魔王様はオネェ口調ですけど……。

雨中紫陽花

第1話 どうやら彼こそ魔王のようですが…。

 突然ですがお聞きします。


 魔王と言ったら、どんな想像をしますか?


 悪の支配者?かっこいい?すごく強い?


 それ、私も思いました。個人的には、もうちょっと細かいんですけど……。俺様口調とか、紳士的だとか、パッと見て美男子!って感じなど、私は想像してました。そう、してたんですけど………。


「あら、可愛い勇者さんね!」

 

 私の目の前、数段の階段の上にある玉座でその人は言いました。すぐ近くに鏡を浮かばせて。


 その人の外見を説明するならば、青と紫の混じったような髪色で左側が切り揃えられ、右側は毛先を遊ばせたようななんとも変な髪形をしています。そして、右眼は海賊の船長が付けるような黒い眼帯をつけていて、左眼は夕焼け空を閉じ込めたような淡い橙色です。服装はと言いますと、上に黒のコートを羽織っていて、中に白のワイシャツに黒のネクタイ、鮮明な赤のベスト、ズボンも真っ黒です。


 一応、今どこに居るかを明確にしておきましょう。


 魔王のお城です。さらに、多分ですが魔王の目の前です。


 私は勇者として王にこの城へ送り込まれました。世の為人の為、そう王は言っていました。世の為人の為、『人ではない』者がこの城に送り込まれます。私の一族は年長者からこの城に送られ、それっきり帰ってきませんでした。王は言いました。「君の一族は偉大なる力を持っている。だからこそ、あの悍ましき魔王の討伐に臨んでもらうのだ」と。私は、一族の最後の生き残りでした。


 目の前にいるこの人、もし魔王なら私の家族を、一族の皆を殺した憎むべき存在です。色々違う想像をしてましたけど。


「もしかして、アタシが怖い?」


 傍に浮かんでいた鏡が音もなく消えると同時に、その人はコツコツと靴底を鳴らしてこちらに歩んできました。


 勇気を振り絞って聞いてみます。


「あの、あなたは……魔王、なんですか?」


「そうよ」


 即答でした。まさか、こんなオネェ口調の人が魔王だなんて……。いや、個人的にはですが、私的には美男子ですし、ちょっぴり好みですし、多分黙ってればモテるタイプの人だと思います。けれど、オネェ口調なんですよね。しかも、私の一族を殺した張本人。なんだか、複雑な心境です。


 腰に携えた剣を鞘から抜き、両手で握ります。恐怖からでしょうか?剣を持つ手が震えます。それでも、身体に鞭を打って魔王に剣を突き出します。


「よくも、私の一族を!!」


 魔王はキョトンとした表情を浮かべ、私から突き出される剣を眉一つ動かさずに片手で止めました。止められてしまいました。


「ちょっと、女の子がこんな物騒なもの持ってたらいけないじゃない。その鎧も、重かったでしょう?」


 魔王は私の剣を握ったまま、まるで母親のように私を叱りました。そして、パリン、と剣の刃は光を跳ね返しながら砕けました。柄だけを持つ私。魔王に対抗する術を失いました。


「アンタには、剣も鎧も似合わないわ。女の子なんだから、もっと可愛い服着て、笑顔で家族に囲まれている方がお似合いよ」


 家族を殺したのは貴方なのに、どうして平然とそのようなことを言うのでしょうか。口調はオネェでも、心は邪悪な魔王のようです。


 なのに、魔王は私の目前までやってきて、指をパチンと鳴らしました。


 身体に纏っていた鎧の重さが消え、身体が軽くなりました。見ると、私は鮮やかな若草色のワンピースに白いエプロンをつけていました。先ほどと姿が変わってしまいました。


「ほら、やっぱり似合うじゃない!アンタの金髪と緑の瞳に合うわね!」


 魔王は私の姿を見ながら、両手を叩きました。すると、どこからともなく私と同じぐらいの高さがある鏡が現れ、ワタシを映しました。


 私のあこがれていた姿がそこにありました。そう、人の着る服を着用した私の姿。あの、麻布で作られたゴワゴワな生地とは違う、蔦の模様が入った肌に優しい生地の服。


「どう?気に入ったかしら?」


 私の後ろに立ち、一緒に鏡に映る魔王ですが……。あれ?私は魔王を倒しに来たはずなのですが、どうしてこんなに良くしてくれるのでしょうか?


