第二話『忘却はキミの夢を見るか』

会話碌2

 薄暗い尋問室の中で、机の上の小さな灯りを挟んで、所長代理ヴィルヘルム・フランケンシュタインは、目の前にいる少女に問うた。


「君は、人類に対する危機を伝えるためにここに来た、という事で良いのかな?」

「うん。そうだよ」


 それを受けて、ヴィルヘルムの隣に居た、彼と共に彼女を“尋問”している研究員、アブド・ファハッドが彼女に質問をする。


「人類が面白くなってるかどうかで、人類を滅ぼすか決めたんだろ? つまり、人類は思ったより面白くなかったってことなのか?」

「んー、意見の分かれてるところではあるんだけど、概ねそうだね」

「気になるのは、滅ぼそうって相手になんでわざわざ忠告をしに来たのか、だ」


 少女は考え込んだ。


「あ、うんとね、言えないことと、言いたいことの、ちょうど中間ぐらいを探してるんだ。ボクはあくまでメッセンジャーだからね」

「メッセンジャー? それは……“君たち”からの、か?」

「うん!」


 ヴィルヘルムのその質問に、彼女は力強く、明るく答えた。


「元々、メッセンジャーはボクより前にもう一人……一人? 人型じゃないしなぁ、彼女……まぁ、居たんだ。ハルモニア、って名前を名乗ってるはずさ」

「ハルモニア……」

「そうだよ、この研究所は彼女の研究をおこなっていただろ? キミたち二人とも、誠治くんの研究の助手だったんだから。というか、この研究所って、彼が所長だっただろ?」

「ああ、残念ながら、今はいない……今は私、ヴィルヘルムが所長代理を務めている。それより……ハルモニア……」


 二人の研究員はその名前に聞き覚えがある。

 脳裏に浮かぶ、正十二面体の淡い緑光を放つ隕石……いや、鉱石型の生命体。


「ハルモニアはね、百年放置されてたキミたち人類がどうなったか、コンタクトを取るために送り込まれた子だったんだ。だったんだけど……」


 少女は後頭部を掻きながら言う。乱れるブロンズの髪が薄い光に反射してきらきらと光る。


「彼女の目には、キミたち人類は生かす価値がないと、そう映ってしまったらしいね。“ボクらの一部”は、彼女が人としての形状を持たないが故に、人の心を理解できなかった結果じゃないかと考えたんだ」

「それで、二人目の“監査官”は人型になった、と」

「かんさかん? ……ああ、まぁ、そんな? かな? うん。ボクが人の形をしているのはその辺が理由かな」


 途中でファハッドが言った単語の意味はあまり理解していないようだったが、少女はあまり気にせずに話を続ける。


「んでね。本来なら、メッセンジャー、あるいは、キミたちが面白いかどうかを判定するのは、ハルモニアがもうキミたちへの“早すぎる結論”を出してしまった以上、ボクの役割になるはずだったんだ。もう、後には“ボクら”から誰かが来ることはない予定だったんだ」


 ヴィルヘルムはその言葉を聞いて少し考え、憶測を交えて質問する。


「もしや、“キミたち”にとっても不測の事態が起きた、と? そして、それは、私たち人類に関わるようなことである、と考えても?」

「おお、鋭いねぇ。そうだよ」


 少女の顔から笑みがすっと消える。


「三人目のメッセンジャーが居るんだ。いや違うかな? 偶然、彼はメッセンジャーに“成った”んだ。人であったのに、“ボクら”と同じに“成った”んだ。これは、あまりにも想定していない事態だ。……“ボクら”は一枚岩じゃない。キミたち人類と関わる時間が長すぎて、個性、自我をそれぞれが持ち始めてる。彼を危険だと考えている“ボクら”は多い。だけど、これはチャンスだよ」


 少女は前のめりになって二人の研究員に言う。


「彼は糸口だ。人類が死滅しないための、希望なんだと思う。彼を助けなくちゃならないんだ。そのために、キミたちの助けが必要なんだ」



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