第46話『白き巨大な猛威』
薄暗い地下道を駆け抜ける、二人の男。
唯一 幸いなことは、ここがパイプラインに向かうための通路だった点だ。もう一階層下なら、鼻もつんざく悪臭と戯れるところだった。
コボルトの志村は走りつつも、後方に向かってソードオフ・ショットガンを撃つ。――牽制だ。
巨獣は口内に散弾を叩き込まれた際、悶絶しながらのたうち回っていた。
痛みを知り、恐怖で後退る獣。
決して無敵ではない。
死を恐れている。
――ならば、たとえ当たらずとも、発砲音だけで反射的に怯む。少しでも、あの獣との彼我距離を開け、地上に逃げる好機を稼げるだけ稼げば御の字。志村はそう考え、走りながらも断続的に攻撃していた。
二連装バレルから薬莢を排出しつつ、志村は叫ぶ。
「走れ駄菓子屋! いちいち立ち止まるな! 逆に体力を消耗するぞ!」
「んなこと分かってる! あんたが道案内してくれねぇと、どっちに行っていいのか分からねぇんだ!」
「こういう時は、鼻と直感を使うんだよ こっちだ!」
「簡単に言ってくれるぜ!
「駄菓子屋ぁ! 言っておくが俺は犬じゃねぇ! 俺は――――」
コボルトの志村は背中に下げていた猟銃――ベアハンターを引き抜く。そして暗闇に紛れている獲物へ狙いを定め、トリガーを引いた
「――――狼だ!!」
その言葉と共に、散弾が獲物に喰らいつく。
攻撃を受けた白き鰐は、体液を流しながら憤怒した。怒りは他の感情を侵食し、生物の根本的欲求である食欲すらも忘却させてしまう。
憎悪と報復。
そして、最後の
白き
「志村さん! あいつ怯まなくなったぞ!!」
「怒りに我を忘れやがったな! 仕留め損ねた肉食の獣っていうのは、こうなると厄介だ!」
「頼むから『なにか策がある』って言ってくれ!」
「あるからやってる! ぶつけ本番だから、失敗しても文句言うなよ!!」
「ぶつけ本番って、なにするつもりだ!」
「駄菓子屋! 次の曲がり角をまがったら、俺に構わず走り続けろ! いいか、さっきみたいに止まるなよ!!」
二人は曲がり角をまがる。
駄菓子屋はそのまま走り続け、志村は耳栓をしながら、曲がり角でしゃがみこむ。そして なにかを設置し終えると、急いでその場所から離れる。
そのわずか3秒後、件の
白き鰐は勢い余って壁に激突――壁面のパイプを破壊しながらも、コボルトの志村に喰らいつこうとした。
その強靭な顎が、志村を捕らえるか否かの瞬間―――地下道はオレンジ色に包まれる。
熱波と爆風―――続けて 炸裂音が地下道を揺らす。
志村が曲がり角でしかけたモノ。それは、対巨大クリーチャー用 特殊地雷だった。
駄菓子屋は爆風で押し倒されて転がる。耳鳴りに朦朧としながらも、顔を横に振り、爆発がした方向を見る。
「今のは?! し、志村さん! まさか…………――自爆!?!」
消えていた照明が再び灯る。どうやら爆発の影響で、一時的に魔力供給線が滞ったようだ。
地下道の照明がついたが、それでも砂埃で視界は不明瞭。数メートル先も見えない濃霧のような状況である。
駄菓子屋の亭主は、生存を信じ、必死に志村の名を呼び続けた。
「志村さん! おい嘘だろ…… 志村さん生きているんだろ!! 志村さん返事をしてくれ! こんな終わり方は ねぇだろぉ!!」
するとすぐ側の瓦礫の下から、独特のしゃがれた声が聞こえる。
「駄菓子屋よぉ……たのむから勝手に殺さんでくれ……」
「志村さん! どこだ! この瓦礫の下か?! 待っててくれ、今どかすから!」
急いで瓦礫をどかすと、砂埃まみれの志村が横たわっていた。彼は奇跡的にも無傷で、誰の手も借りることなく、咳き込みつつ一人で立ち上がった。
「痛ぅ……。ゴホッ!ゴホッ! あの地雷は、ゼノ・オルディオス用に こさえたもんだが……まさか、こんなところで使っちまうとは……」
「でも、そのおかげで助かった。いつもあんな地雷を?」
「まさか。言ったろ、あの女のために、わざわざ用意したんだ」
「志村さん。その口ぶりじゃ、あのゼノ・オルディオスがこの地下にいるみたいじゃないですか」
「………」
志村はその問いかけに答えなかった。ゼノ・オルディオスの気配を感じる方向を凝視し、眉間にシワを寄せている。
その沈黙がなによりもの答えだった。
