回りくどい帰結

来条 恵夢

「殺害対象にどんな容赦が必要だと?」

「見つけた」

「…どちら様で?」

「おい、まさか、今更女装くらいで誤魔化せると思ったのか? 正気か?」


 こちらが常に正気を疑っている相手に、そんなことを言われてしまった。

 雪季セッキは、ため息の代わりに一度深く瞑目し、セットに時間のかかった髪からかんざしを引き抜いた。そのまま、ごく自然な流れのように相対する男の咽喉のどに尖った先を突きつける。

 が、いなされ、手首をつかまれる。


「久しぶりの挨拶になんて物騒なことを」

「…離せ」


 頭一つ分とは言わずとも、近いほどに身長に差がある。体格も、筋肉質で厚みのある男に対して、雪季は可憐なドレスに身を包んでも違和感のないほどに華奢だ。

 目くらましになるので便利ではあるが、女性ほどではないにしても力で勝負に出られないところは、なかなかに難ありだ。

 睨みつけるが腕は掴まれたまま、男はしげしげと雪季の格好を見遣った。ややあって、腹立たしいほどにさわやかな笑みを浮かべる。


「よく似合ってる」


 本気で言っているのか嫌味なのか、判別が難しい。そして、どちらであっても腹立たしいのに変わりはない。

 雪季は、手首をつかまれたままに指先で簪をはじき、自由な方の手で受け止めて男の腕を刺した。さすがに驚いたらしく、ようやく離れる。小さく血がにじんだ。


「相変わらず容赦ないな」

「殺害対象にどんな容赦が必要だと?」


 思い切り冷気を込めた言葉に、男――今回の殺害対象は、もう一度破顔した。

 今までの付き合いを振り返るまでもない嫌な予感、いや、推測に、雪季は小ぶりなパーティーバックから携帯端末を引き抜いた。

 気付かぬうちに届いていたメッセージに頭を抱えたくなる。


「またか…!」

「よかった、ちゃんと伝わったな? 今回の君の依頼人はしっかり逮捕された。金の動きも押さえたから、ここで俺を殺したところで報酬は入らない」

「どうせそそのかしたのもお前だろう、毎度毎度、無駄なことをさせるな! 自殺願望があるならじかに依頼すればきっちり殺してやる!」

「死にたい? 俺が? まさか」


 貴公子然とした薄っぺらい笑みに、こぶしを叩き付けたくなる。

 しかし男は、パーティーに誘うかのようになめらかにしかししっかりと肩を抱き、完璧な笑顔も微塵も揺らがない。


「そんなことよりも、船が出たからには少なくとも丸二日、海の上だ。逃げるなよ?」

「…はかったな」

「ハイリスクな殺人業から俺の仕事仲間に鞍替えすれば、後は豪華客船の旅を楽しめばいい」

「断る」

「その返事は聞き飽きたな。せっかくいつもとは違う格好なんだし、違う返事がほしいところだ」

「断る!」


 ところで詰め物には何を入れてるんだ、と無遠慮にドレスの胸元に手を突っ込まれ、男の顔面にひじを叩き込んだ。

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