けれど、事実がキミを逃がさない


 その影はアリーサが振り返るより早く、刹那が切りつけた腹部へ拳を叩き込む。アリーサが電撃を放とうとするタイミングで、自身が纏っていた襤褸を投げつけ、その隙に彼女の足を払う。倒れた彼女へ右拳を叩き込もうとするも躱される。


 莉雄の目の前には、二体のスパルトイが居る。一体は自身をアリーサと名乗ったスパルトイであり、黒く細い骸骨のような外見をしている。もう一体のスパルトイは、洋服を着ている。赤い革靴に白いタイツ、赤いロングスカートに白いブラウスを着ている。首元の赤いリボンタイが栄える。手には茶色の皮手袋をしている。頭だけが、黒色のフルフェイスヘルメットのような、スパルトイ特有の外見を残しているように思えて、逆に妙である。

 体制を立て直したアリーサが激昂するように言う。


「ええい! どいつもこいつも! 思い通りにならない!」


 洋服を着たスパルトイも、なぜか大翔に向って怒り始める。


「話が違う! どうしてそこに莉雄くんが居るの! なんで、なんでもう、ほんとに、本当に! 源口 大翔! お前のデリカシーの無さはどうにかならないのか!!」

「いやぁ、悪い悪い、でも、おかげで莉雄が助かったしさ、いやほんと悪かったって。背に腹は代えられなかったんだよ、枝折しおりちゃん」


 枝折と呼ばれたスパルトイが、表情のない顔ながらはっきりと睨み、莉雄に気付いて目線を逸らしたことを、莉雄ははっきりと認識した。

 そこにアリーサが電撃を放つ。枝折は回避し、電撃は大翔によって防がれ、莉雄には届かない。


「おい! 流れ弾が防げなかったらどうするんだ!」

「うるさい! 私は機嫌が悪い!」


 そのやり取りをかき消すように、アリーサの放つ雷撃の轟音が響く。

 大翔がぼやく。


「うはー、女同士の争い、怖っ」


 スパルトイ同士の戦いは、すさまじい物だった。アリーサは、刹那との闘いを遊びだと言っていたが、その意味が解る。

 枝折の放った左フックを、アリーサは掻い潜り、右手で放った掌打を放つ。その右腕を左膝と左肘で抑え込むも、アリーサから電撃が発せられ、咄嗟に枝折は距離を取る。距離を取った枝折の頭部へ蹴りが放たれるが、それを右腕でいなして右肩に担ぎながら膝を折りにかかるも、また電撃でいったん仕切り直しになる。このような格闘戦が絶え間なく続けられている。


 大翔が言う。


「さて、そんじゃ、俺らは逃げるぜ」


 そう言った大翔に対して、莉雄は抗議する。


「待ってよ。あの二人の戦い、相手が勝ったら元も子もないし、それに何より」


 莉雄の視界に、うつ伏せで倒れて動かない刹那が写る。


「刹那を、友達を助けないと」

「あ? 友達って……ああ、なるほど」


 大翔は頭をガシガシと音がなるほど掻きながら唸る。


「大事な友達の一人なんだ。見捨てられない。なんとか、なんとか助けたいんだ」


 大翔は意を決したように、莉雄の両肩を掴む。


「いいか、あいつは……あいつは……」


 だが、言いよどみ、言葉は出てこない。なんとか大翔が言葉を絞り出して言う。


「あいつは、お前の……俺たちの敵なんだ! あいつを助けることはできないんだよ!」


 莉雄は耳を疑った。

 そして、思わず首を振って否定しながら言う。


「違う、違うよ。刹那は、ここまで守ってくれたんだ。危ないところを助けてももらったんだ! 見捨てられない!」

「だとしても、そうだとしてもだ! 俺は……俺は……俺は、あいつの友達じゃない」


 大翔が必死に絞り出した答えはそうだった。

 大翔が言った言葉に、莉雄は嫌悪感を覚えた。


「なら……ボクは、刹那を助けてから、大翔を追うよ。一緒に行けない」


 莉雄は大翔の手を振り払おうとするも、大翔は莉雄の肩を放さない。

 絞り出すように大翔は言う。


「駄目だ。頼むから……もう、俺の前から居なくなるようなことを……言わないでくれ」


 そして、大翔は莉雄の前で泣き崩れ始める。莉雄の肩に乗せられていた手は下へと降りていき、彼の手を強く握っている。

 流石に、莉雄も大翔の様子に違和感を覚えて言う。


「大翔? ねぇ、は、大翔? どうしたの!?」


 そこに、枝折が大声で呼びかける。


「限界だよ、源口。もう、白兵戦だけじゃ、無理だ。能力を使わせてもらう。退避を急いで!」


 だが、大翔の耳に届いていないように、莉雄には見えた。

 莉雄はその場から振り返って、刹那や戦っている二体のスパルトイを見る。そして、今一度大翔を見て、泣き崩れて膝をついた大翔に目線を合わせるようにしゃがみ込んで言う。


「ねぇ、大翔。なにがあったの? しっかりして……大丈夫。刹那を連れてきたら、みんなでここを離れよう?」

「ここを……離れるか……それは、無理なんだよ、莉雄……」

「どうして?」


 大翔は答えようとしない。


「ねぇ、大翔、キミは、ボクに、ボクらに何を隠しているの? ってなに? 彼女、枝折って呼んだスパルトイは何なの? そもそも、で何が起きてるの?」

「ごめん、莉雄……話せないんだ。今一度、……」


 大翔が莉雄の方へ、顔を上げる。その顔は涙と鼻水で濡れている。大柄の大人びた顔立ちなのに、子供が泣くように顔を掻き崩しながら、大翔は莉雄の顔を見る。

 だが、その表情はすぐに困惑の色が広がる。

 大翔が言う。


「ど、どうして? なんでだ。なんで……莉雄、お前、。なんでだ?」

「記憶……! 大翔、やっぱりキミが、ボクらの記憶をいじってたんだ……でも、なんで?」

「頼む、莉雄、行かないでくれ。いかないでくれよ! 俺だけじゃ、俺だけじゃ葵を支えられないんだよ!!」


 泣き叫び嗚咽が混じる大翔はもはや会話が出来そうにもない。

 莉雄は大翔に必死に呼びかける。


「大翔! しっかりして! そんなんじゃ、次に電撃が来た時にどうしようも……なんでそんなに……」

「あー、それね。莉雄が、大翔くんのトラウマを開けちゃったからだよ」


 気づけば、莉雄の隣にヒカリが居る。


「やあ、ダーリン。体育祭の日以来だね!」

「キミは……」


 自分と同じ言世の名字を名乗り、自身の妻を自称する少女、ヒカリ。彼女はいつの間にかそこに居て、そして言う。


「そうだねー。流石に、ボクも莉雄が苦しむのは嫌だよ。でもこのままじゃいけない。大翔くんが言わないなら……ボクが言うよ。心を鬼にしてね」


 大翔がうわ言のようにそれを止めようとするのを、莉雄が今度は逆に大翔の手を握って止めさせる。

 莉雄はヒカリに言う。


「うん。聞かせて」

「良いんだね? 知った後では、知る前に戻れない。酷い現実が来るだけだ。それでも?」


 莉雄は頷く。ヒカリは険しい顔で告げるように言う。


「言世 莉雄、キミはね……」


 大翔が大声で、その言葉を邪魔しようとする中、莉雄にははっきりと聞こえた。


「……キミは……キミは……既に、の中でだけ、今は生きているんだ」



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