろう。
「でも……空き部屋ないですよ、にいさん」
「義父の部屋を仕切って、俺が引っ越せばいい。あの部屋、無駄に広いしな」
寝たきりの義父には、あんな広い部屋はもう必要ないだろう。
仮に正気を取り戻したら……それはそのときだ。
「にいさんはそれでいいんですか?」
「ああ。俺は別に問題ない」
「……私は別に、相部屋でもいいんですよ?」
「いやそれは不味いだろうよ……」
世の中には”男女七歳にして席を同じゅうせず”って言葉もある。
血がつながった兄妹とはいえ――いや、兄妹だからこそ、やはりそのあたりの別はつけるべきだ。
……そんな会話をしているときだった。
不意に、敷居をはさんで隣の席から、不穏な会話が聞こえてきた。
「おい……いつまでこんな暴政に屈してりゃいいんだよ俺たちは」
「あんさん、ちょっと声大きすぎますぜ」
「うっせぇ。そんじゃあアンタは何とも思わねぇってのかこの人でなしが」
「そうは言いませんがねぇ」
見たところ四、五十といった中年の男数人が集まっているようだった。
「クロノスだか鳥の巣だか知らんけどなあ、俺は
「たしかに、私もあの暴政にはもうウンザリですが」
「だろう? さっさと潰しちまわないと今度は俺たちが殺されるぞ」
……この一週間、俺の日常はたしかに平穏なものだった。
しかし、やはり下に住む民にとっては看過できないものなのだ。
下層に居たころは一日を生きるのに精一杯で。
上層に来てからは、それなりに裕福な生活をしてきた俺。
――いつかは自分たちも殺されるかもしれない。
そんなことは、考えたことも無かった。
なまじ日々の生活には少しの余裕があり、かといって下層に近く将来の見通せない中層――その中でも下の層に住む者であれば、みな感じていることなのかも知れない。
男が言うとおりクロノスの政策は、地上時代を知る者からすれば”暴政”以外の何者でもない。
しかし――否、故に。
その暴政を否定する者は即ち、暴政のもとで刑罰の対象となることを忘れてはならない。
「囲め!!」
誰かが発した言葉を合図に、店内の数人と、いつのまにか店外から入ってきたクロノスの紋章をつけている治安部隊に、男たちが押さえられていく。
「おい!! 何をする!」
「駐在所までご同行願います」
もはや”同行”ではない。ただの連行だ。
……おとなしくついて行ったとして、良くて共謀罪だろう。抵抗すると刑が増えてゆく。
「畜生め! まだ何もしていないだろう!」
「”まだ”動かないうちに押さえるのが仕事ですので。無駄な抵抗は首を絞めるだけですよ」
「ちっ」
幸い、男たちが暴れなかったおかげで直ぐに店が再び回りだす。
「お待たせいたしました、ナポリタンとハンバーグ定食でございます」
俺のハンバーグ定食は、少し冷めていた。
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