贈り物
「ってか待て、今、なんで俺の名前が分かったんだ?」
唐突に、慶が冷静に戻って、名乗っていないはずの名前をヒカリが口にしたことを聞く。
「体操服の名前は、苗字しか書かれてないだろ。どこで、俺の名前を知ったんだ?」
「おや? やっぱりなかなか賢しいね、慶くん」
ヒカリはいたずらっぽい笑みを浮かべながら答える。
「知ってるとも。小鳥遊 慶、17歳。誕生日は四月十六日の午前零時四分。もう少しで十五日生まれになったって、キミの母親が君に言ってたろう? 家族構成は、両親、妹、犬が二匹、だろ? 六歳のころ、家の近所で結構大きな交通事故に合ってるよね?」
それが正しいかどうかは、慶の反応を見るに一目瞭然だった。
「お前、なんだ?」
警戒心を顕わにした慶に対して、ヒカリは微笑みを崩さずに言う。
「平たく言っちゃうと、キミたちのサポートに来たんだよ」
莉雄から離れ、近くの机の上に腰を掛けて、なおも微笑みを崩さず。
「だって、このまま、あの黒いの……“スパルトイ”って名前がついてるんだけど……アレと戦ったら、死ぬよ。絶対に」
莉雄達の脳裏に、あの黒い人型の存在が、アレが行った超常の数々が思い浮かぶ。血の匂いと共に。
刹那が口を開く。
「スパルトイ、って、確か、ギリシャ神話の“
ヒカリは刹那の顔をまじまじと見ながら、何かを疑問に思ったように少し眉間にしわを寄せたが、直後に何かを閃いたような表情を見せる。
そしてひとしきり頷いた後、刹那の問いへの返答を口にする。
「あれはね。人類を殺すことを目的にした兵器だよ。頭部を破壊するまで動く、君たちがファンタジーとか魔法だとかって言いそうな力を振るう存在……まずはそう思っておいてくれればいいかな。つまり、まともな方法じゃ逃げることすらできないだろうね」
その言葉を受けて固まる一同へ、ヒカリは言葉を付け加える。
「まったく対抗できないわけじゃないけどね」
その言葉に葵がすぐに食いついた。
「何か方法があるの? どんな!?」
「葵ちゃんはその方法が解ってるはずだよ。忘れてるだけでね」
そういって、ヒカリは机の上から降りて、葵の傍ではなく、莉雄の傍まで行き、莉雄の両手を包むように自身の両の手で取る。
莉雄は少し気恥ずかしさを覚えた。
「もちろん、莉雄にもね」
「忘れてるだけ……?」
「思い出してみて。葵ちゃんのお父さんの繁くんも、その方法を使ってたよね?」
葵の父、繁が行っていたこと……あの黒い人型の、スパルトイと素手で戦っていた。いや、手に何か仕込んでいたのか、金属がぶつかり合うような音がしていた。
それに、斬り落とされた腕は金属でできていた様に見えた。まるで、自分の体を金属に変えていたような。
そういえば、スパルトイが繁のことを『体を金属に変える能力』とか言っていたような……。
あれが、対抗する方法、なのだろうか……。
言葉の意味を知りあぐねている莉雄は、自身の両手の異常に気付いた。両の手がずっしりと重くなり、そして、皮膚の感触がなくなっていく。見れば、両の手が金色に色づき金属質の光沢を放って、指先すら全く動かせなくなっている。
「え!? ええ!? なに、何をしたの!!」
「落ち着いて、自分の元の体をイメージすればいいんだよ。それは、キミが制御できるはずだ」
ヒカリのその言葉を信じて、莉雄は自分の柔らかな皮膚をイメージする。両の手は軽くなり、皮膚はいつもの見慣れた皮膚に戻っている。
その様子を見ていた慶が疑問を呈する。
「なんだ? どういうことだ? 体が……金属みたいなのになってなかったか?」
莉雄は漠然と自分に起きたことを理解し始めた。
「ああ、もしかして、対抗する方法って……」
「そう。今のは、キミの体が金属に変わったんだね。あ、でも、金はやめた方が良いよ。重い上に柔らかい金属だからね」
ヒカリは微笑んで莉雄の両手を放す。
葵が食い気味にヒカリに聞いてくる。
「じゃ、じゃあ、あたしも、そんな風になるってこと?」
「葵ちゃんは違うよ。体を金属に変えることはできないよ。もっと……んーっとね」
ヒカリは葵の傍まで行き、彼女の右手を掴んで机の上に押さえつける。
直後、どこかから取り出した裁縫鋏を振り下ろす。葵が悲鳴を上げ、慶がヒカリを押しのけようとするが……
「あれ? 痛くない? え? どうなってるの!?」
見れば、裁縫鋏は葵の肌から五mmほどのところで停止しており、ヒカリが裁縫鋏から手を放してもそのまま宙に浮いている。
ヒカリが葵の手を放し、彼女が右腕を引っ込めると、ようやく裁縫鋏は机の上に音を立てて落ちた。
「ヒカリちゃんは特別。自分の体の周囲の時間が止められるのさ。それはね……“ボクら”も興味津々な能力なんだ……すごくすごく、珍しいんだ」
慶が事態を理解しようとして呆けている葵を押しのけてヒカリの傍に迫って、問い詰めるように言う。
「な、なあ! ヒカリ、だったか? 莉雄の、奥さん!」
「奥さん……今、ボクのこと奥さんって呼んだ? ん? なにかな?」
莉雄は自分がいつの間にか結婚していることになりつつある事態に、とりあえず口を挟まないことにした。
「俺は! 俺は、何の能力があるんだ! 奥さんは能力に詳しいみたいだし、教えてくれ!」
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