「どうして、私にこんなことを?」


 鏡を見つめたまま、魔王に聞いてみることにしました。


「だって、アタシはアンタの味方だもの!」

みせて

 にっこりと魔王は笑いました。それは鏡に映っていたので、私も目視することができました。


「味方?私の一族を殺しておいて、味方と発言するのですか?心情が理解できません」


 私は魔王の方を向きました。そして、睨むように魔王を見つめます。けれど、魔王は笑みを浮かべたまま口を開きました。


「ねぇ、その帽子可愛いわね。不思議な形だわ。ちょっと、取って見せてくれない?」


 魔王のその言葉に、私は慌てて帽子を押さえました。魔王はまるで何かわかっているかのように続けます。


「残念ね、その帽子がよほどのお気に入りなのかしら?それとも、何か隠してるのかしらね?」


 一歩、一歩私は後退します。帽子だけは取られたくない、その思いが魔王を倒すことよりもはるかに大きくなりました。


「怖がらないでってば。言ったでしょ?アタシはアンタの味方だって。アンタの隠したいものが何か分かってるから言ってるのよ。それとも、ちょっとまわりくどかったかしら?」


 夕暮れ色の眼が私を捉えます。


「角、生えてるんでしょ?見る限りアンタは10代ぐらい、角もそこまで大きくないわね。それでも、角を人に見られれば暴力を振られるんでしょ?」


 過去の記憶が脳裏にちらつきます。お友達になろうと人の子に近づいたら、大声で泣かれ、駆けつけてきた大人が私を殴った記憶です。沢山殴られて、蹴られて、ボロボロになった私は、お母さんの膝で泣きました。そんな、記憶です。


 過去を思い出していた私に、突然魔王は私を抱きしめました。優しく、母親のように。


「辛かったでしょう?アタシも同じような体験を受けたことがあるから、すっごく分かるわ。ここを訪れた勇者、アンタの一族も同じ目に遭ってるって聞いたわ。一人でよく頑張ったわね。皆、褒めてくれるわ」


 褒めて、くれる?聞き違いでしょうか?一族が生きているような口ぶりで、魔王はそう言いました。でも、王は私の一族は魔王に殺されたと言っていました。


「ヘリィ!」


 聞き覚えのある懐かしい声。反射的に振り向くと、そこには茶色を基調としたドレスを纏うお母さんの姿がありました。


「お、お母さ……」


 溢れて来る感情。夢でも見ているのでしょうか?お母さんが、生きています。生きています。


「行きなさい。お母さんの元に」

 

 耳元で囁き、私から離れた魔王。これが魔王の見せている幻でも、罠でも構いません。私は両手を広げるお母さんの元へ走り、その胸へ飛び込みました。


 温もりと抱擁。花のような香りに、押し当てた耳に響く脈打つ音。


「ヘリィトロープ。良かった、娘が生きてた」


「お母さん、お母さん!!」


 心の器が、お母さんに逢えた事への喜びで満たされました。幻なんかじゃない、本物のお母さんです。


「魔王様、ありがとうございます。ありがとうございます」


 魔王に感謝するお母さん。あの魔王は、本当に味方だと信じられるようになりました。


「よかったわ、無事に再会できて。ほら、皆の元へ案内するわ。一族の皆にアンタの顔、見せてやりましょ!」


 魔王を倒しに来たはずなのに、こんな展開が待ってるなんて。誰が想像できるでしょうか?今は魔王に、魔王様に心から感謝しています。お母さんに逢えた事、他の皆も生きているという事。私にとって、14年間で最も幸せです。

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