第47話『ルーシーとハンドキャノン』
―――同時刻 地下訓練場
コボルトの志村と駄菓子屋の二人。彼らが白鰐と死闘を繰り広げている同じ頃―――訓練場観覧席もまた、混迷を極めていた。
ゼノ・オルディオスが解き放った人型の魔獣。
紫色の肌。目のない顔。――そして左右に開く歪な口 という、醜悪で悪意に満ちた造形。
それだけでもグロテスクだが、それらをより一層引き立ててしまうのは、その魔獣のとっている行動だ。
最初こそ、人型の魔獣は統制の取れた動きを見せていた。制御管理室に近づこうとベールゼンを、数の暴力のみで押し返したのだ。陣形も立ち位置もバラバラで、戦法はまるで動物地味たものではあったが……。
だがそれでも圧倒的な数というものは、時として質を凌ぐ力を持つ。今回がまさにそれだった。
――しかし時間が経つにつれ、状況は奇妙な方向へ傾いていく。
人型の魔獣が、仲間割れを始めたのである。
そのきっかけは、あまりに粗末で些細なものだった。
ベールゼンやサーティン、レヴィが攻撃を避け、受け流した際に魔獣同士の攻撃が当たってしまう。始まりはたったそれだけ。それを発端に、仲間同士の小競り合いとなり、次第に乱闘へと発展。――終いには、観覧席全体を巻き込む、混沌の坩堝と化したのだ。
この人型の魔獣に、コアはない――従って、自らを強化するために仲間を襲っているのではない。ただ純粋に、内にある苛立ちや衝動を発散するためだけに、仲間を無作為に襲い、他者へ暴力を注いでいるのだ。
仲間であるはずなのに、互いに牙を立てて噛みつき、押し倒し、殴り、そして手足を引き千切る。
まるでその様相は、人の醜い部分を凝縮させた悪夢。現世に地獄の門を開け、その中身を解き放ったかのような光景だった……。
そんな混沌の中―― ベールゼン、サーティン、レヴィは、悪戦苦闘していた。
単に自分たちだけに牙を剥くのなら、まだ良い。
なぜなら敵の行動が容易く読めるからだ。だがこの乱戦状態では、敵がどう行動し、どのように攻撃してくるのかが、まったく予想できない。
ただでさえ、数に押され、目的地にすら近づくことができない。しかもこの
次々と石畳の隙間から紫色の液体が溢れ、それが人型となってあふれ出てくる。その体型や大きさも次第に増え、多種多様と化す。餓鬼のような体格の魔獣もいれば、中には暴食を具現化したかのような、巨大な個体も確認できる。
終わりの見えない戦い。
徐々にではあるが、三人に疲弊の色が見え始める。マーモン達を救いたいが、今は己の身と、ルーシーたちを守るのでやっとだ。
そしてルーシーも、彼女なりに戦っていた。獣族の亜人であるエリシアを誘導しながら、時に庇い、時に励まし、彼女を必死に守っていたのだ。
「エリシアちゃん危ない!! こっちよ!!!」
ルーシーはそう言いながら額の汗を拭い、周囲を警戒しつつ、エリシアの様子を確かめる。
エリシアの耳に、ルーシーの言葉は届いていなかった。
騙された事が、そうとうショックだったのだろう。震える手で指を組み、もう何者にも耳を貸さないと、取り憑かれたかのように祈り唱え続けている。彼女が崇拝する、翼人の神を……。
ルーシーはそんな彼女の手を取り、レヴィに守られながらも、比較的 安全な場所へと移動する。安全な場所といっても、レヴィの後ろや、座席の影へ隠れることくらいだが。
そして、悲劇が起こる。
乱闘で吹き飛ばされた、人型の魔獣――その個体とレヴィが激しく衝突。彼女は座席に叩きつけられ、脳震盪を起こして倒れてしまった。
思いがけないアクシデント。
サーティンとルーシーが同時に、倒れた彼女に向かって叫ぶ。
「「レヴィ!!!」」
