聞きたいこと
事実上の公民館貸し切り状態が故に、公民館は生徒で溢れかえっていた。
雑踏と談笑の音が怒涛の如く辺りを埋め尽くす中、公民館の大ホール入り口前に広げられた文化部の展示物の中に
木綿の硬いテーブルクロスを敷いた長机に薄い冊子のような、ホッチキスで止められた本を並べ、小銭代わりになる金券の束を籠に入れて……誰も足を止めない文芸同好会の売り子として座っていた。
「言世くん、大丈夫? お茶とか飲んでていいよ」
生真面目にパイプ椅子に腰を掛けて客を待ち続ける莉雄に対し、寝ぐせのなおっていない三年生、
刹那も莉雄の隣に座っているが、刹那はもはや慣れた調子で力を抜いて机の上に腕を置いて暇そうにどこか遠くを見ている。
莉雄の目の前には、漫画部と写真部の販売スペースがある。莉雄が売り子をしている文芸同好会と違って、多少とはいえ客が来ているように見える。
「ごめんよ、急に売り子頼んじゃって……ほら、同好会だから、そもそも人が足りなくてね……うち、演劇部とか、この後の出し物で出る人とかが掛け持ちで入ってるのがほとんどだし……」
「あ、いえ。特に何もすることなかったですし、大丈夫です」
「そうだよねぇ……毎年思うけど、このホールで出し物をする部活の発表前準備の時間、暇なんだよねぇ……」
籠の中のお釣り用の金券を指で弄びながら刹那は続ける。
「お金とか、学生じゃそんなに使えないってなると、やっぱり……」
漫画部を見ながら、そしてその隣の写真部を見ながら刹那はぼやいた。
「派手なのとか、色気のある方に行くよねぇ……」
そこに
「色気……まぁ、そういう方面で売ってないって言ったらウソになりますけど、一応学校の校内で販売してる物なんで、全然ですけどね」
「あ、いらっしゃい、慶くん! 文芸同好会の冊子! 冊子買わない!? 買おう!!」
刹那は立ち上がって傍の文芸同行会の冊子を葵に勧める。
「いや、神薙先輩、強引じゃないですか。まぁ、買いますけど」
苦笑いしながら金券を差し出す慶に、刹那は喜び勇んで冊子を慶に渡す。
「ありがとうございます! 本日一部目!」
「ええ!? 売れなさすぎ!」
落ち込んでうずくまる刹那を脇に、莉雄が会計を済ませる。
「うん。俺、言い過ぎた。正直すまんかった」
会計の際に、ふっと、自分の左腕が目に入る。今はいつもの柔らかな肌が戻っているが、確かに、今朝、そして昨日……自身の左腕は、金属に変わっていた。
莉雄はそのことを慶に聞きたくなり、何とか言葉を考えながら口にする。
「あ、えーっと、小鳥遊くん、あのさ……」
「ん? 慶で良いぞ。俺も莉雄と呼ばせてもらえると嬉しいしな。それで?」
「え? あ、うん、じゃあ、下の名前で良いけども……聞きたいことが有って……」
改まった様子の莉雄に、慶は何事かと考える。
「なんだ? 何が聞きたいんだ?」
「その……」
でもなんと聞けばいいのか、素直に『昨日の事』と聞くのがいいのか……もしかしたら、慶も“忘れている”のではないだろうか? そういえば、今朝から接している刹那からは、昨日のことが彼の口から出てきていないことを莉雄は知っている。
あるいは……昨日の出来事は自身の空想、悪い夢だったのではないか。
でも、忘れているなら……忘れさせられているならそれは……莉雄の脳裏に親友の辛そうな表情が、その表情で、意識を手放していく自分を見下ろす親友の顔が浮かんだ。
「いや待て、莉雄、そうか、言いたいことは解った」
「え?」
慶がなかなか質問を言わない莉雄を制止して言う。
莉雄は自身が言いたいことが伝わっているのかと思った。昨日の出来事は、本当にあった出来事で、そのことを慶も
「写真部は三年の
したり顔で親指を立てる慶。
莉雄は、慶への好感度が音を立てて崩れるのを認識した。
「え? なにそのタイムセールスを逃した主婦みたいな不機嫌顔!?」
「ん? あ、うん。いや、慶に期待したボクが、浅はかだったんだ。気にしないで」
「お前、俺並みに人への言葉による攻撃能力高くないか!? このやろう!」
「じょ、冗談だよ……最後、だけ?」
「おい! なんで疑問形なんだよ。冗談も下手くそか! 生半可じゃ傷つくんだぞ!」
「ごめん……」
「いやそこはマジに謝るなって……」
そこに
「なに? 昨日の今日で楽し気だね、男子諸君」
昨日。それは、どっちの意味で?
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