捕まった理由

平中なごん

捕まった理由《わけ》(※一話完結)

 これは本来なら守秘義務違反に当たるんですけどね。


 ちょっと警察関係者に知り合いがいまして、その方がオフレコで聞かせてくれた不思議な話です。


 もちろん具多的な事件名は出せませんが、その方はある強姦殺人犯の取り調べを担当したことがありまして、その取り調べをしている中で、犯人が「刑事さん、俺はね、あの女の霊にはめられたんだよ」なんて、奇妙なことを言い始めたんだそうです。


 その犯人の若い男は性犯罪の常習者でして、まあ褒められた人間じゃないんですが、その日の夜もいつもの手口として、利用客の多い電車に乗り込んで獲物を物色していたんだそうです。


 すると、しばらくして一人の女性が男の目に留まりました。


 どうやら仕事帰りのOLらしく、ストライプのダークスーツにタイトなミニスカートがよく似合う、長い黒髪の涼やかな眼をした美人ですよ。歳は20代半ばくらいでしょうか、もう完璧なまでに彼のタイプです。


 一目見た瞬間、男はその夜のターゲットを彼女に決めたそうです。


 それから彼女の降りる駅まで、少し離れた場所でこっそり監視しながらついて行き、彼女がその駅で降りると、やはり気づかれないよう距離をとって、男も一緒に降りて後をつけ始めました。


 自慢にもなりませんが、こういうことには慣れたもんですよ。つかず離れず、一定のスピードで、ずっと同じ距離を保ったまま、男は気づかれることなく彼女を尾行していきます。


 最初は電車から降りた乗客達でわらわらと混みあっていましたが、駅前の大通りから離れて行くんつれ、一人消え、二人消え…だんだんと周りに見えていた通行人達の姿は少なくなっていくんですね。


 やがて、賑やかな大通りから脇道に逸れると、車も人もほとんど通らならない、暗くて静かぁな夜の街に辺りの景色は変わっていました。


 静寂に包まれた夜の街に、カツーン、カツーン…と、ハイヒールの靴音を響かせて、男の前を彼女はもくもくと歩いていましたが、もう付近には彼女と男の二人しかいませんよ。


 しばらくして振り返った彼女は、どうやら男がついてきていることに気づいたんでしょうね。不意に足を速めると、だんだんにそのスピードを上げ始めました。


 当然、男も歩く速さをそれに合わせて上げ、けして離されないよう彼女について行きます。


 尾行に気づかれたことは、もちろん男にもわかりましたけどね、やはり慣れていますから慌てたりなんかしません。


 それどころか、むしろ、「これはしめたもんだ」と思って暗闇の中でほくそ笑んでいました。


 その降りた駅の周辺っていうのは、偶然にも男に馴染みのある街でしてね、土地勘があるから、どの道をどう行けばどこに出るのか、よーくわかってるんですよ。


 時折、チラチラと後を振り返り、カツーン…カツーン…と、ハイヒールの音を高らかに響かせながら、彼女はますます歩く速度を上げていくんですけどね、男を撒こうとしたのがむしろわざわいしてしまったものか? 悪いことにはどんどん、どんどん淋しい裏通りの方へと入って行ってしまうんです。


 ふと気づけば、照明も所々にしか灯っていない、真っ暗ぁな狭い路地裏に彼女は逃げ込んでいました。


「逃げなくてもいいじゃな~い! 一緒に楽しいことしようよお~!」


 もう気づかれてるのはわかってますからね、前を早足というより、最早、走るような速度で逃げる彼女を追いかけながら、男は大声で呼びかけたんです。


 彼にはわかってるんですよ。その路地の先が行き止まりになっていることが。


 しかも、路地を挟む両側は会社のオフィスが入る雑居ビルなんで、この時間だと大声で叫ばれても誰も助けになんか来ないんです。


「そんなに急いだって、どこにも逃げ場なんかないんだからさあ~! 無駄な努力はやめてそこで止まりなよお~!」


 まだ、その先に絶望しかないことをわかっていないのか? カツーン…カツーン…となおもハイヒールの音を響かせながら、行き止まりにあるコンクリートの壁目がけて一直線に進む彼女に、男も舌なめずりをしながらいよいよ迫って行きます。


 ところがですよ。


 彼女が行き止まりの壁の前にたどり着いたと思った瞬間、ふっ…とその姿が消えたんです。


「ええ? ……あれ、どこ行ったんだ?」


 最初は暗い路地裏ですし、照明の届かない影にでも入ったのかと思ったそうです。


 でも、壁のすぐ下まで行ってよくよく探してみても、どこにも彼女は見当たらないんです。


 狭い路地ですから隠れる所なんて少しもないし、壁も表面が真っ平らなコンクリート製で、背も高いので男性でも登って越えられるようなもんじゃない。


「いや、確かにあの女をここに追い詰めたはずだよな? なにがどうなってるんだよ……?」


 獲物を追い詰めたと愉悦に浸っていたところから一変、目の前で起こった不思議な現象に呆然と立ち尽くす男でしたが、その時、彼の耳元で女の声が囁いたんですね。


「来てくれるの、待っていたわ……」


 その声を聞いた瞬間、男はゾクっ…と、背筋に怖気が走るのを感じたそうです。


 囁くように微かな声でしたが、そんな恨めしさの籠った、なんとも恐ろしげな女性の声なんですね。でも、どこか聞いたことのあるような声でもあるんです。


 それでも、先程の女性なのかと思って男は振り返ったんですが、するとそこには、彼女とは似ても似つかない、二人の男が立っていたんです。


「あの~すいません。こういうもんなんですがねえ。いったいここで何をしてるんですか?」


「じつは三年前にここで起きた殺人事件について調べてるんですがね、ちょっとお話、聞かせてくれませんかねえ」


 グレーのロングコートを着たその二人の男性は、そう言って警察のバッジを見せるんですね。


 そう……彼が以前起こした強姦殺人事件を捜査している刑事達だったんです。


 そこで、男はようやく思い出したそうですよ。


 そういえば三年前、同じように女性を襲って殺害した場所が、まさにその路地裏だったってことを。


 刑事達はその夜、偶然にも事件現場をもう一度見に来ていて、昼間でも人気ひとけのないその場所で、いかにも不審な行動をとる彼を見かけたってわけです。


 もしかしたら、殺した女性の霊が犯人に復讐するために、その事件現場へと誘導したのかもしれませんね。


 まあ、好みのタイプだから似ていただけかもしれませんが……思い出して見れば、男がその夜、追いかけていた女性と、三年前に襲って殺害した女性の容姿はそっくりだったそうです。


 それに、男が耳元で聞いた「来てくれるの、待っていたわ……」っていう女の声、それもなんだか、殺した女性の声に似ていたような気がするっていう話です。


                          (捕まった理由 了)


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捕まった理由 平中なごん @HiranakaNagon

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