駄菓子屋の亭主はすべてを悟る。
「嘘だろ?! ここに奴らが!」
「まだわからんよ。だがあの女の臭いが、次第に濃くなっている。さっき屠った白い鰐も、魔獣と同じく、あの女が配備した
コボルトの志村は猟銃に破損がないかを確認し終えると、ジャケット下に隠し持っていた南部式拳銃を、駄菓子屋の亭主に渡そうとする。
「駄菓子屋、こっから先はなにが起こるか分からん。『一人で地上まで戻れ』と言いたいが、あの鰐が一匹だけとは限らねぇ。悪いが俺は、こうして自分だけで手一杯だ。だからよぉ、自分の身は……自分で守れ」
駄菓子屋は志村が差し出す拳銃を受け取らなかった。彼は青ざめた表情で南部式拳銃から一歩後退り、絞り出すような声でそれを拒絶する。
「志村さん、すまねぇ。俺はもう……二度と銃を握らんと心に決めたんだ。俺には、その資格はない」
その言葉に、コボルトは目を閉じて彼の想いをくむ。
「そうか、訳ありか……」
それでも志村は心を鬼にし、南部式拳銃を託す。
個人の……いや、
拳銃 を直接は手渡さない。
彼の下げていたエプロンのポケットに、拳銃を無理やりねじ込む。そして、こうまでして拳銃を手渡す理由を、駄菓子屋の亭主に告げた。
「だがそれでも、持っておけ。
こっから先はもう、なにが起こるのか本当に分かん。
その時になって
そして彼の肩を優しく二回叩き、猟銃を構えて先導する。
「そんじゃお礼参りと行くか。さぁ、こっちだ。向こうから妙な感じがする」
◇
二人は400メートルほど地下道を歩く。あの白き鰐による襲撃以降、なんら障害はなく、無事にたどり着いた。
コボルトの志村は構えていた猟銃で、目的の場所を指し示した
「あそこだ。間違いねぇ あの奥になにかあるぞ」
目的の場所は水圧扉の奥にあった。
駄菓子屋の亭主は歩きながらも目を細め、少し遠くからドアの上に書かれた文字を音読する。
「ここは……配管作業員が寝泊まりする、簡易宿泊所か」
「兼、倉庫って感じだな。工具や油の臭いもする」
駄菓子屋の亭主が、言葉を使うことなく視線で『俺が水圧扉を開ける』と告げる。
コボルトの志村はそれに頷き、『頼む』と目配せした。そしてソードオフショットガンの銃口を、これから開くであろう扉の隙間へと向ける。
重々しい扉が開き、室内が
二人が目にしたもの。
それはまさに言葉を奪うものであり、おぞましい光景だった。
「し、志村さん?! これは? いったい な、なんだこれは?!」
壁から生えた巨大な水疱。
水疱から浮き出ている血管は、木の根のように張り巡らされ、床や壁と同化している。
水疱の中は羊水のような液体に満たされており、人と思われる
コボルトの志村は、引き金に指を乗せたい衝動に襲われつつ、それに銃口を向けながら観察する。
「まさかこれが……ゼノ・オルディオスの正体? いや違う、あの女の臭いはするが、どちらかというと余所者の匂いが強い。この肉袋の中に、囚われているのか?」
「志村さん、なら助けねぇと」
「いや待て、早まるな駄菓子屋。こいつは、あの女が仕掛けた罠かもしれねぇ。じゃなきゃこんな所に――」
志村の言葉を、轟音が遮る。
開けたままだった水圧扉が吹き飛び、室内をこれでもかとバウンドする。重厚な扉がボールのように跳ね回り、ベッドや工具棚を破壊――最終的に、水疱 横の壁へと突き刺さって停止した。
金属の甲高い衝撃音に、駄菓子屋の亭主は耳を押さえて狼狽する。
「うぉおぉお?!! あぶねぇ!なんなんだ?!」
志村はショットガンを、水疱から出入り口へと向ける。
銃口の先にあったもの――それは地雷で斃したはずの、あの白き鰐だった。
紫色の体液を流し、狭い出入り口を無理やり抉じ開けようとしている。何度も突進を繰り返し、それに耐えかねた壁や天井にヒビが入っていく。
志村はまさかの事態に「馬鹿な……」と言葉を漏らしてしまう
「野郎、バジリスクすらも屠る地雷を耐えやがった!」
「志村さん! 出口はあの水圧扉しかねぇ! 退路を絶たれたぞ!!」
「袋のネズミか。いやはや情けねぇ……獲物を仕留めるマタギが、獲物が仕掛けた罠に、まんまと引っかかっちまうとはよぉ!」
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