第44話『新しい命を その身に宿して…… 』




 土煙を抜けたジーニアス。彼は触手の上を足場にして走る。




 レミーの背中から新しい触手が生え、それがジーニアスへと伸びていく。



 背中から伸びる触手群――その姿は、すべての命に慈悲を持ち、救いの手を差し伸べる 千手観音のような様相。


 だがそれは、シルエットが酷似しているだけのこと。


 背中から伸びるそれ、、は、暖かな手ではなく、ヌメヌメと蠢く不気味な触手である。しかもその先端は針のように鋭く、殺意を宿したそれは、“救い” とは程遠い。



 

「――――ッ!!」




 ジーニアスは襲いかかる細長い触手に対し、袖下から剣を抜き振るう。その剣は、この世界のものではない。ハンドキャノンと同じく、ビジターに支給される装備の一つ、リキッドソードだ。


 非戦闘時は液状化し、袖の内部に格納されている。そして戦闘時には硬質化し、鈍器――もしくは鋭利な刃物として使用できる近距離専用装備インファイト・ウェポンだ。


 ジーニアスは襲いかかる触手を、次々に斬り捨てながら走る。


 ゼノ・オルディオスは、触手の上を走るジーニアスを振るい落とそうとする――が、一足 遅かった。


 ジーニアスは、樹の幹のように太い触手を足場にし、落とされる前に跳んだのだ。


 彼は飛翔しながらも、襲いかかる触手を斬り払いし、ゼノ・オルディオスへ肉薄する。


 しかしいくら距離を詰めても、弱点であるコアを見つけなければ意味はない――ジーニアスはマルチスキャナーを展開。その場所を探し当てようとするのだが、




「なに?!!」




 ジーニアスは斬りそこねた触手の一本に、足を掴まれてしまった。そして振り回され、ジャスミンに向かって投擲されてしまう。



 ジャスミンは、こちらに向かってくるジーニアスを見て、慌てふためきながら狼狽の声を上げた。



「う、嘘でしょ!?」



 手をかざすジャスミン。彼女は咄嗟に青色の魔法陣を展開し、ジーニアスを受け止める。その魔法陣は高所から降りる際、衝撃を緩和させるための魔法だ。


 あくまでも、その効力は緩和。


 ビジターの超テクノロジーのように、重力制御で慣性や衝撃をゼロにするわけではない。


 ジャスミンはジーニアスをガシッと受け止める。そして彼を抱きかかえたまま、ゴロゴロ石畳の上を転がる。先程とは真逆の立場となったジャスミン。彼女は立ち上がりながら周囲を警戒し、ジーニアスの身を案じた。




「ジーニアス! 無事か!」



「受け止めて頂いたおかげで、肉体的損傷は皆無です。ですが……」



「なんだ?」



「ナノマシンのバッテリー残量が低下しています。戦闘継続が最低水準まで落ち込んでおり、しばらくすれば私は――」



「なのましん? ばってりー? わけの分からん異国の単語を使わないでくれ! つまり……えっと、なにが どうなんだ!」



「もうすぐ私は戦えなくなる。可能ならば、短期決戦で早期の幕引きを図りたい」



「マーモン氏も講習で言っていたな。ギフトにしろなんにしろ、並外れた強さには、それ相応の代償が伴う と。聞いた話では、お前は あのゼノ・オルディオスと肉弾戦を繰り広げたそうだな。なのに――」



 敵が二人の会話を許すはずがない。触手の魔の手が、ジーニアスへと迫っていた。


 

 ジャスミンは襲いかかる触手を斬り捨てながら、話を続ける。



「――そう易々と、贅沢にその力、、、は振るえまいよ!!!」




 ジャスミンの見解は間違いだ。



 実際、ビジターの持つテクノロジーのほとんどは、執行可能な状況ならば、易々と振うことができる。



 だがスーツの創電機能喪失により、ナノマシンのバッテリーに頼らざるを得ない状況へ陥ったのだ。


 正規の手順なら、帰還か修復で事足りる。



 しかし、厳密に言えば、ジーニアスはもうビジターではない。



 離反者インサージェント



 もう二度と、故郷の地は踏めぬのだ。



 

 魔法が使えず、ナノマシンに依存しているジーニアスに、残された手札は少ない。戦いが長引けば長引くほど、戦力が失われ、立場は不利になる。



 短期決戦で勝負に出る他、勝機はない。



 ジーニアスはジャスミンの背中を預け、互いの死角を相殺しつつ、襲いかかる無数の触手を斬り捨てて行く。

 


 だがそれも限界だった。


 訓練場から観覧席が見えなくなるほど、ジャスミンとジーニアスは、大量の触手に取り囲まれてしまったのだ。


 まるで肉の壁のように聳える触手――その壁は少しずつ、円を描きながらジリジリと狭まっていく。


 ジャスミンが白き魔法陣を展開させ、結界を張る。透明なガラスのような半球によって、触手が狭まるのを防ぐことに成功した。だが、安堵は ほんの束の間。ピシリという音と共に走る亀裂――結界にヒビが入っていく。




