運命の女神さまの運命的な出会い!

じょう

プロローグ

 荘厳なる黄金の大法廷には厳粛な空気が満たされている。角笛を吹く馬人の装飾が施された被告人席には、一人の少女がポツンと立っていた。ひどくおびえ切った少女の背に生えた翼は、遠くから見たとしてもはっきりとわかるほど震えていた。


 天界の裁判長を兼ねる大元帥、ヤマの冷徹な声が響く。


「……被告人フォルトゥナは、輪廻転生を司る大役を担いながら未だ天命にあらざる命を過失により幾度となく散らし、その露見を恐れて転生委員会への諮問を計る事なく独断を持って異世界へと転生せしめた」

 フォルトゥナはピクリと肩を揺らす。主文後回し。つまり、大元帥ヤマの下した判決は……


「これは人の子らの魂の輪廻転生を司る大役を任せられた事に背く行いであり、もはや神性足り得るを失ったに等しい。よって、被告人フォルトゥナに権能剥奪および異世界への追放を言い渡す」


「い、いやですううう!」


 フォルトゥナはもはや恥も外聞も無く泣き喚いていた。

「静粛に!これ以上の恥を重ねる事は許さぬ。お前は全てを失い、無力な人の子として生まれ変わるのだ!」

「いやだああ!」

 フォルトゥナはずるずると引きずられ退廷する。


 大元帥ヤマはひとりほくそ笑むと、すぐ元どおりの冷徹な無表情へと戻った。

「や、やだあああ!」

 遠くから響きつづけるフォルトゥナの鳴き声を無視し、ヤマは大法廷を後にする。

 獄卒位階の天使に引きずられるフォルトゥナはじたばたと身をよじるが無駄な抵抗に過ぎない。

 しかし獄卒天使はあえてそれを咎めたりはしない。天界での暴力行為は堅く禁じられており、彼女の行為も児戯に過ぎないと断じているからだ。


 大法廷地下の石門が音を立てて開く。嘆きの淵、普段天界の住民が下界を覗く際に用いる水鏡とは違い、一方通行とはいえ実際に下界へと通じる唯一の道がその奥にはある。

 泣き叫んでいたフォルトゥナも、門の向こうから流れ込んでくる冷たい空気に息を飲む。ここから先は、何人たりとも帰ってこれぬ最後の関、故に嘆きの淵。


 獄卒天使は金細工の刺又を掴むと、フォルトゥナを捕らえ石門の奥へと突き動かした。

「ひゃうっ!」

 ひやりと冷たい石の床に転がったフォルトゥナが振り返った時には、すでに石門は閉じ、淵は暗闇へと落ちた。


 フォルトゥナは闇の中でへたり込み、すすり泣きを始めた。

「うう……わ、わたしは……何も悪いことなんてしてないもん……」

 脳裏には彼女が秘密裏に転生させた魂たちが浮かんでは消えていく。


 いまだ天命に非ざる彼らが命を落としたのは、果たして自分の管理不足だったのか?

 彼らを儚み、その命を輪廻の渦へ戻さず異世界へ転生させたことは、彼女の身勝手な保身ゆえの行いだったのか?

 審理の最中何度も彼女に浴びせられた罵倒のごとき問い。しかしそれでもフォルトゥナは。

「わたしは、間違ったことなんか……してないもん。生きていてほしいもん……」


 やがて、闇の中から昏い光が溢れ出す。嘆きの淵が入り込んだ異物を排出しようと――フォルトゥナを下界へと追放しようと蠢きだしたのだ。

 フォルトゥナは光から目を背けるために膝を立てて顔をうずめる。無駄な行いである。逃避行動に過ぎない。


 昏い光が彼女を包み始めた。フォルトゥナは顔を上げない。

「これは夢なんだもん、きっと目が覚めれば、いつもと変わらない明日が来るんだもん……」

 やがて眼を閉じているのにまぶしいくらいの光に包まれたフォルトゥナは、突然上下を失い宙に放り出されたような感覚に陥った。


 昏い光の渦の中をフォルトゥナは飛行している。あるいは、落下している。

 彼女の周囲をいくつもの巨大な光の泡が通り過ぎていく。その一つ一つが、世界。

 彼女は今、魂だけの存在となって宙を舞っている。みるみるうちに、彼女の女神としてのチカラが失われていく。


 そして彼女の魂がただの人間と変わらないものになろうとしたとき、フォルトゥナは光の泡に接触した。

 少しだけ風が彼女を押し返し、そして自由落下が始まる。

 初めての感覚にフォルトゥナの意識は次第に薄れていく。

(((ああ、このまま落ちていきなり死んじゃうのかな……痛いのは嫌だな……)))

 フォルトゥナは、いまだに眼を開けようとはしなかった。


「――――ま!」

 遠くから声が聞こえた気がした。

(((なんだろう、誰かを呼んでいるの?)))

「―――さま!」


(((だあれ……?誰を呼んでいるの?)))

「女神さま!」

 耳元で聞こえた声は、彼女を呼ぶ声なのだろうか?フォルトゥナは眼を開き、確かめようとした。

 その時、すさまじい破砕音とともにフォルトゥナを衝撃が襲った。

「い……かはっ……!?」

 背中を襲った激痛に肺の中の空気をすべて絞り出され、フォルトゥナは昏倒した。


 薄れゆく意識の向こう側に、自分が背中で突き破ったらしい藁ぶきの屋根に空いたおおきな穴と、どこまでも広がっている青空が見えた。



 運命の女神さまは、こうしてただの人間の娘として生まれ変わった。そして――

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