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場所を間違えただろうか、と思いながら、莉雄は錆の浮いた門をくぐり、玄関の引き戸に手をかける。鍵はかかっていない。莉雄はゆっくりと戸を開けた。
そこには……なにも無かった。
正確には、ただただどこまでも、真っ白な空間が広がっている。外から見えた縁側も畳張りの床も無い。まっしろな空間だ。
表の通りに出れば、そこには寂れた平屋があるように見える。中身は真っ白な空間という奇妙な場所だった。壁という概念が無さそうな作りであるため、この空間がどこまで広がっているかもよく解らない。
そこに大翔が居るのが解る。正確には、大翔と
真っ白な空間に革張りのソファーが五つ。円形に並べられている。
うち一つは慶が既にふんぞり返りながら腕を組んで考え込んでいる。
別の一つには大翔が座って、思いつめたように何かを見ている。
また別のソファーには、背もたれの上に反対から座っている洋服を着たスパルトイが居る。そのスパルトイは何か文庫本を読んでいる。
大翔は
「よぉ……その結果は、俺は予測してなかった」
どこか安心したようでありながら、まだ何か問題を抱えているようで、その不安は顔が顔に出ていると莉雄は感じた。
莉雄は苦笑しながら大翔にの言葉に返す。
「その結果って?」
「俺は……また俺の前から莉雄が居なくなることを予想してた。その予想が良い形で裏切られたのは、正直嬉しい限りだよ」
慶は莉雄に気付き、大翔と莉雄の会話に口を挟む。
「なんだ? その予想ってのは?」
「ん? まぁ……それは莉雄から言った方が良いことだろうな」
慶はむっとしながら大翔に言う。
「へいへい。俺はこの作画ミスで背景書き忘れたみたいな謎空間の説明も適当にしか受けてないから、そこもしっかり頼むぜ」
大翔はそれに対して少しおどけた調子で返す。
「いきなり拉致って悪かったって。でも、小鳥遊はもう俺のこと疑ってただろ?」
「まあな。糸織に送ったメッセの内容が、見事に危険から遠ざけようっていう、誰かの意思を感じたからな。それで得するのは誰かって考えた。他にも、いくつか怪しかったが、それが決め手だった」
慶は自分の左腕をまじまじと見ながら言う。
「記憶の書き換えも、源口の仕業なんだろ。最近は徐々に思い出してきてる」
大翔はその言葉に頷いて言う。
「ああ、俺は記憶改変を維持してるつもりだったんだが、莉雄の能力がそれを妨げているらしい」
莉雄は自分を思わず指さした。
大翔は続ける。
「莉雄の能力は『治癒促進』それが本来の莉雄の能力だ。おそらく、無意識に何度か使ってるはずだ」
更に大翔はこう付け加える。
「莉雄と接していると、元の形に戻っていくのだと思う。それが良い方向でも悪い方向でも、正常に戻そうとする能力なんだろう」
正常……記憶が書き換えられているという異常を治癒していっていた、ということなのだろうか?
だから、記憶操作に一人だけ抗ったり、他の人の記憶操作を解除したりしていたのかもしれない。自分に治癒能力があること自体忘れていたのに。
大翔が言う。
「まあ、お陰で慶には疑われるわ、葵には泣かれるわ、莉雄に関しては不安に駆られるわで大変だったがな」
「うぅ……ごめん……」
「いいさ。いい方向に進んでいるなら何も問題ない。慶も……タイミングはバッチリだっただろ?」
何のことか、莉雄は慶を見た。
少し気恥ずかしそうに目線を泳がせながら、慶は言う。
「髑髏スパルトイと莉雄が争うために駆け出した直後に源口に連れ攫われたんだが、拉致られたタイミングがな……正直スパルトイに襲われて死ぬ直前だったから、助かった……そこはありがとう」
「おう、そこはどういたしまして」
莉雄がそのことに驚いた声を上げながら問い詰める。
「ええ!? 待って、学校に居なかった理由って、スパルトイに襲われてたの? 他にも居たってこと? どこに!?」
「え? あー、なんか、姿消せる奴だよ」
「そういうのが居るって気づかなかった……ごめん」
「いや……その、それはお前の責任じゃないだろ? 気にするなよ」
莉雄は、髑髏スパルトイさえ遠ざければ何とかなるという考えだったのを申し訳なく思った。
その様子は、慶としては、自分の不覚からの一連のいたたまれなさが増して仕方がない。
咄嗟に話題を逸らすために、慶は、洋服を着ているスパルトイを指さして言う。
「そうだ、そのスパルトイはなんだ? 聞きたかったんだけど……」
先ほどビルの上で戦っていた時の服装のまま、ブラウスやスカートは破け、ストッキングも穴が空いて、スパルトイとしての黒い脚の地肌が見えている。
手に持っている文庫本から顔を上げずに、そのスパルトイが言う。
「“そのスパルトイ”、って名前じゃない。私は……
枝折は慶の方を見ない。変わらずソファーの背もたれに反対側から座っている。
少しの沈黙が流れ、慶は表情を崩さずに「そうか」とぼやくように言って続ける。
「そいつは悪かったよ。殺しに来ないスパルトイは初めて見たもんだからな」
莉雄はちょっと、自分の事情に関して言い出しにくい気がしてしまった。
そういえば、
莉雄が大翔に聞く。
「
大翔はため息をつき、その後少しの間を置いて話し始める。
「葵に関しては、彼女の意志でここに来るのを待ってる状態だ。実は、一足先に葵には色々、簡単にではあるが説明した後なんだ。
慶がこの言葉を受けて大翔に、ソファーの上でだらけた状態のまま言う。
「おいおい。俺が
大翔はすぐには答えない。
少し間が開いてから、大翔は言う。
「葵が来たら、全部を話そう。葵には説明が重複する部分もあるだろうけど……俺から話せることは全部、話すことにする」
莉雄は、大翔に聞いてみることにした。
「大翔は、どこからどこまで知ってるの?」
「またアバウトな質問だな。知ってることは知ってるが、知らないことは知らない。んで、もっと言うと、何を知らないかも知らない」
「あ、うん。そうだよね」
ちょっと沈黙が流れ、大翔が言う。
「いや待って、今のは何か知りたくて言ったんじゃないのか?」
そこに慶も加わって莉雄に言う。
「おう。俺もてっきりなんか質問するための前振りかと思ったんだけど」
二人が急に自分の方を疑問の元凝視するので、莉雄は焦った。
「え? ええ? あ、え、いや、あの、そういう、つもりじゃなかったんだけど……」
それに思わず慶も言葉を返す。
「いやでも普通何か聞くだろ!」
「何か聞かなきゃだめ?」
「駄目じゃないけどもさ、いやむしろ何か聞いておいてくれた方が、外野としては落ち着くけども」
「ご、ごめん。質問が浮かばなくて」
「謝るなよ。なんか俺が悪いみたいじゃん!」
「あ、う、ごめん」
「お前が悪いわけでもないからな!」
その様子に大翔が必死に笑いをこらえているのに、莉雄と慶が気づいた。
大翔が言う。
「いや、悪い。莉雄が変わってないってのを確証持てて、なんか無性にほっとした」
莉雄は、大翔が自分の記憶をひたすら封じてきたのは、自分がスパルトイに戻ることを危惧してのことだったのだと、このときはっきりと理解した。
それが怖くて、記憶をいじることで封じてきたのだと。そんな危険な状態の自分とも善き友人であり続けてくれたのだと、莉雄は思った。
莉雄は大翔に対し、自然と笑みがこぼれた。
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