それより僕と踊りませんか



 アイスを食べ終わった時、刹那が言う。


「そうだ、先日の、火災報知器動かしたじゃない? スプリンクラー。みんなずぶ濡れになったっていうけど、大丈夫だった? 風邪とか? 体冷えなかった?」


 まだアイスを一口分残しながら、鼻腔から頭蓋を叩くような冷たさに眉間を抑えながら莉雄は答える。


「ああ、大丈夫でしたよ。同じクラスの人しか分かりませんが、糸織さんもバイトを元気そうにこなしてますし、大翔も特に……」


 ふっと、親友の名前を口にして思う。

 初めてスパルトイと遭遇したあの日、自分以外覚えていない記憶。あの時、大翔が来て、みんなの記憶を書き換えたのではないか。その次の公民館での一件。自分たち四人は元の記憶を保持しているが、自分たちを除いた全校生徒、教職員の記憶は書き換わっている。

 刹那は、莉雄が言葉に詰まったのを気にかける。


「どうかした?」

「あ、いえ……他のみんなはスパルトイに襲われてもそのことを覚えてないんだなって……」


 莉雄の言葉に刹那は自分の考えを交えて答える。


「そうだね。覚えてない方が良いこともあるのかもしれないけれど……どうして記憶を書き換えて、いつもの生活に戻すんだろうね。あれだけ危険な存在なら、周知させても良いと思うんだけど」


 刹那は更に一言付け加える。


「あ、そういう話題になら、慶も呼ぼう。彼の考えは結構聞いてて面白い」

「面白い……あ、まぁ、確かに」

「はは、ファミレスにその為だけに呼ばれるのもどうかとは思うけどね」


 刹那が笑いながらそう付け加えたのに、莉雄は苦笑いしながら慶にメッセージを送る。

 少なくとも、自分よりは考えを纏めるのが上手な人間が複数居た方が、こういう話は進むと莉雄も思ったからだ。

 慶からのメッセージはすぐに返信が返ってきた。


「刹那と一緒にデート中じゃないのか? 俺が行っても良いんだな?」

「デート?」

「おう、見たぞ俺は。薬局の前で耳まで真っ赤にしている刹那を連れ立って歩くお前をな!」

「ああ、道案内を頼まれただけだよ」

「気するな! 俺は莉雄がであっても理解を示そう! 確かに刹那は男にしておくにはもったいない顔立ちであることは認める」

「話聞いてる?」

「待てよ? ということは刹那も? え? 俺の尻とか狙わないでね?」

「いやなんでそんな話になってるの。違うし、もしそうでも慶は選ばないから安心してさっさと来て」

「えぇ……なんだろう、なぜか今、俺はショックを受けている」

「じゃあ、伝えたから」

「ちょっと塩過ぎませんか莉雄くん。俺フラれたショックで泣いちゃう!」


 莉雄はメッセージアプリを閉じた。


「慶、なんだって?」

「ああ、来るそうです」


 来るとは言ってなかったが、来ることにしてしまった。


「じゃあ、慶が来るまで、一応の確認だね」


 二人は、スパルトイと呼ばれるロボットのような存在が、低い鐘の音共に、どこからともなく現れること、連中はそれぞれ複数居て、それぞれ性格の個体差や能力の差がある事を確認した。


「能力……ギフテッド、だったね。意味は“授かった者”、か。普通はずば抜けて数学処理能力が高い子を示したりする言葉なんだけどね」

「能力が何かから授かってるからそういう、とか?」

「どうだろう? そもそも、ヒカリと名乗った女の子曰く『能力を忘れているだけ』というのも気になる」


 スパルトイが起こした事件は、そのことごとくが記憶を処理され、忘れ去られる。そして、別の出来事があったと記憶が書き換わっていた。

 記憶の書き換え……なぜそんなことが行われるのか、いや、行っているのか……大翔が本当に記憶を書き換えているなら、それはなぜなのか。

 莉雄は黙り込む。そして、思い切って自分の思っていることを刹那に聞いてみる。


「あの……もしかしたら、もしかしたらなんですけど……記憶の書き換え、してる人物に心当たりがある、というか……なんというか……」


 刹那は驚きながらもそれを抑えながら言う。


「待って。そのことは、僕らが記憶を取り戻してるってことを暗に示してるような物だよ。誰がやったかは知らないけれど、そのことを口にするのは危険じゃないかな?」

「いえ、その……その人は今は居ないと思うから……大丈夫」


 まるで大丈夫でないように「大丈夫」と口にする莉雄に刹那はゆっくりと問いかける。


「言いたくないなら言わなくても良いと思うけど……その心当たりのある人物に確証が持てないから、言いにくいってことかな?」


 莉雄は、もし記憶の書き換えを大翔が行っているなら、同時に、何かスパルトイとかかわりがあるのではないかと、そう考えてしまっていた。


「記憶の書き換えかぁ……そういう創作、あったよね。去年のアニメで」

「アニメ? どんな話なんです?」

「え? んー、作り物の世界に怪獣が現れて戦う話なんだけど、怪獣と戦う主人公たち以外、学校の生徒とかは怪獣を覚えてないんだ。いや、怪獣に襲われるまで、あるいは主人公たちが怪獣を認識するまで、周りの生徒は怪獣を認識してなかったような」


