第43話『三人の勇者』



 ゼノ・オルディオスはレミーの口を使い、悪魔のような翼を広げて叫ぶ。




「さぁ!! 来い!!!」




 ジャスミン、マーモン、そしてジーニアスの三人が、一斉に駆け出す。




 守るべき仲間であり、同時に最大の敵となってしまったレミーを救うべく、戦いを挑む。


 目指すはレミーを傀儡にしている元凶――魔獣のコア。だが、それがどこにあるのか、そもそも本当にそれが有るのか、なんら一切の確証はない。



 偽魔王の言ったすべてが、後悔の念へ突き落とすための嘘であり虚言。その可能性も大いにありえるのだ。




 だが現状、他に選択肢はなく、それを信じて戦うしかない。




 そもそも嘘とは、ほんの一握りの真実から加工される場合もある。


 ゼノ・オルディオスの言い放った、真実とも、虚言とも分からぬ濃霧。先の見えない闇の中を、三人は可能性という灯火を信じ、前に向かって突き進む。



 しかし――いや、やはり、そう易々とは事は運ばない。



 レミーと同じく忠実な下僕と化したヴェルフィ。彼が疾風の如き速度を持ってして、三人に立ち塞がったのだ。


 ヴェルフィはまず、先陣を切るジャスミンに狙いを定め、襲いかかる。




「ジャスミン!! 危ない!!!」




 マーモンが護りに入る。彼はジャスミンの腰に下げられていたナイフを借り、ツーハンドソードとの二刀流で、剣を振るう。



 マーモンはこの三人の中で、ヴェルフィとの付き合いが長く、彼の癖を多く知る人物だ。そもそもヴェルフィの力量は、フェイタウン――否、オルガン島トップクラスの人材であり、大陸の猛者と肩を並べる程の技量を持つ。



 まだ魔法の使い方を熟知していないジャスミン。そして魔法に関してまったく知識のないジーニアス。そんな彼らに、ヴェルフィの相手をさせるのは、あまりに酷であり、多大なリスクが伴う。



 ヴェルフィと共に戦線を駆け抜けたマーモン。彼こそ、ヴェルフィの相手に相応しかった。



 マーモンはヴェルフィと戦いながら、立ち止まったジャスミンに向けて叫ぶ。




「止まるな! ヴェルフィの相手は俺が! レミーを頼んだぞ!!」




 ジャスミンは頷き、この場をマーモンに託す。




 ジャスミンが立ち止まったため、先行する形になったジーニアス。




 ゼノ・オルディオスは、微笑みと共に客人ジーニアスを歓迎する。




 指をパチンと鳴らし、場を盛り上げるための障害やくしゃを送り込む。




 ゼノ・オルディオスの悪魔のような翼が、熱せられた蝋細工のようにドロドロと溶けていく。それらは溶解し、ゼリー状の半個体となって背中へ集まる。ブクブクと歪に膨らみ上がり、水風船のように液体をぶち撒け、破裂した。




 破裂した中から現れた “モノ” ――それは無数の触手だった。触手はヴェルフィに匹敵する速度で、ジーニアスへと迫る。



 まるで無限に感じるほど伸びていく触手。それらは途中で絡み合い、樹の幹のように太さを増す。



 太き破城槌のような触手と、ジーニアスの影が重なった瞬間。土煙が巻き上がり、石畳が粉々になって吹き飛ぶ。触手がジーニアスごと、地面へと突き刺さったのだ。



 ジャスミンは金色の髪を靡かせながら走りつつ、彼の名を叫んだ。




「――――ッ?!! ジーニアス!!!」




 土煙の中からジーニアスが出現する。


 なぜ彼はあの攻撃を避けれたのか? それはナノマシンが交感神経を意図的に操作し、任意の神経伝達物質を過剰放出――スーツ内の各種センサー群とリンクさせつつ、視覚的反応速度を極限まで高めたからだ。


 そのためジーニアスの体感時間は、まるでスローモーションのように緩やかに感じ、あの触手の攻撃すらも避けることができたのだ。



 通常の場合、高機能端末デバイスによる演算――つまり未来予測で事は足りる。



 だがしかし、魔法という不確定要素が関与すると、演算結果に微細な齟齬が生まれる。プログラムにおいて、たった一文字のスペルミスが致命的なミスであるように、未来予測におけるわずかなズレもまた、間違いなく、死へと繋がっているのだ。


 そのためジーニアスは懐中時計型のデバイスではなく、脳内物質の操作による処理能力の向上・最適化によって、この戦場に適応していた。





 できることなら、これら力は本物のゼノ・オルディオス戦に備え、温存しておきたかった。だがしかし、もはやそんな猶予はない。



 なぜなら、




「ヴェルフィ、すまない。君と、そして君が大切に想っている女性ひとを救うため、私は! 君と交わした約束を破る!!」



 

 この戦いに、失敗と敗北は許されない。


 必ずや、勝利を手にしなければ、ならないのだから……。



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