第97話『妖精と案山子の密談』



――プロトフォーム安置室 




 スケアクロウはリニアトラムを乗り継ぎ、別区画に隠してあったプロトフォームポッドをチェックしていた。



  翡翠の侵略者Emerald.Amber.Raider.に侵食された戦闘機――そこからジェミナス02の 精神パーソナルコンポーネントを抜き出し、このプロトフォームと呼称される新しい体へ移植するのだ。これは、電子生命体だからこそ可能な荒業である。



 SF的なフォルムが印象的な、一人乗りの脱出艇。もしくは、未来的流線系にデザインされた、棺桶のような物体――これが、プロトフォームが格納されているポッドだ。数は三基。室内で、その時を無言で待ち続けている。



 スケアクロウは、バックアップ用の有線接続に異常がないか、最終チェックを行っていた。



「…………。よしっ! 異常はないな。あとは、ルーシーが首尾良くやってくれれば、彼女の命は救われる。んでもって、ジーニアスの臓器とルーシーたちを異世界へ送り届ければ、万事OKハッピーエンドってわけさ」




 スケアクロウは自身で言ってしまった、ある言葉に傷つき、悲しげな口調で独り言を口にする。




「ハッピーエンド……か。うまくいってほしいが、いつも大抵、トラブルに見舞われるからな。しかも最低最悪のタイミングで、だ」




 そして重い溜息を吐きつつ、胸にしていた本音をぶちまけた。




「あ~あ、味わってみてぇな~。ハッピーエンドってやつをさ。


 俺も、エイプリンクスも、ミスターストライプも、まるで呪われているかのように、ハッピーエンドとは縁遠いからな。


 為すべきことを為し遂げた時、その人の前には、いったいどんな光景が広がっているのかな?」




 素朴な疑問を口にし、スケアクロウはある方向へ視線を向けた。




「――――んでさ、君はどう思う? 四人目の客人、、、、、、さん」





 スケアクロウは独り言を喋っているわけではなかった。


 ある人物へ向けて語られている言葉だった。


 しかしスケアクロウの先には、やはり誰もいない。それでも彼は、姿なき存在へ話し続ける。





「ん? 君の言いたいことは分かるよ。すでに気付いていたさ。


 ルーシー、エリシア、リゼ、そしてだ。


 ビジターのテクノロジーじゃ不確定要素として認知できないが、俺には四人目である君を捕捉できた。


 そもそも論として、ビジターに見つかる前に、君たちを掬ったがあるだろ。アレは特製品なんでね。いくら存在が不安定化している君でも、存在を捕捉できないほど脆弱ではない」




 スケアクロウは見えない相手に向けて、右手を挙げ、敵意はないことを示す。




「言っておくけど、別に君を責めているわけじゃないんだ。


 存在が不安定なのは、君が生まれ持った特性だ。


 おそらくだが、君がこの旅に同伴するきっかけになったのは、妖精の力を駆使した例の屋台。あそこから、君たち三人の旅は始まったのではないか?


 しかしジーニアスどころか、ルーシーやエリシアたちにでさえも、君の存在が見えておらず、認識できていなかった。つまりその特性を、君はコントロールできていない。


 そこで、だ。ジャジャジャ! ジャ~ン!! コイツの登場だ!!」





 スケアクロウはポケットからあるものを取り出し、それをプロトフォームポッドの上に置く。そしてそれがなんであるのかを、掻い摘んで説明する。





「この、魔光石が輝く胸当ては、存在を安定化させる魔導具だ。ちっこい からと侮る無かれ。君の魔力に呼応して、不安定な存在を安定化させる特性ガジェットさ。


  の狭間にいる0.5という君の存在が、これを装着することで、“1” として固定化される。


 つまりこれを胸に着ければ、皆が君の存在を、誰もが把握できるようになるんだ。――これでもう、見えない妖精ではなくなるね。


 君の声も姿も、他者に聞こえるし、皆に見えるようになる。


 どうかな? デザインは向こうの世界でも馴染むよう、かなり気を使ったつもりなんだけど……」





 しかし、プロトフォームポッドの上に置かれた胸当てを、拾う者はいなかった。



 なんともいえない無言の間が、だだっ広い部屋の中に流れる。



 あまりの沈黙に耐えかね、スケアクロウは恐れていたある事実を口にする。





「―――ん? もしかして……誰もいない?


 え?! はァ? おい嘘やろ!