 そして、刹那は更に付け加える。


「毎回、怪獣に壊された街は直されて、主人公たち以外の怪獣に関する記憶は失われるんだ。まるで、スパルトイに襲われた後の、うちの生徒たちみたいに。それは、その世界を作った一人の子が怪獣を作って、自分の理想の世界を作るための行動だったんだ。怪獣で人を殺して、人々の記憶を書き換えてね」


 莉雄の頭に、一つの考えが浮かぶ。


「じゃあ……もしかしたら、この世界も作り物……?」


 刹那は苦笑いしながら否定する。


「いやいや、それは早計だよ。作り物とは限らないじゃないか。ただ、僕らの記憶がいじられているだけかもしれない」

「でも……」


 莉雄は自分の中で大きな不安が鎌首をもたげてきたのを感じる。


「もしかしたら、ボクらの日常の記憶も、書き換えられた、植えられた記憶だとしたら……この世界は、作り物と言っても過言じゃないんじゃ?」


 そして、それに、親友が関わっている可能性がある、ということ。

 刹那は不安に駆られて自分の方を見ようとしなくなった莉雄の腕に軽く触れながら言う。


「ごめんよ。混乱させちゃったね。あくまで、僕がしたアニメの話は脇に置いておこう。それに……んー、その記憶の書き換えをしている人物に心当たりがあるとして、確証はあるのかい?」

「確証……? えっと……」


 最初の時の、あの裁縫室での最後のやり取り、そして、その時の親友の冷たい表情……それらが脳内を過る。

 あれを確証と言っていいのだろうか?

 莉雄は、その先が何より気になりつつあった。記憶操作でなく、スパルトイをけしかけている黒幕が、大翔なのではないかという考えが。大翔が、アニメのキャラクターと同じように、自分の欲の為に、誰かを……自分たちを傷つけているのではないかと。


「確証がはっきり持ててないなら、それはもしかしたら違うかもしれない」


 刹那は莉雄の返答を待たずに続ける。


「だって、言いよどむぐらい大事な人だろう? 今、君が疑っているのは。なら、信じてあげるのも良いかもしれない。……その時まで、分からないものだよ」


 莉雄は、大翔を信じたい。少なくとも、自分たちを傷つけることを良しとするような人間ではないと、そう思いたい。

 莉雄は口を開く。


「記憶操作は、多分、そうなんだと思う。でも、多分、スパルトイをけしかけたりしてるのは、あいつじゃない。ボクは、そう思う」

「うん……言いたくなったら、聞かせてね」


 刹那はそっと、莉雄の腕を放した。

 と、ここで刹那は何かに弾かれたようにハッとする。


「あ! 閉店時間!」

「え? ここ、二十四時間営業のファミレスですよ?」

「違う違う、白壇堂の!」

「ああ!!」


 二人は急遽、会計を済ませるために立ち上がる。そういえば、話に夢中で碌に注文していないことを思い出したが、もはや後の祭りである。

 葵に白い目で見られながら会計という形式で葵に奢ってもらって、二人はファミリーレストランを後にする。


 その後、薄暗くなっている空の下、難なく目的のお茶屋までたどり着く。少し寂れた田舎のお茶屋で、店内は薄暗い。所狭しと茶の缶や茶葉の入った袋が置かれており、その中から刹那は一つを選び取り、同時にレジ脇に置かれた鳥の形をかたどった茶菓子を二つ掴んで同時に会計を済ませる。

 刹那は店の外で待っていた莉雄に、買ったばかりの茶菓子を渡す。ピンク色の鳥の形をした砂糖菓子のようだ。


「はい。道案内の御礼にしてはちょっと安いけど……落雁らくがんね。昔来たことあるんだけど、ここにしかないお茶がどうしても欲しくてね……ありがとうね」

「落雁……そんな名前なんだ。初めて知った」

「見かけるけど名前分からないよね。鴈って渡り鳥をモデルにしてる砂糖菓子。緑茶と一緒に少しずつ口の中で溶かして食べると美味しいよ」


 ピンク色の鳥をポケットにしまいながら、莉雄は携帯を取り出し、刹那に言う。


「じゃあ、帰りましょうか」

「あ……帰り道……そうだね。駅まで、はい……お、お願いします……」


 莉雄と刹那は笑いながら駅に向かって歩き始める。

 そんな莉雄に、慶から電話がかかってくる。


「おい、店着いたんだが? 葵に既に二人は退店済みって言われてるんだがどういうことだ?」

「……ああ!! ごめん、忘れてた!!」

「くそぉ! 二人で向かい合って手を取り合ってたそうじゃないか! やっぱり俺が邪魔だったんだろ! おのれ! 父さん許しませ」


 莉雄は電話を切った。


「ん? 何かあった?」

「いえ、なんでもないです」


 刹那もすっかり忘れているようなので、莉雄も忘れることにした。


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