第6話

 「先ず、米国政府が非難し続けてきた宣戦布告の遅滞に絞って調査書の報告内容を整理してみよう」塚堀がエリザベスに向かって告げる。

 この日もエリザベスは髪をいつものようにアップにして後頭部で束ねている。塚堀にとっても女性と頭を突きあわせて書を広げるのは珍しいことで新鮮に感じられる。

 「リズ、出向先の海軍で日本政府の暗号通信を傍受していたと思われるレベッカのお父さんは、東京から送られた日本政府が宣戦布告だったと主張する文書の暗号電報を目にした可能性があるね。この調査書に収録されている傍受記録を調べるとスミスに宛てた至急電報の理由を解明する鍵が見つかるかもしれない。先ず、あの十二月七日になにが起きたのかを知る米国の記録を抽出してみよう」


 ふたりは会議室のテーブルに分厚い議会レポートをはさんで座っている。

 エリザベスが、その一ページを指して、「調査書によれば、日本からの外交電報は偶数日には陸軍が、奇数日には海軍が解読と翻訳に当っていたとあるわ。翻訳された電報が先ず国務省とホワイトハウスに送られ、その後に他の関係先に配付されていたのだわ」

 でも、と首を傾げたエリザベスが、「不可解なことに、この配付先には真珠湾の防備に当っていた陸海軍両司令部は含まれていなかったのね。両司令部はつんぼ桟敷に置かれていたことになるわね」

 ページを追っていた塚堀が手元のノートと付き合わせしながら、「驚いたことに、米国は分刻みの記録を残している」

 塚堀が報告書の第四章にある“その日の出来事”の部分を指差す。

 「それに米国での受信時刻だけでなく、日本での発信時刻も探知していたわ」

 「十二月六日のワシントン時間午前六時五十六分に日本の外務省が発電した外交電報九〇一号を米国は午前七時二十分に傍受しているね」

 「時差が十四時間存在するから、ワシントン時刻の十二月六日午前六時五十六分は、東京時刻では十二月六日の午後八時五十六分だわね」

 「そうだ。日本で出版されたある書に日本の外務省の内部資料が引用されている。それによると、外務省は六日午後六時半に発電し、東京中央電信局が七時十分に中継したとあり、発信時刻には日米の記録には差異がある。しかし外務省の記録では、ワシントンの日本大使館の受信時刻は六日の午前十時だったとある。米国は大使館よりも二時間以上前に傍受していたことになるね」

 「九〇一号電は米国が“パイロット・メッセージと呼んだ電報だわね。この電報で日本の外務省はワシントンの日本大使館に、十四通に分割したハル・ノートへの日本政府の正式回答文書を発電することを予告していたのだわ。なぜ、分割したのかしら?」

 「それは突然長文の外交電報が日本から打電されると米国に怪しまれるからだ、とされている。だからか、この電報にも分割された十四通の電報にも至急の指定はなかった」

 「外務省は米国が外交電報をすべて傍受していたことを知らなかったからね。米国はパイロット・メッセージと呼んで注視している」

 「このパイロット・メッセージで予告された外交電報九〇二号を米国はその日の午前十一時四十九分から午後二時五十一分の間に傍受している。外務省の記録では、中央電信局の中継はワシントン時間では六日午前七時半から十時二十分で、大使館は正午から午後三時の間に受信していたとあり、こちらは双方の記録に大差がない」

 「これらは十三分割されたもので、回答文書の結論部に当る十四通目は含まれていなかったと調査書にあるわ」

 「そうなんだ。これが後々までなぜかと疑問視されたことだ」

 「最後の十四通目が発電されたのは」といいながらエリザベスが報告書の記述を追う。

 「ワシントン時刻では翌朝十二月七日の二時三十八分だったと記録されているわ」

 「外務省の記録でも、七日の午前二時とある。ワシントン時間の七日は真珠湾攻撃の当日だね。十四通目は翌日まで発電されなかったことになる。しかもこの十四通目にも至急の指定がされていなかった」

 「これを米海軍が午前三時五分から十分の間に傍受して、七時三十分から八時の間に関係先に送付したとある。ホワイトハウスは十時に受取っているわ。十三通目とこの電報の間には半日以上の時間差があったことになる。なぜかしら?」

 「数時間の差であれば問題にすることでもないだろうが、十三時間もの間結論部分は外務省内で発電が差し止められていたんだ。当時の日本政府内にはそうしなければならない事情があったことになるね」

 「その事情とは?」

 「米国側の事情だけを記録したこの議会報告書は当然のことながら日本政府内の内情にまでは言及していない。だからこの報告書からは知ることができないね。日本側の記録に頼る必要がある。商社の同年入社で退職後に日米史を研究している友人がいる。その友人に尋ねてみよう」

 その友人からの返事は日本で起きた奇怪な出来事を告げていたが、ふたりがそれを知るのはしばらく先のことになる。


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