金髪ヤンキーにマフラーを編もうと思ったワケ。

西藤有染

マフラー

 君のために、マフラーを編んだ。

 涙を堪えて漏らす君の息が、あまりに白かったから。

 その首元が、あまりに寂しそうだったから。


 それを見かけたのは偶然だった。

 教室での掃除を終え、集めたゴミを捨てに焼却炉に向かう途中のことだった。

 焼却炉は校舎の裏手側の離れたところにあり、人目につきにくい。そのため、告白するにせよカツアゲするにせよ、絶好の呼び出しスポットとして有名だ。

 だから、何気無くそこに行くと、人が告白する場面やら、カップルの秘密の逢瀬やら、不良のカツアゲやら何やらにうっかり出くわしてしまう事がある。


 だから、あの日、学年1の不良と名高い君が告白している場面を見かけてしまったのも、そういう不幸な出来事の一種であるだろう。


 遅刻常習犯、制服の改造、学校指定外のカーディガンの着用、校則に反した金髪、課題はやらない、教師や周囲に対する反抗的な態度など、素行の悪さの例を挙げたらキリがない典型的な不良だった君が、「好きです、付き合ってください」とオーソドックスな告白をして頭を下げていたのを見たときは、思わず自分の目を疑った。

 敬語を使えたのか、とか、人に頭を下げることができたのか、とかそういう発想がでてきてしまう時点で、君という人が周りからどう思われているかわかるだろう。


 そんな君みたいな不良が惚れるなんて一体どんなワルなんだと、相手を見てみたら、品行方正を絵にかいたような、黒髪メガネのクラス委員長だった。

 テストでも模試でも常に学年の上位10位にいる成績優秀な奴で、勉強しか出来ないタイプと思いきや、ホームルームの会議をそつなくまとめたり、行事でもクラスを引っ張ったりと、リーダーシップもある。鉄面皮のような印象を受けがちだが、優秀さを笠にきることはせず、人に勉強を教えたりもするような優しさを持っていて、クラスからの人気も高い。

 そんな不良とは正反対の人間に、君が告白していたから驚いてしまった。


 そういえば近頃、君が委員長に勉強を教わっている、という噂がまことしやかに囁かれていた。

 12月のテストで赤点をとると君の留年が確定するのは誰もが知っていたが、君が勉強しているということは誰も信じようとしていなかった。同時に、もしもそれが事実だとしたら、君を受け入れて勉強を教えている委員長の懐の深さは仏様以上だと、さらに評価が鰻登りになっていた。君は本当に日頃の態度を改めた方がいいと思う。


 その後、君が結局赤点を全て回避したのは、素直にすごいと思った。

 クラスの連中だけでなく、先生までもが君のカンニングを疑ったのはどうかとも思った。


 あの時、委員長は君のこと庇ってたよね。「人が努力によって得た結果を否定するのは、教師としても人としても間違ってる」って。あれはカッコよかった。君が惚れてもおかしくないと思う。


 つきっきりで勉強教えてくれて、それがちゃんと結果に結びついて、さらにアフターケアまでされたらもう惚れるしかないよね。チョロいなんて全然思わないよ。

 さすがに昨日の今日で告白するとは思わなかったけどさ。


 物陰から覗き見していることを悪いとは思いつつ、それよりも、事の顛末を最後まで見守りたいという気持ちが勝ってしまった。


 だから、君がフラレたのも見てしまった。


 立ち位置的に、こちらから見ることができたのは二人の横顔だけで、どんな表情をしてたのか、何を言っているのか細かいところまでは掴めなかった。だが、委員長が謝っているのはなんとなく分かった。君が顔を上げて、ひとふたこと言葉を交わして、委員長が立ち去って、それで――


 君はいきなり泣き出した。


 俯いて泣くのを堪えながら、嗚咽を噛み殺そうとしながら、それでも止まらない涙と、漏れ出す白い吐息と声。

 まさか君が泣くなんて思いも寄らなかった。

 常に目くじらを立てて周りに突っかかっているような君からは想像も付かない姿に、呆然としてしまった。鬼の目にも涙とか、そんな言葉思いつく暇もなかった。呆気に取られてしまった。