「クッ?! 取り囲まれたか…… ジーニアス! インパクト・ウィンドで この触手を結界から引き剥がす! 触手が怯んだ隙に、再度ゼノ・オルディオスへ向かうぞ!」



「待ってください。あと数分で索敵結果を得ることができます。コア、もしくはなんらかの弱点が見つかれば、それを重点的に叩き、レミーを救うことができます。あと数分間、結界の維持を」



「なにを悠長な! お前に残された時間はないのだろう! そもそも敵が、大人しく待つものか。ジーニアス、覚悟を決めろ。あとは神に祈り、運命を天に任せるしかない!!」



「神に祈るのは万全を期し、待つしかない状況で行う事だ。だが我々は違う。戦場に立つ当事者なのです。だからこそデータを元に、然るべき最善の策を――」



「ああまどろっこしい! その通りここは戦場だ! だが戦場で長々と会議する暇などないのだ! 神の御心を信じ、前に出る勇気を持つ者だけが、勝利を手にできるのだ……」




 ジャスミンは呪文を詠唱し、足元に緑の魔法陣を展開させた――その刹那、ジャスミンを中心に衝撃波が炸裂。触手は無理やり紐ほどかれ、僅かな隙ができる。




「さぁ行くぞ! 我が勝利の御旗に続け!」




「ジャスミン! 勇気と無謀は、違うというのに……」




 彼女一人で行かせるわけにもいかず、かといって立ち止まっているのも危険だ。仕方なく、ジーニアスもジャスミンに続く。



 彼は走り、戦いながら、マルチスキャナーの索敵結果を調べる。


 

 マルチスキャナーとは言っても、万能ではなく、魔法の類は一切検出できない。


 この機能の特筆すべき点は、物体内部を非破壊で垣間見れる事だ。


 すべての物質を通過するニュートリノ――それと同じふるまいをする非電荷性人工粒子を散布し、物質通過時に反応するデータを元に、区域の情報を得る。



 機体や人体内部の損傷箇所の有無。その発見のみならず、軍用レベルになると、壁越しでの狙撃や奇襲の際に使用される。



 魔法は検知できないとはいえ、人体内部を詳細に垣間見る事は、多大なメリットがある。コアへ繋がる なんらかの手がかり――もしくは、構造上の欠点、及び弱点。その情報を敵に察知されることなく、こちらが事前に入手できるのだ。



 この戦況を覆し、優勢に立てるかもしれない。



 だからこそジーニアスは肉薄し、危険を冒してまで捜索を行っていた。



 彼は地下訓練場を駆け抜けつつ、リキッドソードを振るい、索敵結果を脳内で閲覧する。



――そして彼は目にしてしまう、それは希望であり、今の現状において絶望に繋がってしまう、恐るべきモノを。




「そんな……こんなことが?! 待てジャスミン! 攻撃の中断を!!」




 しかしジャスミンの足並みは止まらない。



 もはや彼女の目には、ゼノ・オルディオスしか映っておらず、神の祝福を信じ、勝利する事しか見えていないのだ。



 その一騎当千ぶりは、まるで現世に降臨した戦女神である。



 針のように鋭利な触手に恐れることも、怯むことすらもなく、猛攻を叩き斬り、レミーの元へ駆け抜けていく。




 ジーニアスは最短距離を計算し、最適な行動でジャスミンを目指す。そして振りかぶり、今まさにレミーへ斬りかからんとする彼女の懐に飛び込み、攻撃を妨害する。




 まさかの出来事に、ジャスミンは激怒する。





「ジーニアス?! 貴様ァ! どういうつもりだ?!」


「レミーに攻撃してはならない! 駄目なんだ!!」





 しかし二人に会話する余裕はない。こうしている間にも、触手は襲いかかってくるのだ。ジャスミンは仕方なく、態勢を立て直すためレミーから、一旦 距離を取る。


 そして触手の猛攻が薄まると同時に、ジーニアスを問い質した。



「それで理由は? 事と次第によっては許さんぞ!!」


「このままでは……三人を救えない」


「三人? まさかゼノ・オルディオスまで救うつもりか!  お人好しにも程が――」


「――違う! レミーのお腹に、新しい命が宿っているんだ。無闇に攻撃してはならない。こうなった以上、確実にコアだけを狙う必要がある。攻撃が反れて腹部に当たりでもすれば……」




 ジャスミンの背筋が凍る。



 もちろんレミーに傷つけることなく、慎重に、アーマー部分だけを攻撃するつもりだった。


 だがしかし、ジーニアスの言う通り 万が一という事もある――いや、厄介なことに戦場では、その万が一が往々にして起こり得るのだ。




 ここに来て、ジャスミンとジーニアスに さらなる制約が科せられたのだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る