第4話 エンカウンター

 逃げ延びた先で、俺は一人の男と出会った。


 傘も差さないで走っていた俺を訳アリと察した彼は、俺を捕まえた。

 警察に引き渡されて終わりか。

 そう思っていた。


 あの吐き気のする家に帰らなければいけない。


 だが男から発せられた言葉は意外だった。


「君、ギター弾けるのか?」


 俺の指を見てそう察したらしい。

 その男は近くに事務所を構えている音楽プロダクションのオーナー兼プロデューサーだった。聞いたことのない名前だったが、俺はその男についていく事にした。


 事務所で着替えとタオルを貰って、髪を拭いている時に聞いた。


「こんな怪しい学生、警察に突き出さないのか?」


「警察なんてとんでもない。ギター弾けるんだろ?」


「ああ」


「じゃあ弾けばいい。うちで、思う存分」


 オーナーのその言葉に鼓動が高鳴った。


「その代わり親には連絡しろよ?」


「なんだよ。結局帰れって事かよ」


「そんな事は言わない。親を説得しろって事。じゃないと僕がただの誘拐犯になってしまうだろ? 絶対説得してくれよ?」


 俺は前のめりになってその男の言う事を聞いていた。


「いいね。その目」


「きらっきらしてるとでも言いたいのかよ」


「いや、クソほど世界を嫌っているっていう底無しのドス黒さが堪らない」


「え?」


「いや違うか。君が嫌っているのは世界じゃないね。人間だ。その人間が作り出した社会クソ喰らえって感じ? そういう目を出来る子はそうそういない」


 目の前の男が俺の事を褒めているのかけなしているのかは分からなかったが、認めている事だけは確かだった。


 この俺、多利末たりすえ睦歩むつぶを一人の人間として。

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