 止まりかけた思考の中で、ふと、君の首元が目に入った。長めの金髪で普段はあまり目につかないそこが、俯いたことで露になっていて、寒そうだなんて思った。


 気づいたら手編みセットを買って家でマフラーを編んでいた。


 いやいやそうじゃない。何やってんだ。暖めてやりたいとかそんなこと考えたのか。あほか。友達ですらないやつからもらう手編みのマフラーなんて重いのを通り越してもう危険物だわ。乙種資格必要だろ。海外で知らない外国人から急に預けられる荷物よりも危険だ。こんなん渡せる訳がない。


 そうは思ったものの、作り始めたものを途中で止めてしまうのは気分が悪いし、何より、折角買った毛糸や鉤針がもったいないので、最後まで作りきることにした。自分で使う分には、問題ないだろう。


 完成させると決めてから、問題が発覚した。


 単純作業をする時、無心で作業を進めていく人と、色々と雑念が浮かぶ人と、大きく2つのタイプがあると思う。マフラーを作っている際に気づいたが、自分は完全に後者のタイプだった。


 編んでいるとふと、君の事やあの告白のことが頭に浮かんでくるのだ。


 作り始めたきっかけがきっかけだからだろうか。自分のために編んでいるつもりでも、君が完成したこれをつけている様子を勝手に想像してしまうのだ。無意識に選んだベージュ色は、君によく似合いそうだと思ってしまうのだ。

 何度振り払っても、作業に没頭し始めるとすぐに頭に君が浮かんできた。その度に作業を中断しては悶えていた。それが毎日続いた。


 次第に、学校でも君のことを目で追うようになっていた。


 君をよく見るようになってから、わかったことがある。


 まず、周りのイメージよりは怖くない。正直、目を合わせたらガンつけられると思っていたが、そんなことはない。何度か目が合うことがあったが、君は全く気にした素振りもなかった。単純に自分が全く気にかけられていないだけかもしれないが。


 次に、君は不良ではあるが、案外悪ではなかった。校則には確かに反しているが、タバコや酒、万引きなど、法律に反した行動はしていない。遅刻はしてくるが、授業をサボることはない。ノートは意外と真面目に取ろうとしている。途中で居眠りし始めるが。

 委員長の影響もあるのだろうが、反抗的な態度も収まってきた。

 帰り道で捨て犬に1人声を掛けていたのを見かけた時は、余りにテンプレ過ぎて身悶えてしまった。あれは反則だろう。


 そして、思った以上にフラレたダメージが大きい。

 授業中、休み時間を問わず、君の視線は頻繁に委員長に注がれていた。しばらく見つめては、小さくため息をつき、目が合いそうになっては慌てて目を逸らして、そしてため息をつく。あの告白から一ヶ月経ってもそんな様子であることから、ダメージの大きさが伺えるだろう。


 そんな君を、愛おしいと思ってしまう自分がいた。


 君を目で追うようになってからじゃない。君がフラレてしまった時から、あの情景が、頭から離れない。認めてしまおう。あの時から、君を好きになってしまったんだ。


 それを認めてから、マフラーを編むペースが上がった。君のことを頭から振り払う必要が無くなったから。クラスが同じということ以外全く接点の無い君にどう渡すかとか、告白するか否かとか、他の問題が出始めたが、今は気にしない。

 まずは、君のことを思って、君の為にマフラーを編もう。話はそれからだ。


 そして、バレンタイン前日、ようやく、マフラーが完成した。軽いのに、とても重いマフラーが。不器用さと、編み物初心者という要素が重なって、大分時間がかかってしまったが、思ったよりも出来は良い。実際に巻いてみると、とても暖かかった。


 明日、君にこれを渡そう。

 君が告白した場所に呼び出して、こう伝えるんだ。


「君の為に、マフラーを編んだので、まずは友達から始めてください」って。


 君はきっと酷い顔をするだろうね。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る