 いやいやそんなはずは……たしかに気配がしたはずなんだけど。じゃあ あれか、誰も居ない空間に向かって、俺はずっと話しかけていたのか? うわぁ~。な、なんか、恥ずかしいや……」




 スケアクロウはそう言いながら、バツが悪そうに右手でポリポリと頭を掻く。



 そんな彼の後ろで、ポッドに置かれていた胸当てが動く――それが宙に浮くや否や、静止し、刹那の閃光を放つ。




 光の中から、白いワンピースに薄い桜色の髪を靡かせた、麗しき妖精が顕現したのだ。



 彼女は恐る恐る目を開け、自分の体を確認する。



 久々に目にする自分の手。



 妖精は感動し、その目に涙を浮かべた。そしてプロトフォームポッドの光沢部を鏡代わりに、自分の顔を確認した。



 妖精にとって、自分の顔を見るのは初めてではない。存在が安定化している時は、水場で自分の顔を確認した事がある。



 だが他の妖精のように、それが毎日できるわけではなかった。



 久々に見る自分の顔に、馴染みがないせいか驚いてしまう。『あ、あれ? こんな顔だったっけ?』と。



 しかし昔に見た自分の顔を思い出しつつ、『ああそうだ……たしかこれが私の顔だった』と、ようやく納得ができ、自身のアイデンティティの確立し、安堵する。




 そんな仕草を眺めていたスケアクロウが、安心した様子で語りかけた。




「うまくいったみたいだね。よかった。にしても めっちゃ美人さんだね! ルーシーやエリシアも美人さんだけど、君もすっごく綺麗な人だよ!」




 妖精は声をかけられるのに慣れておらず、『ひゃ!?』という表情を浮かべ、ポッドの影へ隠れてしまう。


 スケアクロウは驚かしたことに陳謝しつつ、顕現化した妖精に優しく語りかけた。




「あぁ!ごめんごめん!! 驚かすつもりはなかったんだ。


 その胸当ては、君の意思に反応して、存在を点けたり、消したりもできるから。とくに今は、ビジターに見つかるといろいろとマズいから、身を隠す時に使用してね」




「………」




 妖精は胸当ての魔光石をコンコンと叩きつつ、存在を消したり、点けたりと試してみる。


 すぐさまコツを掴んだらしい。まるでライトを点けたり消したりを繰り返すように、存在の有無を繰り返せるようになった。

 



「そうそう、上出来上出来。その胸当てなんだけど、君に進呈するよ。


 仕様なんだけど、防弾防水仕様で、魔術回路も結晶内部に編み込んだから、構造は単純――つまりシンプルであるが故に、壊れにくいんだ。


 なにせ50口径の弾丸3発にも耐えられたから、まぁ向こうの世界でも、問題なく暮らせるはずだ。


 物理的に破壊されない限り、そのガジェットは機能を喪失することはない」




 淡々と説明するスケアクロウ。


 そんな彼に対し、妖精はある疑問を懐き、それを男に向けて問いかけた。




「――――、――――?」



 妖精の口がパクパクと動くが、それが音声として声帯から発っせられることはなかった。しかし不思議と、スケアクロウには彼女がなにを言っているのかが、、、、、、、、、、、聞き取れた。



 こういった摩訶不思議体験に慣れているのだろうか。スケアクロウはそれに関して疑問を抱くこともなく、ほくそ笑みながらも、少々気恥ずかしそうに答えた。



「え? どうしてここまでしてくれるのか?――て? ん~まぁ、あれだ。困ってる人を見過ごせないっていうのが半分……建前。


 もう半分の個人的感情としては、誰かに……感謝されたかった。というのが半分さ」




「――――?」




「おかしいかい? まぁフェイタウンでは、誰かにお礼を言われたり、感謝されたりするのは普通なのだろう。


 だが俺は人間で、実は魔族側に勇者――つまり戦争の切り札として、異世界から召喚されたんだ。


 ああもちろん、フェイタウンとは別の世界での話だよ。


 故にこう……魔族のために尽くしても、称賛されなかったり、政治的には早々『消すべきだ』と思われていたりもしたんだ。


 俺はどう逆立ちしても、魔族じゃなくて人間だからね。


 とくに好戦派には、人間の勇者なんて存在そのものが屈辱だったろう。


 フェイタウンで言うところのギフト――それが どんなに優れたギフトだとしても、仮に一騎当千戦、戦場を覆す程のギフトを持っていても、尊敬や称賛、相応の評価がされないと、人の心は、衰弱していくもんさ。



 まるで気付かぬうちに溺れるように、ゆっくりと、穏やかに、ね。



 命を守ってあげているはずの魔族から、逆に命を狙われる……身を削った国防の果てが それじゃ、ほんとキツイよ。



 だからね、妖精さん。その胸当ては……私のわがままであり、ただ単に、私が誰かに尽くすことで、笑顔や、感動、感激、驚く姿が見たかっただけなんだ」




「――――。 ―――――!!」




「そこまで言ってくれるだなんて……嬉しいな。政治的な駆け引き無く、そうして純粋に、誰かに褒められるのは……心に沁みるよ。


 あ! そうだ!


 まだ、君の名前を訊いていなかったね」




「―― ―――」




「ミーア! 君の名前はミーアって言うんだね。とっても良い名じゃないか!


 私――いいや、今の俺の名はスケアクロウ。


 ビジターには特異点と呼ばれている。俺の本当の名は――――


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