第8話 ザ・ジャズマスター・デッド

 ステージに上がると、逆光でオーディエンスの顔は見えなかった。その方が良かった。ここに居る人たちは皆、俺達の演奏を聴きに来たわけじゃあないのだから。

 

 ドラマーのスティックがチッチッチとクロスする。

 四人同時に紡ぎ出したメロディはアップテンポで爽快。

 この歌はノッチンが作曲したものを、オーナーが編曲した。

 歌詞を頼まれたが、こんな青春み溢れる曲に合わせる詩は思い浮かばなかった。なので四人で捻り出したフレーズをくっつけて完成させた継ぎ接ぎだらけの、『未来への』と言う歌だ。



『変わらない 毎日を

 変えるのは今日か明日か

 叶えたい 夢希望

 願うばかりでおぼつかず


 ただでさえ往く 未来に願う

 縋りついている 僕を照らす


 転んで怪我した数を数えて

 終わる頃には夜が明ける

 絡んでほどけた価値をなぞって

 終わる頃には夜が明ける

 未来への 未来への 未来への 夜が……』



 視界の端に何かを捉えた。その一瞬の違和感の答えに辿り着いた瞬間、歌声は消え、


「――明けるわけねえだろクソがぁああ!!!」


 怒号を発していた。


 メンバーにじゃあない。


「なんでてめえが居るんだ! クソおやじ!」


 カメラの隣に立っていた父親が驚いた顔でこちらを見ている。その隣にはインタビュアーらしき人間が居た。彼も驚いた顔をしている。


 演奏が止む。


 スピーカーを片足で踏んで前傾姿勢。

 カメラに向かって中指を立てる。


「撮ってんじゃねえ! ぶち殺すぞ!」


 後ろを振り返る。


「お前らの言う事聞いたじゃねえかよ! 有名になりたいだけじゃあねえのかよ! 飽き足りねえのかよ! なんでアイツがいるんだよ! 俺の存在理由を全否定した奴だぞ! 生き方を殺した奴だぞ! そんな奴を目の前にして未来への歌なんて唄えるわけねえだろ! くそがああ!」


 ギターを思い切りステージに叩き付ける。


 ――ギィィイイイン……!


 アンプが不協和音をスピーカーに送る。

 狭いライブハウスには、俺の呼吸の音ばかりが響いている。

 全員引いている。

 顔を引きつらせて驚いているのはメンバーだけじゃあないだろうな。

 自分がJazzmasterジャズマスターをぶっ壊してしまった事実を遅まきに知る。


 ああ、ギターに罪は無いのにな。


 もう帰ろう。


 俺が一歩を踏み出そうとしたその時だった。

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