その悲鳴を聞きつけたベールゼンが、レヴィのフォローに回ろうする。だがしかし、肥大化した腕を持つ人型の魔獣に、体を捕まれてしまう。巨大な手の中でもがくが、身動きが取れない。
「うグッ?! サーティン! お嬢様を頼む!!」
サーティンはベールゼンの言葉に頷き、ルーシー直属の護衛に就こうとする。
だがそんな彼を、小人のような魔獣が大量に纏わり付き、動きを封じてしまったののだ。
「ええい離せ! クッ?! こうなれば!!」
サーティンは範囲攻撃による雷撃で、蟲のように群がる小人を引き剥がそうとするが、あと一歩のところで、それを止めてしまう。なぜなら このまま範囲攻撃魔法を行えば、稲妻の猛威に、ルーシーとエリシアを晒すことになるからだ。
ルーシーたちは、護衛という守護天使を失ってしまう。そんな無防備となった二人に、魔の手が迫ろうとしていた――まず犠牲になったのは、エリシアだ。
人型の魔獣が死角から二人に忍び寄り、エリシアの足を掴んで逆さに持ち上げる。
ルーシーが咄嗟に奪い返そうとするが、あと一歩で届かず間に合わなかった。
エリシアは恐怖のあまり泣き叫び、悲鳴を上げている。
その悲鳴に釣られるように、人型の魔獣は争いを止め、彼女に
あれだけ互いに争っていたはずの魔獣たち。彼らは、鳴き声とも、嗤い声ともつかない形容し難い声を上げ、エリシアを我が物にせんと奪い合う。
その光景の結末は、容易に想像できよう。
ルーシーは恐怖で足が竦み、その場にへたりこんでしまう。助けようにも、攻撃魔法が使えない彼女では、もはや どうしようもなかった。
魔獣たちは腰を抜かしているルーシーを素通りし、新しいおもちゃこと、エリシアに群がっていく……
傍観することしかできないルーシー。彼女は か細い声で、助けを求めようとした。『だ、誰か…… ジーニアスさん……助けて――』と。だがその時、ふと、彼に渡しそびれた
ルーシーは腰に下げていた麻袋に手を突っ込み、急いでそれを取り出した。白い長方形の物体。異世界で造られたそれは、赤いメタリックラインを吐息のように胎動させている。
手に収まるほどの白き物体。ルーシーは、その物体に向かって叫んだ。
「お願い力を貸して! 現地協力者の緊急支援権限を申請します! スリープモード解除を!」
すぐさま長方形の物体から、中性的な声で答えが返ってくる。
『音声認識作動。現地協力者ルーシー・フェイを確認しました。ジーニアス・クレイドル戦闘中を確認。支援のため、火器使用権限を譲渡します』
白き長方形の物体が、真っ黒に染め直されていく。そして赤きメタリックラインが青へと変わり、その形状も複雑かつ難解なプロセスを経て、質量を増大させていく。
ルーシーの手の中で形状が変わり、現れたモノ。
それはジーニアスが使用していた、あのハンドキャノンだった。
ルーシーは両手でグリップを握り、ハンドキャノンを構える。そしてエリシアに集まる人型の魔獣へと向けた。そして――
「エリシアちゃんから離れて!!」
引かれるトリガー。サブマシンガンモードでキャノンが咆哮する。エリシアを奪い合っていた魔獣の群れ――その人型の猛獣は、射出されたプロトンによって、紫の肉塊となって崩れ落ちていく。
ルーシーは慣れた手つきで、ハンドキャノンをショットガンモードに可変させる。そして今度は、サーティンに纏わり付いている小人の魔獣へと狙いを定め、敵を薙ぎ払い、吹き飛ばしていく。
エアパルスショットガン
圧縮した空気を射出するこの形態は、暴徒鎮圧に特化したノンリーサル・ウエポンである。そして、小さなクリーチャーを味方から引き剥がすのに、格好の武器でもあった。
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