真珠湾奇襲 米国に史実を隠蔽する格好の口実を与えた“宣戦布告の遅れ

ジム・ツカゴシ

第1話

 ここに一九四一年十二月八日付けニューヨークタイムズ紙がある。

 その一面は大きな活字で、真珠湾上空に達した日本海軍艦載機群による最初の急降下爆撃は、日曜日だった前日の七日午前七時五十五分、米国東部時間では午後一時二十五分のことだった、とある。湾内に係留されていた米太平洋艦隊の戦艦、巡洋艦、駆逐艦などが上空からの爆撃と湾内に落とされた魚雷の攻撃で壊滅状態に陥った。 

 すでに語り尽くされた日本軍による真珠湾攻撃である。書店の棚には真珠湾攻撃をきっかけに始まった日米戦争に関する書籍が溢れている。 


 毎年日本では十二月八日、米国では七日になると、真珠湾の惨状を撮らえた白黒のフィルムがテレビに流れる。そのフィルムに映る黒煙を上げる大きな戦艦がアリゾナ号だ。あの日の真珠湾での米軍の戦死者は三千四百人といわれているが、戦艦アリゾナはその三分の一に相当する千百七十七名の死者を出した。

 艦内の弾薬庫が引火で爆発を繰り返し、浅い湾内の海底に鎮座したアリゾナ号は、他の艦艇が後に引き揚げられたにもかかわらず、燃料がいまだに漏れ続けているために遺体も収容されないまま、慰霊碑として保存されている。


 日本の外交電報を傍聴していたと考えられる米海軍諜報班の一員が、大学時代のルームメイトでその戦艦アリゾナに機関将校として乗組んでいた友人に、あの日の早朝に至急電報を送っていた。

 その至急電報とはなにを伝えようとしたものだったのか。

 一組の男女が、日本ではこれまでほとんど引用されることがなかった米国に残された記録を振り返ってその謎に迫る。 

 やがて、ふたりはこれまでの歴史観を覆す重大な史実に行き着くのである。


  

 ケンタッキーの早春は州全体が新緑で覆われる。窓を開け放った塚堀敦彦の会計士事務所にも穏やかな陽光が射し、心地よい微風がカーテンをなびかせている。事務所は南隣のテネシー州に近い地方都市であるグラスゴーの町にある。

 そのような春の土曜日の午後にひとりの中年女性が事務所を訪れた。エリザベス・マッキンレーは近くの総合病院に勤める看護師である。

 数年前のことだ。エリザベスが死亡した新生児のことで相談に訪れたことがあった。ちょうど確定申告の時期であった。産後の肥立ちが芳しくないために入院中の女性の未熟児が死亡した。確定申告に際してこの生後数日で死去した未熟児を扶養家族に加えることができるか、という女性からの問い合わせがあったからだ。

 めったにないケースであるが、出産後わずか数日で死亡した子供を扶養家族に加えることの是非を疑問に抱くのはもっともなことである。扶養控除の有無は納税額を大きく左右する。

 米国の税制は、生誕直後に死亡した場合であっても、その年一年の間扶養家族であったとして扶養控除の申告を認めている。

 長く会計士業に携わる塚堀だ。時折このような問い合わせがある。その後も、患者に代わって納税や遺産相続に関する問い合わせがエリザベスから折に触れあった。


 「リズ、久し振りだね。元気そうでなによりだ」

 「ジム、確定申告で大忙しなのに無理をいって、ごめんね」塚堀はジムと呼ばれている。

 「リズ、毎年のことで、それも後二週間で開放される。電話の話では君のお母さんのことだとか。どんなことなんだ?」

 「実はね、三日前に母宛に外国から封書が届いたの。差出人はケイマンとかいう国の銀行からだわ」といってハンドバックから封筒を取り出した。

 「母も私もケイマンなど聞いたこともないし、手紙の内容が内容なので、それであなたに相談に乗ってもらいたくて」

 「リズ、ケイマンは一度訪れたことがある。カリブ海に浮かぶ英国領の島だよ」

 「まあ、ケイマンをご存知なの」

 「君のお母さんは、確か介護施設に入居していたはずだが」

 塚堀の事務所から数分の地に二百人ほどの患者を収容する私営の介護施設がある。

 「そうなの。ジム、あなたはご承知のことでしょうけど、介護保険に加入していても保険がカバーする条件が厳しいから大変なのよね」

 「リズ、承知している。そのことで相談に訪れる人が少なくない」

 「父のジョンが亡くなってからしばらくは母は自宅に独りで住んでいたの。でも、家の修理や維持に手がかかるし、二度も転倒して救急車で運ばれることが起きてね。それで自宅を処分して、介護保険の受給資格を満たす認知症の症状が出始めたことにして、母を施設に送り込んだの」

 塚堀は似たような話を他でも耳にしたことがある。 


 エリザベスから受取った封筒から取り出した手紙を読み始めた塚堀が、「レター・ヘッドには英領ケイマン諸島に本社を持つ信託銀行とある。宛先がレベッカ・ジョンソンとなっている。リズ、レベッカの苗字はギブソンだよね」

 「ジョンソンは結婚前の実家の苗字なのよ」

 塚堀が一読した手紙は、ケイマンにある信託銀行に運用が委託されていた最近死去したマイケル・スミス名義の現金と有価証券の譲渡に関することであった。スミスの遺言にしたがって、スミスの遺産財団がジョージ・ジョンソンまたはその一人娘であるレベッカ・ジョンソンに米ドルで七桁台の資産を贈るので、同封した名義書き換えのための書類に署名の上、資産の移管先を連絡するように、譲渡する金額は遺産財団が残額を査定後に通知するとある。

 七桁台とは少なくとも百万ドルもの多額の遺産を譲渡する遺言があったことになる。手紙のコピーがケイマン諸島の首都にある弁護士事務所と遺産財団を管理するハワイの弁護士事務所にも送付されていた。


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